投稿日 2025/04/08

ChatGPT が消費者調査の代わりにはならない理由と、ハイブリッドで活用する方法

#マーケティング #マーケティング #ChatGPT

生成系 AI ツールの急速な普及により、企業がデータ分析やマーケティングリサーチにも活用するケースが増えています。

なかでも大きな注目を集めるのが ChatGPT のような大規模言語モデル (LLM) です。確かに ChatGPT は様々なテーマについて瞬時に回答を返し、ビジネスでのブレストや分析には有用です。

しかし、消費者や顧客のリアルな声を探る用途となると、いくつか課題があります。そこで今回は、ChatGPT をマーケティングリサーチで活用するときの限界について掘り下げ、どうすれば ChatGPT を有効に使えるのかを考えます。

マーケティングリサーチでの ChatGPT の限界


マーケティングリサーチに ChatGPT は使えるのか――。

この問いに答えていくために、ChatGPT をマーケティングリサーチに活用する際の隠れた "コスト" について見ていきましょう。

リアルタイム性が欠けるデータ

リアルタイム性やデータソースの検証が求められる分野においては、ChatGPT には注意点があることを見落としてはいけません。

たとえば、飲料メーカーが新商品発売に向けて消費者の嗜好を確認したいときに ChatGPT を使ったとしましょう。ChatGPT が参照しているデータや情報が実際には8か月以上前のものである可能性は否定できません。

飲料のように流行や口コミ、SNS でのトレンドが売上に直結しやすいカテゴリーでは、8か月前の情報では古すぎる場合があります。季節限定のフレーバーのように数週間単位で消費者の興味が変わることも珍しくありません。

変化の早い市場では、可能な限り今のデータにアクセスすることが大事です。SNS や EC サイトのレビューをリアルタイムで分析するシステムを導入するなど、日時や週次で更新されるデータをもとに、商品開発やマーケティングを再構築していくアジャイルなすばやい対応が求められます。

ChatGPT は大量のデータから学習していますが、アップデートのタイミングや更新頻度が追いついていないと、最新のトレンドや新しい事象が反映されていなく、古い情報をもとにした AI による生成という弱点があります。

データの検証ができない問題

ChatGPT が生成する回答には「なぜ、その結論に至ったのか」を裏づけるための明確な出典情報の表示があるとは限りません。

たとえば「Z 世代の購買傾向」を ChatGPT で調べ、社内会議の役員会で提案しようとしたとします。ChatGPT を使った提案内容は説得力があるように見えても、具体的にどの調査やデータにもとづいているのかの提案の根拠を客観的に示せないため、結局は役員会では提案が通らず突き返されてしまいました。

ビジネスの重要な意思決定には、情報源が追跡可能であることが重要です。金融や医療といった厳密な監査が必要な業界では、裏づけを示せないデータを使うことはリスクにつながります。

たとえ ChatGPT の回答は筋が通っているように見えても、検証ができない以上は意思決定に活用するのは難しいと言わざるを得ません。

表面的な分析にとどまりがち

ChatGPT の特徴は、大規模なデータ基盤をもとに一般的な回答や傾向を示す点にあります。しかし、特定のセグメントや地域、あるいは企業独自の文脈を加味した詳細な分析を行おうとすると、情報の粒度がどうしても粗くなりがちです。

たとえば、ある金融サービス企業が新しいモバイルアプリをリリースした際、若年層と高齢層とで使い方や離脱ポイントに違いがあるのではないかと考えていました。ChatGPT を使ってみましたが、ChatGPT で得られるのは「一般論として UI/UX はこうあるべき」といった提案にとどまり、そのビジネスや企業の文脈を汲み取った分析や洞察に踏み込んだ情報は得られません。ChatGPT から出力される内容が、他の企業やアプリにも当てはまる最大公約数的な回答でした。

実際に必要なのは「若年層はこのアプリのログイン画面で何を感じて離脱しているのか」や「高齢層は当社サービスを使うにあたってのセキュリティでどんな不安を抱いているのか」という個別具体での洞察です。そのためには、実在する人や企業への消費者・顧客インタビューや観察調査など、より直接的にリアルな場での顧客と対話ができるアプローチが必要になります。

