#マーケティング #組織変革 #八段階の変革プロセス
業績が悪化すると、組織を変える必要性は数字に表れます。味の素がマーケティング組織を大きく変えたのは、業績が安定していた時期でした。
経営陣が問題にしたのは、お客さんの生活を十分に理解できていないことと、縦割りの分業体制です。
順調なときに、なぜ組織を変えるのか。味の素の事例から、大企業が変革を進めるための考え方を見ていきます。
順調な会社が、あえてマーケティング組織を変えた
味の素は 2023 年 4 月、「マーケティングデザインセンター (MDC) 」 という新しい組織を立ち上げました。
出典: 日経クロストレンド
商品開発や顧客理解、広告・コミュニケーションに関わる機能を横断的につなぎ、ヒット商品を生み出す仕組みを変えようとしたのです。
当時の事業は安定していました。その中で経営陣は、このまま同じやり方を続けても将来まで成長できるとは限らないと考えていました。
お客さんの生活を、ほとんど知らない
味の素の一般消費者向けの BtoC 事業では、卸や流通を介して商品を届けます。そのため、最終的に商品を使うお客さんの生活を直接見る機会は限られます。
そこで出てきたのが、お客様の生活の 360 度のうち、味の素が知っているのは全体の 2 ~ 3% 程度ではないかという問題意識でした。
今の状態を放っておいても、売上は少しずつ伸びるかもしれません。ただ、日本では人口減少が進み、生活者の価値観も変わっていきます。今までと同じビジネスモデルや商品開発のやり方で、本当に価値を生み出し続けられるのか。この問いが変革の出発点になりました。
分業による伝言ゲームを減らす
もうひとつの問題は、組織の分業体制でした。
例えば、事業部が消費者調査をしたいときは調査部へ、広告を出したいときは広告部へ依頼します。専門性を生かせる一方で、依頼を受け渡すたびに意図が少しずつずれ、部署同士の連携が難しくなることもありました。
MDC では、製品開発のプランニング段階から、リサーチャー、データアナリスト、デザイナー、メディア担当などが同じチームとして動きます。各部署が順番に仕事を受け渡す分業から、最初から一緒に考えて動く体制へと変えました。
味の素の変革を、コッターの八段階で読み解く
大きな組織を変えるときは、組織図の変更に加えて、人が危機感を持ち、目指す方向を理解して行動し、その行動を組織の習慣にしていく必要があります。
この流れを整理するのに参考になるのが、ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授であるジョン・ P ・コッターが提唱した 「八段階の変革プロセス」 です。数多くの企業変革の成功と失敗を分析し、変革を前に進めるためのステップを整理した理論です。
詳しくは、書籍 「企業変革力 (ジョン・P・コッター) 」 に書かれています。
八段階の変革プロセス
- 危機意識を高める
- 推進チームをつくる
- ビジョンと戦略を立てる
- ビジョンを周知する
- メンバーが行動しやすい環境を整える
- 短期的な成果を生む
- さらなる変革を進める
- 新しい方法を文化として根づかせる
なお、ペンギンを主人公にした小説 「カモメになったペンギン」 では、この 8 つのプロセスが物語としてわかりやすく描かれています。
ここでは、味の素の実際の取り組みを八段階に沿って整理し、大企業がどのように変革を進めたのかを見ていきます。味の素がこの理論を採用したという意味ではなく、事例を読み解くための枠組みとして使います。
1 ~ 3 段階目: 危機感を共有し、変革を動かす組織をつくる
コッターの最初の 3 段階は、危機意識を高め、推進チームをつくり、ビジョンと戦略を立てることです。味の素では、経営会議での問題提起から変革が始まりました。
そこで示されたのが、「お客様の生活の 2 ~ 3% 程度しか我々は知らない」 という認識でした。さらに、今の状態を放っておいても売上は少しずつ伸びるという見方に対し、人口減少社会でも今のビジネスモデルで大丈夫なのかという問いが投げかけられました。
将来の問題を業績が悪化する前に言葉にし、組織の中で危機感を共有しました。
変革を動かす役割を担ったのが MDC です。トップには執行役常務が就き、「マーケティング開発部 (生活者解析・インサイト抽出) 」 と 「コミュニケーションデザイン部 (広告・ PR ・デジタル施策) 」 という 2 つの専門部門が集まりました。
MDC は、顧客を直接知り、その解像度を徹底的に上げ、新しい価値を生み出す組織を目指しました。顧客理解から企画、コミュニケーションまでをひとつの組織でつなぎ、商品開発の初期から各機能が一緒に動く体制をつくりました。
出典: 日経クロストレンド
