#マーケティング #人間心理 #本
なぜ人は 「限定セール」 や 「送料無料」 という言葉を見ると、つい商品をカートに入れてしまうのでしょうか?
実は、私たちの脳は想像以上に簡単に操られています。どんなに理性的で賢い人でも、巧妙に仕組まれた手法の前では、知らず知らずのうちに 「欲しい」 と思わされ、無意識のうちに財布の紐が緩んでしまうのです。
今回はある書籍から、そのカラクリを脳科学の視点から解き明かし、賢い消費者、そして誠実なマーケターになるためのヒントを探ります。
本のタイトルは 「ブラックマーケティング - 賢い人でも、脳は簡単にだまされる (中野信子, 鳥山正博) 」 です。
賢い人も簡単に騙されてしまうメカニズムと、その防御法をマーケティングの観点から掘り下げます。
本書の概要
この本は、私たちの脳がどう騙されるのかを解き明かします。
著者は脳科学者の中野信子さんとマーケティング学者の鳥山正博さんです。中野さんからは脳の中にある物質 (セロトニン・ドーパミン・オキシトシンなど) や脳の機能、鳥山さんからはマーケティングの理論や手法を結びつけて論じられます。
章立ての構成は、序章から第5章、そして終章で構成されます。各章では、脳科学の視点から、特にブラックマーケティングという "悪の視点" から2人の著者が、手紙のやりとりのような形で書かれています。
本書の中心テーマ
この本の中心テーマは 「人間の脳がいかに無意識に操られるか」 です。
通常のマーケティング論では語られない 「ブラックマーケティング (悪のマーケティング) 」 がどのようなもので、なぜ人は簡単に騙されるのか。そのメカニズムを脳科学とマーケティングをかけ合わせて解明することを目指します。
本書が強調するのは 「悪を知らなければ、悪を止めることはできない」 という発想です。
世の中には以下のような事例が蔓延しており、それらを脳科学の観点から見ると、どうして人間がハマってしまうのかが浮き彫りになります。
- インターネット上の釣り広告、ステルスマーケティング (ステマ)
- ホストクラブに大金をつぎ込んでしまう心理や、高齢者の財産を狙う後妻ビジネス
- なくならない振り込め詐欺などの詐欺商法
- ファンを熱狂させ、大量購入に結びつける商法 (例: アイドルの音楽 CD)
- 基本無料なのに課金に誘導するソーシャルゲーム
- 苦しんでいる人の心につけこむ霊感商法 (スピリチュアル商法)
本書は、これらの 「ブラックマーケティング」 の仕組みを明るみに出し、自分がターゲットにされないための対策や、マーケター側として知っておくべきポイントも示唆します。
これまでのマーケティングは、キレイゴトしか扱っていない 「よい子のマーケティング」 だったのではないか。悪のマーケティングにもマーケティング理論は説明責任を果たすべきではないか。これが本書の問題意識です。
本書の特徴
専門的な内容ですが、読みやすく工夫されています。
特徴は専門知識が相互補完されていて読みやすいことです。
この本は、専門が違う2人の著者が文章で対談するような形式で進みます (手紙のやりとりのような感じです) 。まるで2人の会話を聞いているような感覚で、スラスラと読み進められます。
難しそうな脳科学の話も具体的な例と一緒に語られるので理解しやすいです。
具体例は身近な内容が多く、よく知られたものから一見分かりにくいものまで、様々な販売手法が脳科学とどう結びついているのかを詳しく説明しています。身近な悪徳商法のカラクリが脳科学で解き明かされるので、読んでいて勉強になります。
人はなぜハマってしまうのか
では、なぜ私たちの脳はこれらの仕掛けにハマってしまうのでしょうか。本書はそのメカニズムを脳科学の視点から解説しています。
代表的なものをいくつか見ていきましょう。
損をしたくない [セロトニン × 不安]
「今買わないと損するかも」 という気持ち、よく分かりますよね。
例えば、第1章では 「残りわずか!お早めに!」 といった希少性をアピールする売り文句や、タイムセールの手法が紹介されます。これらは消費者に 「今買わないと損をする」 という焦りや不安、すなわちセロトニン系の反応を引き起こし、冷静な判断力を奪う効果があります。
人は 「できたはずなのに、やらなかった後悔」 を強く感じるものです。だから、期間限定や数量限定と言われると、つい行動してしまう傾向があるわけです。
依存 [ドーパミン × 依存]
気づいたら、やめられなくなっている…。 これも脳の仕組みが関係しています。
第2章では、ギャンブル依存やスマホゲーム依存のように、「ハマりたがる脳」 を利用したビジネスについて解説しています。パチンコや課金ゲームは、ドーパミンによる脳の報酬系 (快感回路) を刺激し、一種の中毒状態を作り出します。
「衝動買い」 と 「よく考えてする買い物」 では、脳の中で使われる部分が違うとのことです。衝動的な購入は快楽を感じるドーパミン系が原動力です。それに対し、計画的な買い物は理性を使う部分が働くため、全く違う意思決定プロセスになります。
すがりたい心理 [オキシトシン × 愛情]
ブラックマーケティングには 「誰かに認められたい」 、「仲間外れにはなりたくない」 という気持ちも巧妙に利用されています。
第3章では、愛情や、どこかに所属していたいという心理を利用した 「オキシトシンと愛情」 がテーマです。
例えば、マルチ商法やカルト商法のように、「何かにすがりたい」 という心理状態の人々が狙われるケースにも触れています。
刷り込み [前頭葉機能 × 刷り込み]
人の五感を通じて、無意識のうちに影響を受けていることもあります。
第4章では、五感や周りの環境を使った刷り込みによるマーケティング手法が紹介されます。
例えば、お店の中で特定の香りを漂わせて購買意欲を高めたり、商品のイメージ戦略で無意識に良い印象を与えたりするような、人の前頭葉に働きかけて知らず知らずのうちに印象づけるようなアプローチです。
なぜ騙されるのか
なぜ私たちは簡単に騙されてしまうのでしょうか?
