投稿日 2025/04/07

栄養強化家電 「サンティエ」 。食品の価値を変え、新しい市場を創造する挑戦

#マーケティング #市場創造

京都発のユニークな家電の 「サンティエ」 は、電子レンジのように使うと食品にビタミン D を生成するという、これまでになかった可能性を秘めています。

一体どのようなアプローチで、従来の家電の概念を覆そうとしているのでしょうか?

今回は、新しい市場創造、消費者ニーズを捉えるマーケティングに迫ります。

栄養強化家電 「サンティエ」 


出典: kibidango

サンティエ (Scin:tiller) は、京都市に拠点を置く企業 「KDW (KYOTO DEVELOPMENT WORKS) 」 が開発した新しい栄養強化家電です。紫外線を用いて食品に自然由来のビタミン D を生成します。

開発背景と搭載技術

サンティエは照明機器の技術から、人間の皮膚の仕組みを食品に応用した発想から生まれました。

KDW は照明機器の開発で培った技術的なノウハウを活用し、大学との共同研究でビタミン D 生成技術を確立しました。特に効果を発揮するのは海産物や乳製品で、一方で野菜や穀物にはビタミン D 生成の効果がないことが確認されたとのことです。

市場展開

サンティエがターゲットとしている市場は、欧州や北米といった日照時間が短く、ビタミン D が重視される地域です。特にドイツに照準を当てています。

ビタミン D は健康維持に欠かせない栄養素でありながら、通常は皮膚が紫外線を浴びることでしかビタミン D は生成されません。そのため、特に北欧や北米のように日照時間が限られる地域では、日常的に補給する必要性が高いとされます。

こうした背景から、食品に紫外線によるビタミン D 生成を可能にする栄養強化家電というアプローチは、消費者の潜在的なニーズを捉えるものでしょう。

デザインと今後の展開

サンティエの製品デザインは消費者が親しみやすいトースターに似た形状を採用です。

庫内サイズは、ターゲット市場であるドイツのスーパーマーケットで販売されるチーズやキノコといった食材が使われるのを想定し、家庭でよく使われるプレートのサイズを参考に決定されました。庫内はフラットで掃除しやすく、使い勝手の良さも工夫されています。

操作はタイマー機能で2 ~ 10分の5段階での設定が可能です。安全性にも配慮し、扉を開けると電源が自動でオフになる設計です (紫外線が直接目に入ると炎症のおそれがあるため) 。青い光や安全機能を組み込むことで、消費者が誤解せず安全に使用できるようにしています。

こうした設計によって、日常生活にスムーズに溶け込み、誰でも手軽に使用できる栄養強化家電なることを目指しています。

KDW は、欧州や北米での2025年内のサンティエの販売を計画しており、価格は500ユーロ程度を想定しているとのことです。また、KDW は 「VLUE」 という技術ブランドを立ち上げ、サンティエに実装したビタミン D 生成技術を家庭用家電だけでなく、食品加工機器メーカーなどにも提供することを視野に入れています。

栄養強化家電の日本市場への展開


栄養強化家電というカテゴリーは興味深いです。今後は、ビタミン D の生成に限らず、さらに多様な栄養素をつくり出す家電が登場する可能性を秘めています。

技術的なことは詳しくはわかりませんが、消費者ニーズは一定ありそうです。栄養不足や偏りが引き起こす健康問題に対する関心がそれで、日本市場を考えてみても、次のようなニーズや環境要因が、栄養強化家電というカテゴリーの成長を後押しすると考えます。

健康志向

まずあるのは健康志向や高齢化社会です。

健康意識の高い消費者は一定数で存在し、日本は高齢層の人口が相対的に増える中で、健康を維持するための予防医療への注目は高まっていくでしょう。たとえば栄養不足を補うサプリメント市場は拡大し、ここに食い込もうとして新たなアプローチとなる 「家電によっていつも食べている食品に栄養を強化する」 という需要が高まると考えられます。

忙しいライフスタイルの中で、バランスの取れた食事を摂ることが難しい現代人にとって、家庭で手軽に栄養価を高められる家電は魅力的です。

もし、ビタミン D の生成に続き、鉄分、カルシウム、プロバイオティクスなど、特定の健康課題に応じた栄養素を強化する家電が登場すれば関心を集めるでしょう。

食品ロス削減と付加価値

日本では食品ロス削減の取り組みが進む中、栄養強化家電は廃棄されがちな食品に付加価値を与える手段としても役割を果たします。

家庭で余りがちな食品を栄養価の高い食材に変えることで、環境貢献と個人の健康管理を両立させることが可能です。

消費期限が近づいていたり、家庭で余りがちな食品を栄養価の高い食材に家電によって変えることができれば、廃棄されることなく消費できることが期待できます。健康管理だけにとどまらず、環境保護にも貢献できる点で魅力的です。

栄養強化家電がもたらす顧客価値は、栄養補給に加え、社会全体の持続可能性に貢献する製品という存在になる可能性を秘めています。

普及への課題


では、こうした新しい家電カテゴリーが普及するためにどうすればいいでしょうか?

