#マーケティング #定番商品と新商品 #両利きの経営
売上を大きく支える 「定番商品」 。定番商品が強すぎるがゆえに、新しい挑戦が後回しになっていないでしょうか?
今回は、1711 年創業、300 年以上の歴史を持つ老舗日本酒メーカー 「大関」 の事例を取り上げます。
大関の日本酒 「ワンカップ大関」 をケーススタディにして、定番商品を育てながら同時に新商品を生み出す秘訣を、「両利きの経営」 という切り口で紐解きます。
ワンカップ大関
出典: 大関
ワンカップ大関は、1964 年 10 月 10 日、東京オリンピックの開会式が行われた日に発売されました。
それまでの日本酒といえば、一升瓶から徳利 (とっくり) に移して飲むスタイルが主流でした。
そんな時代に、キャップを開ければいつでもどこでも直接飲めるというワンカップ大関は画期的でした。青地に白抜きで 「ONE CUP」 と記されたモダンなデザインも、従来の日本酒のイメージを大きく変えるものでした。
発売当初は売上が伸び悩みましたが、1966 年に上野駅と新宿駅の鉄道弘済会の駅売店 (のちのキヨスク) で販売を始めたことが転機になりました。旅行や出張など移動中にも飲みやすい商品として広がり、1993 年には年間約 1 億 3,000 万本を販売するメガヒット商品へと成長します。
しかし、その後は時代とお酒の選ばれ方が変わっていきました。
チューハイやハイボールなどお酒の選択肢が増え、新しい利用者のリピート獲得も課題になる中、1993 年をピークにワンカップ大関の売上は減少傾向に入りました。
2000 年代にはワンカップ大関が大関の売上の約 4 割を占めていました。2024 年でも約 33% を占める重要な柱ですが、長期的な売上減少を受け、大関はワンカップ頼みからの転換を進めています。300 年以上の歴史を持つ大関にとって、ワンカップ大関という大きな成功を守りながら、次の柱を育てることが経営課題になったのです。
では、大関の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
大関の取り組みには、定番商品と新商品のふたつをどう全体で整合性をとり、それぞれに役割を持たせ、事業全体でビジネスを成長させていくかに示唆があります。
今回は 「両利きの経営」 という視点で、大関の事例から学べることを紐解いていきます。
両利きの経営
両利きの経営は、経営学のイノベーション理論のひとつです。
深化と探索
両利きの経営では 「深化」 と 「探索」 の両方をやっていき、あたかも右手と左手の両方の手をうまく使うように経営をするアプローチです。
深化とは、既存事業の改善と効率化を進め、既存顧客に対して安定した価値を提供する活動です。
探索は、新たな事業領域や可能性を探り、試行錯誤を重ねる活動です。環境の変化に適応し、未来の成長の柱を築くための活動です。
一般的には、深化 (既存の強化) と探索 (新規の開発) では前者の深化に偏りがちになります。今までやってきたことの延長なので続けやすいからです。一方、新しい取り組みである探索は、うまくいくかわからず、成果も見えにくいため、後回しになりやすい活動です。
深化に偏りすぎると、外部環境の変化への対応が遅れるリスクがあります。そこで、既存事業を磨きながら、新しい可能性を探る活動も続けることが重要になります。
両利きの経営は、深化と探索のどちらか一方に絞らず、あえて二兎を追う経営です。
大関に当てはめる両利きの経営
両利きの経営を、大関の取り組みに当てはめてみましょう。
[深化] 定番商品の磨き込み
大関は 「深化」 として、60 年以上の歴史を持つワンカップ大関という定番商品を今なお磨き続けています。
品質を維持しながら、時代に合わせて商品やコミュニケーションを更新しています。
製造現場では、機械による検査と人の目や官能評価を組み合わせ、全国どこで買っても同じ味わいを届けるための品質管理を続けています。容器も発売以来改良を重ね、2023 年にはワンカップシリーズのポリキャップを環境配慮型のバイオマスポリキャップへ順次切り替えました。
また、裏ラベルに新進気鋭のイラストレーターやキャンプ系インフルエンサーを起用したり、競走馬を描いたラベルを展開したりと、若い世代にもブランドを知ってもらうための試みを続けています。
これらは、定番として守る価値を残しながら、時代に合わせて商品価値を更新する深化の取り組みと捉えられます。ワンカップ大関は 2024 年時点でも大関の売上の約 33% を占める重要な柱です。
[探索] 未来を創る新商品
同時に大関は、従来の日本酒のイメージや飲み方を広げる商品開発にも取り組んでいます。
出典: 大関
例えば 「凍らせ冷酒」 は、150ml のパウチを家庭の冷凍庫で凍らせ、シャーベット状にして楽しむ日本酒です。アルコール度数は 10% で、スプーンですくってデザート感覚で味わったり、少し溶かしてフローズンドリンクのように飲んだりできます。
出典: 大関
「Frozzee (フロージー) 」 シリーズは、日本酒ベースのフローズンカクテルです。ファジーネーブルやピニャ・コラーダといったフルーツカクテルを、アルコール度数 5% の飲みやすい味わいに仕上げています。いずれも期間限定商品です。
出典: 大関
ユニークな名前の 「#J (ハッシュタグジェイ) 有機米使用純米酒」 は、酒類の有機認証が始まった 2022 年 10 月 1 日に、業界で初めて有機 JAS 認証を取得した日本酒です。大関は ESG の取り組みの一環として開発し、世界で通じ、つながることを願って、共通言語として使われる 「#」 と Japan や Junmai などを連想する 「J」 を商品名に取り入れました。
出典: 大関
「花泡香 (はなあわか)」 は、アルコール度数 7% のスパークリング日本酒です。やわらかな泡立ちと甘酸っぱい味わいが特徴で、大関は日本酒ビギナーにもおすすめの商品として提案しています。
こうした商品は、これまで日本酒に馴染みが薄かった人にも選択肢を広げ、新しい飲み方や価値を提案する探索の取り組みと捉えられます。
両利きの経営を成功させるポイント
では、両利きの経営を実践するためには、どうすればいいのでしょうか?
