#マーケティング #ペインポイント #顧客価値
お客さんの不便や不満を解消することに注力していますか?
多くの場合、お客さんにとっての 「痛み」 や 「不便さ」 は解消すべき問題ですが、実はそこに新たな価値を見出すことができるのです。
今回は、痛みを 「良い兆候」 や 「効果」 として活用することで顧客体験を豊かにし、ビジネスチャンスに変える方法を事例から紐解きます。
リードルショット
韓国発の化粧品ブランドの VT COSMETICS が展開する 「リードルショット」 シリーズが、2024年の日経トレンディのヒット商品ランキングで第4位にランクインしました。
従来のコスメにはない、肌に塗るとチクチクとした 「痛み」 を特徴とした独自のアプローチが注目を集め、人気を呼んでいます。
製品の特徴
もう少しリードルショットの特徴について、成分や効果など具体的な要素に焦点を当ててご紹介します。
マイクロニードルというシリカ製の微細な針が、肌の奥の角層まで美容成分を届けてくれます。針が肌に微細な刺激を与えることで、血行が促進され、細胞の再生が活性化されるとのことです。
求める刺激 (痛み) レベルに応じて刺激の強さを6段階から製品を選べます。リードルショットシリーズの製品名には 「50」 「100」 「300」 「700」 「1000」 「1300」 と数値化された型番が付いています。
例えば 「50」 は初心者向けで最も刺激が少なく、「700」 は 「100」 の6倍の刺激量を持ち、肌への痛みが強まります。「1300」 は最も強い刺激で、刺激系コスメの上級者向けです。
利用者は自分の肌の状態や求める刺激に応じて、好みに合ったレベルの痛さを選ぶことができます。
もうひとつ特徴として挙げたいのが、高コスパという点です。リードルショットは1本約3500円という価格にもかかわらず、2023年7月から約1年間で日本国内で387万本、日韓合計で1170万本を販売しました。
日本での販売実績は、ロフトの店舗やオンライン販売を通じた幅広いチャネルの活用と、口コミを中心にした人気の高まりによるものです。手軽に試せるミニサイズの展開が消費者の購入意欲を後押ししたのも成功の要因でしょう。ちなみに2024年のロフトにおける美容液カテゴリで、リードルショットはシリーズ累計売上1位を記録しました。
「痛み」 が顧客価値に
痛みが 「効果」 を連想させるという、これまでになかった特徴と期待が人気の要因です。
「痛いほど効く」 という口コミが広がり、利用者の間であたかも 「修行僧」 のように、痛みへの挑戦は、自己成長や達成感を得るために必要な修行のように捉えられているようです。痛みというわかりやすい刺激の強さが効果の象徴とみなされ、ユーザーがさらなる挑戦を求めるようになります。
こうした顧客ニーズに合わせて、リードルショットシリーズは痛みのレベルは初期段階では3種類 (100, 300, 700) のみだったのが、入門用 「50」 や上級者向け 「1000」 「1300」 を追加しました。2024年3月にはミニサイズを投入し、様々な痛みのレベルから自分に合ったものを選べるようになっています。
マーケティングの観点で注目したいのは、リードルショットが 「刺激系コスメ」 という新しいカテゴリーをつくり出していることです。
リードルショットに触発されるように、カプサイシンを使ったリッププランパーなど、化粧品に刺激を求めるコスメ市場が拡大しています。カプサイシンを使ったリッププランパーは、唇に軽い刺激を与え血行を促進し、唇をふっくらと見せる効果が期待できます。消費者が実感しやすい痛みなどの刺激と、何よりも肌への効果を重視する傾向が強まっているようです。
学べること
それではリードルショットの事例から、マーケティングや商品開発への汎用化できる学びを掘り下げていきましょう。
身体への肉体的な痛みや、「ペインポイント」 と言われる心理的なお客さんにとっての不便さやフラストレーションは、商品開発やマーケティングにおいては通常は解消すべき課題です。しかしリードルショットの事例は、逆転の発想で痛みを効果的に活用し、お客さんへの新たな価値をつくり出したという点で示唆的です。
痛みを効果への実感に結びつける
リードルショットからの示唆は、お客さんが 「痛み」 を感じる瞬間を、その商品の効果が表れる兆候としてポジティブに位置づけるという発想の転換にあります。
人は一般的に、少々の不快感というリスクやネガティブな側面があっても、それ以上に得られる効果が実感できる体験は受け入れるものです。リードルショットでは、商品が直接的な変化を肌にもたらす効能に対して、痛みが 「効いている証拠」 として受け止められました。
この着想を他の業界に応用すると、例えばフィットネス業界です。
