#マーケティング #マーケットイン #プロダクトアウト
コンビニやスーパーの缶チューハイ売り場には、レモンサワー、ストロング系、無糖、果汁フレーバーなど、多くの商品が並んでいます。
では、「無炭酸で果汁フレーバー」 のチューハイはどうでしょう。すぐに商品名が浮かぶ人は少ないはずです。
この空白地帯を切り開いたのが、宝酒造が 2026 年 4 月に発売した 「するり」 です。
するりは、若者の飲み方の変化を捉え、缶チューハイでは当たり前だった炭酸を外し、無炭酸ならではの技術的な課題を乗り越えて生まれました。今回は、その開発ストーリーから、マーケットインとプロダクトアウトを組み合わせる方法を見ていきます。
宝酒造 「するり」
出典: 宝酒造
まず、宝酒造の 「するり」 がどんな商品なのかを整理していきましょう。
宝酒造が 2026 年 4 月に発売した 「タカラ無炭酸チューハイ するり」 は、無炭酸と果汁フレーバーを組み合わせた缶チューハイです。
シャインマスカットと白桃の 2 種類があり、アルコール度数は 5%、容量は 350 ml。価格は各 193 円 (税込み) で、全国のコンビニで先行発売しました。
缶チューハイ市場では、無炭酸ならお茶割り、果汁フレーバーなら炭酸入りが一般的でした。するりは、この 2 つを組み合わせ、これまで商品棚にほとんどなかった選択肢をつくりました。
実際に飲むと、甘さ控えめのジュースのような味わいに、あとからアルコールが追いかけてきます。食品添加物としての甘味料を使わず、白桃やシャインマスカットのペーストやピューレで果実のみずみずしさを引き出し、商品名のとおり "するり" と飲める仕上がりです。
マーケティングの観点で興味深いのは、若者の飲み方の変化を捉えたマーケットインと、無炭酸の商品を形にしたプロダクトアウトの力が、ひとつの開発プロセスでかみ合った点です。新しいカテゴリーをつくる商品開発になりました。
マーケットインの視点
では、するりがどのようにお客さんを捉えたのかを見ていきましょう。
若者に広がる 「お茶割り」 需要
開発のきっかけは、若年層を中心にお茶割りの需要が広がっているという発見でした。
宝酒造が 2023 年に行った調査では、お茶割りの飲用量や頻度が 「増えた・やや増えた」 と答えた 20 代は 70% 以上、30 代でも 60% を超えました。インテージ SRI+ のデータでも、2024 年のお茶割りの推計販売規模は前年比 157.4% に伸びています。
宝酒造は、若者の飲み方が変わっていることを数字で確かめ、するりの開発に結びつけました。若者の間で伸びている飲み方に焦点を当てた点が重要です。
「無炭酸飲料 = コミュニケーションツール」 という洞察
宝酒造は、数字だけでなく、お茶割りがどこで、どのように飲まれているかも調べました。
都内や関西のライブハウスと周辺のコンビニでは、お茶割りが局地的に売れていました。その背景を追うと、若者がお茶割りを選ぶ理由は味だけではないことが見えてきました。
酔いすぎずに場のノリに溶け込みたい。炭酸が抜ける心配をせず、長時間楽しみたい。そうした場面で、無炭酸飲料は 「仲間との時間を支えるツール」 として選ばれていました。
飲料そのものだけでなく、飲む場面や過ごし方まで見たことで、新しい需要を捉えられました。
需要と供給のギャップを見抜く
次に、宝酒造は市場にどれだけ選択肢があるのかを確かめました。
缶チューハイ市場で、お茶割りの商品構成比は容量ベースで 2% 程度です。無炭酸商品はお茶割りが中心で、果汁フレーバーの多くには炭酸が入っています。無炭酸と果汁を組み合わせた商品は、売り場にほとんどありませんでした。
無炭酸を求める人が増えている一方で、それに応える商品は少ない。宝酒造はこの需要と供給のギャップから、「ここに市場をつくれる」 という仮説を立てました。商品棚に残っていた空白へ目を向けたのです。
先入観を脇に置いたフレーバー選定
宝酒造が選んだのは、缶チューハイで定番のレモンではなく、白桃とシャインマスカットでした。
消費者調査では、炭酸が苦手な人はレモンの酸味も敬遠しやすく、桃やシャインマスカットのような優しい味を求める傾向が見られました。清涼飲料水で親しまれている味でもあり、若い人が手に取りやすいフレーバーです。