この組織設計が、変革を進める基盤になったのです。
4 ~ 5 段階目: スローガンと仕組みで、挑戦しやすくする
ビジョンを行動につなげるには、メンバーが何をすればいいのかを具体的に示し、実際に動ける環境を整える必要があります。
MDC で掲げられたのが 「Swing The Bat」 です。野球になぞらえ、「とにかく打席に立って挑戦しよう」、「狙いを定めてバットを振り続ければ、必ずヒットは生まれる」 という行動を促しました。
さらに、MDC では 「動いた人を評価し、動かなかった人は評価しない」、「失敗しても絶対に責めない」 という考え方を明確にしました。評価制度として 「Swing The Bat 賞」 も設け、挑戦した人を表彰しました。
組織面でも、企画の初期から各分野の担当者が参加できる体制に変えました。「パスタキューブ」 の開発では、パスタ喫食者のインサイトに近づくため、N=1 インタビューを 40 回実施しています。
スローガンに加えて組織構造と評価の仕組みも変え、メンバーが挑戦しやすい環境を整えました。
6 段階目: 小さな成功を、変革の証拠にする
組織変革は、成果が見えるまで時間がかかります。途中で手応えがなければ、「本当にこのやり方でいいのか」 という迷いも生まれます。
MDC は設立後、具体的な商品や施策で成果を出していきました。
2023 年に発売された 「Cook Do 極 (プレミアム) 麻辣麻婆豆腐用」 は、従来とはまるっきり違うコンセプトで、重さあたりの単価を 2 倍以上に設定しましたが、ヒット商品になりました。
「パスタキューブ」 では、新しい顧客層を取り込みました。オイスターソースでは、「レタス保存用新聞」 という斬新な新聞広告が SNS でも話題になりました。
こうした成果は、売上などの結果に加えて、新しい開発プロセスへの手応えをチームに与えます。実際の商品や施策で結果が出ると、まだ半信半疑だった人たちも新しいやり方を受け入れやすくなります。
7 ~ 8 段階目: 成功を次の変化につなげ、文化にしていく
最初の成功を次の変化につなげることも重要です。新しいやり方を続け、組織の中に広げていくことで、一時的な取り組みから日常の仕事へと変わっていきます。
MDC は設立 1 年後の 2024 年 4 月、消費者へ直接販売する D2C 事業部を新設し、MDC に編入しました。これにより、MDC は顧客との直接的な接点を持ち、プロフィットセンターとしての機能も強化しました。
出典: 日経クロストレンド
「Swing The Bat 賞」 も半年に一度行われ、成功や挑戦の事例が社内で共有されました。若手からも案件が次々とエントリーされるようになり、ひとつの挑戦が次の挑戦を生む流れが広がっていきました。
部門横断で動くこと、企画の初期から顧客を深く理解すること、挑戦した人を評価すること。こうした行動を繰り返すうちに、新しいやり方が組織の日常になっていきます。
うまくいっている時に変えられるか
味の素が組織変革に動いた時、事業は安定していました。今のやり方を続ける選択肢もある中で、お客さんを十分に理解できていないことや、人口減少の中で今のビジネスモデルがいつまで通用するのかという問いに向き合いました。
余力がある時期に将来の問題を見つけ、まだ動けるうちに手を打てば、選べる打ち手も多くなります。味の素は、業績が悪化する前に組織を変える道を選びました。
組織変革では、危機感を共有し、推進するチームをつくり、目指す方向を示し、行動しやすい仕組みに変えていきます。そこから小さな成果をつくり、次の挑戦へつなげ、少しずつ日常の仕事として定着させていきます。
味の素のマーケティング組織変革を見ると、こうした一連の流れがつながっています。順調な時期にも将来の変化を見据え、余力があるうちに動くことの大切さがわかる事例です。
まとめ
味の素のマーケティング組織変革を、コッターの八段階の変革プロセスに沿って見てきました。
- 危機意識を高める: 業績が安定している時でも、将来の変化から逆算して今の課題を共有する
- 推進チームをつくる: 権限・専門性・人望を兼ね備えた人を集め、変革を進める組織をつくる
- ビジョンと戦略を立てる: 顧客理解を深め、企画の初期から各機能が連携する方向を明確にする
- ビジョンを周知する: 「Swing The Bat」 のようなわかりやすい言葉で、求める行動を共有する
- メンバーが行動しやすい環境を整える: 組織構造と評価制度の両面から、挑戦を後押しする
- 短期的な成果を生む: 新商品や施策の成功を通じて、新しいやり方への自信をつくる
- さらなる変革を進める: D2C など新たな機能を加え、顧客との接点と事業機能を広げる
- 新しい方法を文化として根づかせる: 挑戦や部門横断の行動を繰り返し、組織の日常にしていく