筋トレでは、運動後に筋肉の張りや筋肉痛があると、「筋繊維が破壊され、修復される過程で筋力が強くなる根拠」 として効果が期待できます。「痛み = 効果の兆候」 という視点を相手にわかりやすく伝えることによって、トレーニングのメリットを実感してもらいやすくなります。
痛みの 「コントロール可能性」 を提供する
痛みをポジティブに捉えるには、お客さんが痛みを自分でコントロールできる仕組みをつくるといいでしょう。
自分が痛みを克服できたり管理できると感じると、その体験に安心感を持てるとともに、挑戦してみたいという気持ちが高まります。さらには、痛みを克服する体験をゲーム感覚でむしろ楽しいものと感じられるでしょう。
例えば登山やキャンプでは、初心者向けから上級者向けまで様々な難易度が設定されています。初心者向けのコースは、快適なテントや装備が揃っている一方で、上級者向けのコースでは装備を最小限に抑え、自然との直接的な関わりを楽しむことが重視されます。
このようにメニューを複数そろえ、挑戦度合いや痛みの程度を選択できるようにすることで、自分のスキルに合った挑戦ができ、体験の満足度が向上します。
痛みを 「ストーリー化」 する
痛みを克服するプロセスをお客さん自身の成長や達成感のストーリーとして描けると、個人的な成長や自己実現の一環として価値を感じてもらえます。
あたかもお客さんはそのストーリーの主人公となったように感じられ、商品が自分の成長を支えてくれるパートナーのように認識してもらえることが期待できます。
これを教育分野の学習サービスに当てはめてみましょう。
例えば、難関資格の試験対策コースを提供する教育サービスでは、「最初は手も足もでなかった問題が、1か月後には解けるようになった」 という具体的な進歩を強調します。また、過去に合格した受講生の 「最初はとても難しかったが、継続することで克服できた」 という体験談を共有し、レベルアップをしていく物語性を高めます。
勉強中の辛さを 「合格までの通過儀礼」 としてポジティブに捉えられるようにすることを狙います。
痛みと 「自己成長」 を結びつける
痛みを克服する過程を 「成長の証」 として位置づけられれば、お客さんにはその体験に満足感や価値を見出してもらえます。痛みを超えること自体が目標として設定され、自己肯定感や達成感につながる仕組みをつくるわけです。
これを金融・投資商品を例に考えてみましょう。
初心者向けの投資サービスでは、リスクを取ることで学びと収益のチャンスが生まれるというメッセージを打ち出します。まずは少額投資を考えている人に向けて、初心者が少しずつ市場の変動を学ぶという場を提供します。リスクを 「精神的な痛み」 として体験してもらいつつ、痛みを克服したときに得られる学びや収益を強調することにより、お客さんに自己成長の実感を感じてもらいます。
痛みを 「コミュニティ体験」 に変える
痛みを共有する仲間を作ることで、その痛みがただ不快感だけではなく、他者とのつながりや共感を生むきっかけとなります。痛みそのものよりも、痛みを通じて得られる 「絆」 や 「共感」 の側面に光を当てるアプローチです。
マラソンイベントに適用すると、市民マラソンでは、完走までの辛さを共有し合うランナー同士の連帯感を持てるのが参加者にとっての魅力となります。特に、初心者が初めてのフルマラソンを走り切る際には、一緒に走る仲間がいるという共同体感覚が辛さを和らげる心理的な後押しになるでしょう。
また、ランナー向けのコミュニティグループを運営すれば、参加者がレース本番前のトレーニングの進捗やレース後の完走の気持ちや感想を共有できる場を提供することで、痛みがポジティブな体験へと変換されます。
以上のポイントから、物理的な痛みや精神的な負担を価値へと転換するアプローチは、様々な業界で応用が可能です。
お客さんが痛みのことを 「乗り越える価値のあるもの」 と捉え直せば、体験が普通の消費行動を超えた顧客価値をもたらします。
まとめ
今回は、刺激系コスメの代表格である 「リードルショット」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 通常はビジネスでは解消すべき問題点となる 「痛み (ペインポイント) 」 を、商品価値として転換する逆転の発想をしてみると新たな着想につながる
- 例えば、痛みの度合いを段階的に選択できたりコントロールできる仕組みにし、お客さんは自分のペースで痛みの対処や克服ができる。初心者から上級者まで、それぞれの挑戦レベルに応じた体験を設計する
- 痛みを自己成長の機会として再解釈し、痛みを克服するプロセスを成長ストーリーとして描くことによって、商品はお客さんに自己実現の感覚をもたらす存在となるなど、体験に意味を見出せる
- 痛みを共有するコミュニティを形成することにより、他者とのつながりや共感を生める。個人の体験をつながりのある集団全体での価値へと昇華できる
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