#マーケティング #ブランド戦略 #変えない軸
長く存在するブランドほど、「何を残し、何を変えるか」 という選択が重要になります。過去の成功を残しすぎれば時代とのズレが生まれ、変えすぎれば積み上げてきたブランドらしさまで失いかねません。
サントリーの 「金麦」 は、CM の描き方からパッケージまで、長い時間をかけて大きな変更を重ねてきました。いま、商品カテゴリーまで変えようとしています。
今回は金麦の変化をたどりながら、ブランドを刷新するときに何を変えず、何を動かすかを見極める視点を紐解きます。
金麦は何を変え、何を変えなかったのか?
CM とパッケージ、商品カテゴリーまで変える
金麦は、サントリーが 2007 年に発売した新ジャンル、いわゆる 「第三のビール」 のブランドです。発売当初は檀れいさんを起用した CM で、家で料理を用意して夫の帰りを待つ妻と、家庭の食卓で味わう幸せを描いていました。
その後、CM の出演者や家での過ごし方の描写を更新し、缶のデザインにも手を入れます。2022 年にはロゴを横書きから縦書きへ変更し、2024 年末には余白を生かした左右非対称のデザインを採用しました。
金麦のパッケージの変遷 (出典: 日経クロストレンド)
さらに、麦芽比率を引き上げてビール製法に変更した金麦を、2026 年 10 月 6 日に発売。広告や見た目に続いて、新ジャンルという商品カテゴリーにも変更が及んでいます。
「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 という軸は変えない
一連の変更をつなぐのは、「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 でありたいという立ち位置です。金麦は発売当初から、家庭の食事に合う味わいや、家で過ごす時間の幸せを大切にしてきました。
家族と食卓を囲む日も、一人でゆっくり晩酌する日も、自然に手に取ってもらえる商品を目指しています。飲む人や過ごし方が違っても、家時間に寄り添う役割は共通していると捉えられます。
大胆なパッケージ変更に対して、購入者からは 「以前からこのデザインだったような気がする」 という反応が多かったそうです。
缶の文字の向きや配置が変わっても、新しいデザインを金麦らしいと受け止めた人がいたわけです。従来の金麦に抱いていた印象と、新しいデザインがつながっていたことをうかがわせます。
変えない軸を守るために、表現を更新し続ける
暮らしが変われば、同じ表現でも受け取られ方が変わる
発売当初の 「夫の帰りを待つ妻」 という CM は、金麦が提案する家時間の幸せを印象づけました。しかし、共働きや一人での晩酌が広がると、自分の暮らしを重ねられる場面も変わっていきます。
たとえば、仕事から帰って自分のために食事を用意する人にとって、妻が夫を待つ光景は日常とは離れているかもしれません。そうした人にも家飲みの楽しさはあり、くつろぐ時間に合うお酒を選ぶ理由があります。
ここで注目したいのは、企業が同じ表現を続けても、生活者にとっての意味は変わり得るという点です。かつて自分の暮らしに合うと感じた CM が、年月とともに、遠い家庭の話として受け取られる可能性もあります。
「毎日の家飲みにふさわしい」 という役割を続けるには、いまの暮らしのどんな場面なら自分のこととして感じてもらえるかを確かめる必要があります。過去に成功した表現も、見直す対象に含まれます。
幸せの描き方も、商品の佇まいも更新する
金麦は 2019 年に木村拓哉さんを新たに起用し、料理を家族に振る舞う姿を描きました。続いて、2020 年には石原さとみさんを起用し、贅沢麦芽など、素材へのこだわりも伝えています。
発売 15 周年を迎えた 2022 年には、「小確幸 (しょうかっこう) 」 という考え方を使って、家時間の幸せを捉え直しました。小確幸とは、小さいけれど確かな幸せという意味です。
CM には柳楽優弥 (やぎら ゆうや) さんと黒木華 (くろき はる) さんを起用し、それぞれが家で一人の晩酌を楽しむ姿を描きました。家族で過ごす食卓に加え、自分のペースで飲む時間にも、金麦と過ごす幸せを広げたわけです。
パッケージも、家で過ごす時間に合う印象へと変えました。2022 年に採用した縦書きのロゴと素材・製法の表記には、丁寧につくられたおいしさを表現する狙いがありました。
2024 年末の変更では、左右非対称の配置と余白を生かしました。目指したイメージは、家でくつろぐときに着たい 「仕立てのいいパジャマ」 です。
出典: サントリー
仕事を終えて、家で肩の力を抜く時間に合う缶を目指したと理解すると、余白の意味もわかります。情報が詰まった印象をやわらげ、食卓に置いたときにも落ち着いて感じられる見た目を追求したのです。
CM の情景も、手に取る缶の印象も、「家でくつろぐ時間」 に合わせて更新されています。誰が登場するか、文字をどう配置するかという個々の変更を、金麦が日常の中で果たしたい役割から判断していたと読めます。
「毎日の家飲みにふさわしいか」 を純粋想起で評価する
では、表現を変えたあとも、生活者の中で金麦の役割が保たれているかを、どう確認しているのでしょうか?