マーケティングの観点では、栄養強化家電という馴染のないカテゴリーへの消費者からの認知度を高め、これまでにない価値があると信じてもらうことが大事です。そのためには、次のような戦略が有効です。

消費者からの認知と受容性の向上

KDW のサンティエの事例では、全く新しい家電となったため、トースターに似た親しみやすいデザインを採用することで、消費者が製品を日常生活に取り入れやすいように工夫しています。

このアプローチは、特に新しい技術や概念に対する消費者の心理的障壁を下げる働きをします。全く見慣れないデザインや使い方では消費者は抵抗感を感じやすく、新製品の普及が進みにくくなるでしょう。

栄養強化家電を普及させるためには、既存の家電に似たデザインを採用し、消費者がすぐに 「どう使えるか」 をイメージできるようにすることが有効です。具体的には、電子レンジやオーブントースターなどの既存カテゴリー製品と似たデザインにすることで、使い勝手の面での馴染みを持ってもらいます。

安全性と信頼性の確保

サンティエでは、紫外線照射中に扉を開けた場合に自動で電源をオフにする安全設計が施されています。消費者が安全に使えることを保証するための工夫です。また、ビタミン D を生成する技術においては、大学との共同研究によって科学的根拠を確立し、効果を証明した点も信頼を構築する要素です。

栄養強化家電の安全性の確保のためには、新たな栄養素を強化する機能に関しては、効果と安全性を第三者機関で検証し、その結果を消費者にわかりやすく示すことにより、製品の信頼性を高めることができるでしょう。

他にも、操作ミスの心配をなくすためのシンプルで直感的な操作性を追求し、使用時の安心感を提供することも重要です。

ターゲット市場に合わせた製品設計

サンティエの庫内サイズは、ターゲット市場であるドイツのスーパーで販売されるチーズやキノコのサイズにもとづいて決定されました。ターゲット市場の具体的なニーズや使い方に合わせた製品設計によって、消費者は使いやすいと感じます。

日本市場で栄養強化家電を普及させるためには、消費者のライフスタイルや食品の家庭での利用状況を調査し、市場や消費者理解にもとづいた製品設計が求められます。

たとえば、日本では魚介類や大豆製品が消費されることから、もしこれらの食材に対して効果を発揮する機能を備えた製品を新たに開発できれば、家庭での栄養家電の利用頻度を高めることができるでしょう。

また、日本のキッチンスペースの限られた環境に適したコンパクトなサイズは、普及へのカギを握ります。

消費者にとっての使いやすさだけでなく、視覚的な魅力も重要です。家庭のインテリアに馴染むデザイン、あるいは、健康的な生活を象徴するようなデザインを採用することによって、製品そのものがライフスタイルの一部として受け入れられやすくなります。特に、若年層や健康志向の高い層にとって、見た目のスタイリッシュさや楽しさは購入意欲を左右する要因となります。

市場浸透の戦略 (Go to Market (GTM) ) 

サンティエはヨーロッパでは500ユーロという価格を想定していますが、生産台数と販売数量が増えれば価格を下げられる可能性があります。初期は高価格でも、量産によるコスト削減を見込んだ価格戦略が取れます。

日本でも、最初は健康志向の高い富裕層や新しい技術に敏感なアーリーアダプターをターゲットに高価格で市場投入し、その後、需要が拡大し量産が可能になれば価格を引き下げることで、一般層への普及を目指すという段階的な展開が考えられます。

たとえばクラウドファンディングを活用して、初期需要を見込むとともに、市場の関心度を測る戦略も有効です。クラウドファンディングはサンティエのような新しい概念の製品に対して、マーケットの反応を早期に把握するテストマーケティングの場として活用できます。

* * *

サンティエの事例からは、栄養強化家電という新しいカテゴリーを日本市場で普及させるために、ターゲット市場の理解を深めた製品設計、安全性の確保、デザイン性と機能のバランス、段階的な価格戦略など、多くの示唆を得られます。

これらの要素をうまく組み合わせることによって、消費者にとって安心して使える、そして魅力的な顧客価値のある製品として栄養強化家電が普及していくことを期待したいです。

まとめ


今回は、食材からビタミン D を生成する "栄養強化家電" のサンティエを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • サンティエは、紫外線を利用して食品にビタミン D を生成する栄養強化家電。欧州や北米など、ビタミン D 不足が顕在化しやすい地域に向け、消費者の健康ニーズを捉えた商品展開を目指す

  • サンティエは欧州・北米 (特にドイツ) を前提とした製品設計になっている。デザインは、親しみやすいトースター型を採用し、ユーザーの心理的障壁を低減している。庫内はドイツ市場の食材サイズをもとに設計され、青い光で安全性を確保するなどの工夫が施された

  • 新しい市場への参入には段階的なアプローチが効果的。最初はアーリーアダプターをターゲットにし、その後量産によるコスト削減と価格低下を通じて、マジョリティ層への普及を目指すといい


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。