この記事では、両利きの経営を進めるポイントを次の 5 つに整理します。
- 深化と探索に明確な目的と戦略がある
- 経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援がある
- 探索には既存事業の資産を活かす
- 深化と探索で緩やかな連携を図る
- 共通のアイデンティティを持たせる (ビジョンや価値基準などの企業文化)
では、この 5 つのポイントを大関の事例に当てはめながら、成功の秘訣を紐解いていきましょう。
深化と探索に明確な目的と戦略がある
成功の第一歩は、ふたつの活動の役割分担をはっきりさせることです。
両利きの経営の観点から見ると、ワンカップ大関は既存事業を支える深化側の柱と捉えられます。品質を守り、容器やラベルなどを時代に合わせて更新しながら、長く支持される商品として磨き続ける役割です。
一方、探索 (新商品開発) では、これまで日本酒をあまり飲まなかった人や新しい飲用シーンに向けて、未来の収益の柱となる可能性を探ります。
アルコール度数 5 ~ 10% の飲みやすい商品、デザート感覚やアウトドアでも楽しめる商品、有機 JAS 認証を取得した商品など、大関は日本酒との接点を広げる挑戦を続けています。
経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援がある
探索活動は短期的な成果が見えにくく、試行錯誤も必要になります。
大関では、長部訓子 (おさべ くにこ) 社長が新しい商品づくりを自ら後押ししています。2022 年に生まれた 「#J 有機米使用純米酒」 は長部社長の発案で、2023 年には長部社長の判断で商品企画委員会を復活させました。
さらに 2025 年の会社方針には 「変わる勇気が未来を作る」 を掲げています。大関は ESG の取り組みについても、会社の社会的存在意義や未来の創造的な事業展開に直結するものと位置づけています。
こうしたトップの意思決定が、新しい商品や飲み方を試す探索活動を継続する土台になっていると考えられます。
探索には既存事業の資産を活かす
両利きの経営での 「探索」 はゼロから始める必要はありません。既存事業が持つ資産を活用すれば、新しい商品にもその会社ならではの強みを持たせられます。
大関には、300 年以上にわたって蓄積してきた醸造・発酵の技術があります。
例えば、大関総合研究所で約 2 年かけて育種した独自の 「白銀酵母」 は、リンゴのようなフルーティーな吟醸香とクリアな飲み口を生み出します。2026 年発売の 「大関 大吟醸生貯蔵酒」 にも、この白銀酵母が使われています。
ブランド面では、大関が長年かけて築いてきた知名度や信頼があります。全国のスーパーやコンビニなどで商品を届けてきた販売基盤も、新商品を広げていく際に活用できる資産です。
探索だからといって過去を捨てる必要はありません。技術、ブランド、販売基盤といった既存資産を、新しい顧客価値につなぎ直すことがポイントです。
深化と探索で緩やかな連携を図る
大関が 2023 年に復活させた 「商品企画委員会」 は、深化と探索の緩やかな連携を考える上で興味深い仕組みです (参考情報) 。
商品企画委員会には、商品企画に加えて営業や製造など、さまざまな部署の社員が参加します。時代に合った商品をゼロベースで考え、部署を越えて意見を交わす場です。
この委員会の議論から、純米大吟醸の 「創家 大坂屋」 や、お酒をあまり飲まない人も意識した 「フルーツにごり酒」 の開発につながりました。
商品だけではなく、新しい飲み方も検討しています。例えば、おでんのだし割りから発想した 「ラーメンのスープ割り」 を実際に委員会で試し、営業部門からも可能性を感じるという声が上がりました。
両利きの経営の観点から見ると、商品企画委員会は既存事業で蓄積した現場の知見と、新しい商品や飲み方を探る活動をつなぐ接点と捉えられます。完全に切り離すのではなく、必要なところで知識やアイデアを持ち寄る仕組みです。
共通のアイデンティティを持たせる
深化と探索を進めるときには、会社全体で共有する価値基準も重要です。
大関には 「楽しい暮らしの大関」 という企業理念があり、社是として 「魁集団への躍進」 を掲げています。長部社長も、これまで培ってきた醸造技術と 「魁精神」 を継承し、時代が求めるものづくりを先駆けていく考えを示しています。
ワンカップ大関を磨き続ける活動も、新しいお酒や食品、飲み方を生み出す活動も、暮らしをより楽しくし、時代に合った価値を提案するという方向でつながります。
深化と探索で取り組む内容が違っても、上位にある企業理念や価値基準を共有する。これが両方の活動をひとつの会社の成長につなげる土台になります。
まとめ
老舗日本酒メーカーの大関の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
学びのまとめとして、両利きの経営を実践するためのポイントです。
- 深化と探索に明確な目的と戦略がある
- 経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援がある
- 探索には既存事業の資産を活かす
- 深化と探索で緩やかな連携を図る
- 共通のアイデンティティを持たせる (ビジョンや価値基準などの企業文化)