どのような時に使うべきか


 「じゃあ、ChatGPT はマーケティングリサーチに使えないのか」といえば、決してそんなことはありません。

むしろ、ChatGPT は初期アイデアのたたき台や市場情報のざっくりとした収集、方向性を見出すためのブレストなどの場面では大いに役立ちます。

ChatGPT を使うべきシーン

次のようなシーンであれば、ChatGPT は効率を高める有用なツールになります。

  • 初期段階の市場探索やアイデア出し
    ChatGPT は、ゼロベースで新しいコンセプトを考えるときの初期アイデア出しに使える。限られたリソースしかない状況では、アイデアを早く得るための補助輪として役立つ

  • 業界全体の一般的なトレンド把握
    たとえば「昨今のデジタル技術はどんなものが注目されているのか」といった、大まかな世の中一般のトレンドをリサーチする際に ChatGPT は便利。関連ブログ記事やニュースサイトの要点を早めに押さえる場合には、時間が短縮され効率的になる

  • ブレインストーミングや仮説構築の補助ツール
    新しいプロジェクトを立ち上げたり、新商品の企画をつくる際に、アイデアの候補を一挙に広げてくれるのが ChatGPT 。担当者が思いつかない視点を提案してくれることもある。最終的にそれを精査し、実際の調査や検証につなげる前段階のたたき台作りにする

専門のマーケティングリサーチが必要なシーン

深い洞察や正確なデータが求められる意思決定では、ChatGPT だけに頼るのは危険です。次のような場面では、専門的なリサーチや、従来型のマーケティングリサーチを組み合わせるといいでしょう。

  • 新商品のローンチ戦略立案
    新商品を市場に投入するタイミングは企業にとって勝負所。注力顧客の置かれた状況と、その状況下で生じている顧客ニーズをリアルタイムで把握し、競合他社の動向もしっかり押さえる必要があります。もし古いデータや検証不能な情報をもとにすると、意思決定を誤る可能性を伴う

  • 価格設定の最適化
    価格は売上と利益率を左右する要素。顧客がこの価格なら買うと判断する絶妙なラインを見極めるには、ChatGPT では不向き。ChatGPT の一般論だけでは不十分で、価格のための調査設計を組み実施する

  • ブランド評価
    ブランドイメージなどの消費者からのブランド認識を把握するためには、調査対象を定期的かつ長期的に追いかけることで初めて把握できる。SNS 上の評価や口コミは日々変化するため、それ専用の調査を行い継続的なモニタリングと分析が欠かせない

  • カスタマージャーニー分析
    顧客が商品を認知してから購入、さらにはリピート購入、愛着形成、他者への推奨に至るまでのプロセスを可視化し、それぞれの段階で発生する行動と心理を理解するには、定量的かつ定性的に捉えることが大事。調査から多角的なデータ分析が必要


なぜリアルなマーケティングリサーチデータが重要か


マーケティングリサーチにおいて、ChatGPT だけではなく、リアルタイムでの市場や顧客データ、検証可能なリサーチがなぜ重要なのかについて整理してみます。

役員会などの社内会議でマーケティング施策や新商品開発の企画を提案する場合、ソースの明確なデータを示せなければ信用を得られないでしょう。市場環境が変化し、状況が流動的な場合は半年前のトレンドをもとに立てた計画では、実際の今の顧客ニーズに追いついていない可能性もあります。機会損失が発生し、経営資源の無駄遣いにつながるおそれがあります。

こうした要因から、ビジネスの場で求められるのは「検証可能で最新のリアルデータ」であり、ChatGPT のような汎用 AI に全幅の信頼を置くわけにはまだいきません。

とはいえ、ChatGPT がアイデア出しや大まかな方向性の把握に優れている点はそのとおりです。ChatGPT をうまく使い分けることで業務効率を向上させることができます。

したがって、ChatGPT を活用する際は「どのタイミングで、どこまで使うのか」を見極め、必要に応じて専門のマーケティングリサーチを実施するという 「ハイブリッドなアプローチ」 が重要になります。使い分けが上手くいけば、意思決定のスピードと精度を両立させることができるでしょう。