金麦が最も重視している KPI (重要業績評価指標) は、「毎日家で飲むのに最もふさわしいビール類は何か?」 への純粋想起率です。サントリーは 2 週間ごとに調査しています。
純粋想起は、ブランド名の選択肢やパッケージ画像を示さずに、思い浮かぶ銘柄を自由に答えてもらう方法です。金麦の場合は、家で日常的に飲む場面を示したとき、金麦の名前が挙がる割合を追っています。質問には、毎日という頻度、家という場所、飲むという行動、ふさわしいという評価が含まれています。
担当者は、調査を重ねて得られる中長期の波形に注目し、ブランドの健康診断として活用しているそうです。
購入本数に応じて食器などがもらえる販促を行うと、売上への反応は早い一方で、くつろぎや家時間の幸せといったイメージが薄れ、純粋想起のスコアが一時的に下がるケースもあるといいます。そこで、金麦が家飲みにふさわしいと感じてもらう広告も組み合わせています。
缶を大きく変えても金麦らしさが伝わる一方で、売上につながる販促では、育てたいイメージが弱まる場合もあります。施策を評価する際には、売上とともに、生活者が金麦をどんな場面で思い浮かべるようになったかも確かめたいところです。
変えない軸は、お客さんからの信頼をつくるもの
過去に成功した表現も、役割に合わせて変えられる
金麦の歩みをたどると、「何を変えないか」 を決める際には、生活者のどんな時間に、どんな役割を果たす商品なのかまで具体化したいと感じます。「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 という軸なら、CM に描かれた場面が今の暮らしに合っているか、缶の印象が家でくつろぐ時間に合うかを検討できます。
自社のブランドを刷新するときも、金麦にならって、次の問いを順に確認するいいです。
- 顧客のどんな場面で、自社の商品を選んでほしいのか?
- 今の広告やデザインは、その場面で選びたくなる理由を表しているか?
- 変更後も、顧客はその場面で自社の商品を思い浮かべるか?
金麦の場合、「夫を待つ妻」 という表現を変えても、家飲みの幸せを描くことは続けられました。むしろ、一人で飲む姿も描くほうが、今の生活者の多様な過ごし方に合うと判断したのでしょう。
過去の表現が担っていた役割まで掘り下げれば、変えないものと変えるものの境界を検討できます。軸を具体的にするほど、変更案も顧客の暮らしに照らして話し合いやすくなります。
「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 のために、商品カテゴリーも変える
2026 年 10 月にはビール類の酒税の税率が一本化され、発泡酒や新ジャンルは増税になりました。サントリーは、手ごろな価格で満足できるお酒を楽しみたいという声に応えるため、金麦の麦芽比率を高め、ビール製法へ変更すると説明しています。
ビールになっても、日常的に選びやすい価格帯は重視しています。出荷価格には酒税改正による増税分を反映し、新ジャンルの価格帯を維持する方針です。
日々の晩酌で選んでもらうには、飲んだときの満足感と、普段から買いやすい価格の両方が関わります。金麦は、商品カテゴリーを変える際にも、その関係を保とうとしていると捉えられます。
「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 と信頼され続けるために、金麦は CM やパッケージを変え、いまや商品カテゴリーも変えたのです。
まとめ
- 変えない軸は、生活者にとって果たす役割を保つこと。金麦では 「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 がその軸にあたる
- 生活者の暮らしが変われば、同じ役割を果たし続けるための表現も変わる。金麦は家族像、幸せの描き方、パッケージを時代に合わせて更新してきた
- 変えない軸が生活者の中でも保たれているかを、「毎日家で飲むのに最もふさわしいビール類」 という純粋想起で継続的に確かめている
- 「毎日の家飲みに最もふさわしい一本」 であり続けるために、金麦は CM もパッケージも商品カテゴリーも変えた