私たちの脳は、無意識のうちにその気にさせられてしまいます。気づかないうちに何かが欲しくなったり、行動してしまうわけです。どんなに賢い人でも、脳の仕組み上、巧妙な手法には簡単に騙されてしまうのです。
現代社会には、脳の思い込みやバイアス、報酬系 (快感回路) を巧みに利用した罠が溢れています。
例えば、焦りを感じさせるタイムセール、依存させることが前提のビジネス、愛情や承認されたい気持ちを利用する SNS 的なものなどです。本書を読みカラクリを知ることで、人間の脳がいかに騙されやすいかを痛感します。
脳がハマるという現象を論理的に客観的に理解することによって、"よい子のマーケティング" の理論だけでは捉えきれなかった、消費者の行動を説明できる可能性が見えてきます。マーケティング分野に脳科学の知見を取り入れることによって、悪徳商法への対策だけでなく、真っ当なマーケティングを考える上でも新しい視点が得られるでしょう。
騙されないために
それでは、私たちはどうすれば 「ブラックマーケティング」 から身を守ることができるのでしょうか?
最後のパートでは、本書から学べる日常で意識したいポイントを3つご紹介します。
無料やお得に潜む罠を知り自衛する
人は 「無料サービス」 や 「ポイント ○ 倍」 といった無料やお得感には弱いものです。しかし本書は、それらも脳を巧みに誘導するメカニズムが働いていることを教えてくれます。
安易に 「送料が無料だから買おう」 と短絡的に考えるのではなく、「なぜ無料なのだろう?」 「買わせるためのエサではないか?」 と、裏側を読む視点を持つことが重要です。
こうした姿勢を身につけておけば、依存や悪徳商法への防御力が高まります。何かうますぎる話にも簡単には飛びつかなくなるはずです。
情報を鵜呑みにしない
今の時代は SNS やネット広告を通じて、情報が過剰に、そして一方的に流れてきます。見たくないものも、つい見てしまう環境に、私たちは否が応でも置かれています。
本書を読むと、脳は心地よい情報や耳障りの良い話に流されやすいという性質が理解できます。だからこそ、日常的に 「それは本当なのか」 と疑うクセをつけることが大事です。
この本が指摘するように、人は自分にとって都合の良いように現実を解釈するのが普通です。その弱点につけ込む手法が世の中には存在します。これを知っておくだけでも、騙されず意識的に踏みとどまる力が養われます。
宣伝のテクニックは身の回りに溢れているという自覚を持つ
「残り ○ 点!」 「期間限定!」 「送料無料!」 。こうした宣伝文句は、消費者に購入を急がせるための常套手段です。
本書を読むと、それらが脳の中で不安や焦りをかき立て、冷静な判断を鈍らせる仕掛けだとわかります。
日常生活でこうした言葉に出会ったら、「本当に自分に必要なものか?」 「今すぐ買わないと損をする根拠は自分は説明できるか?」 と、一度立ち止まって考える習慣をつけるといいでしょう。
条件反射的に 「お得だから買わなきゃ損」 と思い買う前に、一歩立ち止まって冷静になることを心がけることが大事です。
まとめ
今回は、書籍 「ブラックマーケティング - 賢い人でも、脳は簡単にだまされる (中野信子, 鳥山正博) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 脳は無意識に操られる。人の脳は巧妙な方法によって知らず知らずのうちに影響を受け、購買行動に至ることがある
- 脳科学とマーケティングの知見を組み合わせての "悪のメカニズム" を理解することは、自己防衛だけでなく、より良いマーケティングを考える上でも示唆を与える
- 具体的には、「損失を避けたい心理 (セロトニン × 不安) 」 を利用した期間限定セール、「快楽を求める依存心 (ドーパミン × 依存) 」 を狙ったギャンブル的手法など脳内物質に働きかける仕掛けがある
- 他には、「所属欲求や承認欲求 (オキシトシン × 愛情)」 を利用したマルチ商法、五感を通じた 「無意識の刷り込み (前頭葉機能 × 刷り込み) 」 も、消費者を巧みに誘導するテクニックとして活用されてしまっている
- 騙されないためには、宣伝テクニックが身の回りに溢れているという自覚を持つ。例えば 「お得」 や 「無料」 という言葉に安易に飛びつかず、一度立ち止まって冷静に判断する習慣が重要
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