ChatGPT を補助的に使うハイブリッド法


ChatGPT の限界について考察をしました。一方で、専門リサーチの調査設計、分析、示唆だしのそれぞれのプロセスの中で ChatGPT を補助的に使えば、人だけの従来の方法以上に有益になります。

そこで各プロセスにおいて ChatGPT をどのように活かせるのかを具体的に見ていきましょう。

調査設計

調査設計は、リサーチの目的、論点と仮説を明確にし、適切な質問や調査手法を構築する重要なステップです。このプロセスで ChatGPT を活用できます。

まずは 「仮説構築のアイデア出し」 です。ChatGPT を使って、「注力顧客がどのような課題を抱えている可能性があるか」などを参照し、仮説を広げることができます。初期アイデアのヒントを得るという使い方です。

調査項目の草案作成にも使えます。ChatGPT に「顧客満足度を測るための質問項目を提案してください」と依頼すれば、一般的な質問例が提示されます。これをベースに自分たちの調査ニーズに合った質問を具体化します。

他には、調査手法の選定にも活用できます。ChatGPT にさまざまな調査手法 (インタビュー, アンケート, 観察調査など) の概要やメリット・デメリットを、この調査の文脈に応じて出してもらいます。調査目的や調査課題に合った最適な方法を調べる時間を減らせます。

データ分析

調査データを収集した後のデータ分析は、膨大なデータから情報に整理し、意味のある洞察を見出すプロセスです。ChatGPT を活用することにより、人だけでは気づきにくいパターンや解釈の幅を広げられます。

初期データの概要把握するために、ChatGPT を使ってデータから傾向やパターンを見出す際の補助ツールとして活用します。データを直接入力し「この結果からどのような傾向が見られるか」を ChatGPT に確認し、洞察の方向性を得ます。

クロス集計などの分析のサポートにも ChatGPT は役立ちます。「20 ~ 30代の男性に限定した場合の回答傾向」など、特定の顧客セグメントに絞った分析において、ChatGPT にパターン抽出を依頼することで、分析の手間を減らせます。

グラフ作成のアイデア提案にも使えるでしょう。ChatGPT に「このデータをわかりやすくグラフにして可視化する方法」を尋ねることによって、どのようなグラフや図解が適しているかを提案してもらえます。

示唆だし

ChatGPT に「この結果をもとにどのような戦略を立案できるか」と質問することにより、新たな視点を得ることができます。

例えば、調査分析から「この顧客層は商品価格からの購買影響が大きい」という結果を得た場合、ChatGPT に「価格感応度を軽減する方法」を尋ね、具体的なマーケティング施策の案を複数出してもらうという使い方です。

また、提案書作成の補助にも ChatGPT の活躍の場はあります。ChatGPT に、示唆を提案書やプレゼン資料にまとめる際の文章作成をサポートしてもらいます。この調査結果にもとづいて、(部門の予算決済者である) 部長向けの提案書を作成する方法を聞けば、たたき台となる案を提供してくれます。

最終判断は人が行う

ここまでを踏まえ、ChatGPT を専門のマーケティングリサーチの中で活用するポイントを最後にひとつ付け加えておきます。

それは、最終判断は必ず人が行うことです。ChatGPT の回答は参考情報とし、最終的な意思決定やデータの正確性の確認は人が行います。

まとめ


今回は、マーケティングリサーチでの ChatGPT の活用について考察しました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 調査設計での ChatGPT の活用は、仮説構築のアイデア出しに使いリサーチの方向性を広げるといい。調査項目の草案作成に取り入れ、質問内容のたたき台を作ったり、調査手法の選定の参考にし最適な方法を効率よく選ぶ

  • ChatGPT のデータ分析への活用は、初期データの概要を整理し傾向やパターンを把握する。クロス集計やセグメント分析を補助し、分析の効率を上げるとともに、データの可視化、アイデア出しにも使える

  • 戦略立案の補助として ChatGPT に施策アイデアを出させるのも有効。提案書作成をサポートしてもらい、AI からの示唆も参考に具体的な提案にまとめていく

  • ChatGPT を補助的に活用するポイントとして、① 最終判断は人が行う、② ルーチン業務を効率化する (人はより重要な意思決定などに集中) 、③ 信頼性を確保する (ChatGPT の回答をそのまま使用せず、リサーチの補助として活用し精度を高める) 


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。