「炭酸が苦手でもレモンサワーなら飲むだろう」 という企業側の思い込みを持ち込まず、実際の声をもとにフレーバーを決めています。商品カテゴリーの定番より、お客さんの感覚を優先した選択です。
ここまでがマーケットインの話です。
プロダクトアウトの力
見つけた市場機会を商品にするには、技術と開発力が必要です。ここからは、するりを支えたプロダクトアウトの側面を見ていきます。
「炭酸が当たり前」 という常識への挑戦
缶チューハイは、炭酸入りが当たり前とされてきた商品です。
宝酒造の看板商品であるタカラ 「焼酎ハイボール」 や、日本初の缶入りチューハイとして知られる 「タカラ can チューハイ」 も、飲みごたえのある炭酸系です。宝酒造には、辛口でお酒らしい商品を支持するコアな顧客がいました。
無炭酸の商品に踏み込むには、自社の成功体験や商品づくりの常識から離れる必要がありました。既存ブランドとは顧客像も異なり、若い女性が手に取りやすい商品を目指します。開発中には、社内から 「お酒らしさに欠けるのでは」 という声も上がったそうです。
飲みやすさと果実感の両立という壁
炭酸をなくすと、技術的な難しさが表面化しました。
開発では、炭酸がないことでアルコールの臭気が強く出て、むせやすくなることが課題になりました。品質を保つための殺菌条件も厳しく、果物の繊細な風味が失われやすくなります。白桃とシャインマスカットは、特に風味が繊細です。
飲みやすくするためにアルコール感を弱めすぎると、お酒としての満足感が薄れます。アルコールの香りを抑えながら、殺菌後も果実の風味と飲みごたえを残す必要がありました。
顧客に近い感覚が、技術の突破口になる
突破口になったのは、20 代の女性社員による 「フルーツティーのお酒はどうか」 という提案でした。
フルーツティーベースの試作品を飲むと、驚くほど飲みやすいことがわかりました。そこで、果汁をベースに緑茶エキスを加える方向で開発が進みます。
普段からフルーツティーに親しむ世代が開発に加わっていたことで、お客さんの感覚に近い発想が生まれ、技術的な突破口につながりました。
緑茶エキスが突破口になる
開発の末にたどり着いたのが、果汁ベースに緑茶エキスを加える製法です。緑茶エキスが味わいに奥行きを加え、後味をすっきり整えます。
宝酒造が長年培ってきた果実加工技術に新しい発想を加えたことで、飲みやすさと果実感を両立し、するりを商品として形にできました。顧客ニーズを起点にしながら、自社の技術を生かした開発です。
顧客理解と実装力が同じ方向を向いたとき、空白は埋まる
するりの開発では、マーケットインとプロダクトアウトを同じプロセスのなかで行き来させました。
需要と技術が、ひとつのプロセスで行き来する
若者のお茶割り需要を見つけたことが、無炭酸と果汁を組み合わせる動機になりました。さらに、若者に親しまれているフルーツティーから、技術的な突破口となる緑茶エキスの発想が生まれています。
顧客理解から商品案をつくり、開発中に得た気づきを再び顧客価値へつなげる。需要と技術を行き来したことで、若者が選ぶ理由を備えた商品になりました。
無炭酸の飲みやすさと果汁の親しみやすさを結びつけたことで、お茶割り以外の選択肢を求める人にも届く商品が生まれたのです。
両輪をつないだ、顧客に近いチームと経営課題
するりは、20 代の女性社員を中心に開発されました。周りの 20〜30 代の友人にも自社商品を飲んでほしいという思いが、開発の原動力になったそうです。想定するお客さんに近い人たちが、需要の発見から商品の開発まで関わりました。
経営課題ともつながっていました。宝酒造のチューハイ購入者に占める 20 代女性は 5.5% で、主な購入層は 40〜50 代です。若年層の開拓は、国内市場を伸ばすうえで重要な課題でした。
「ありそうでなかった市場をつくる」 という挑戦が、「若年層に届く商品を持つ」 という経営課題と重なり、難しい開発を前に進める力になりました。
まとめ
宝酒造の無炭酸で果汁フレーバーの缶チューハイ 「するり」 から、マーケットインとプロダクトアウトを組み合わせる方法を見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- マーケットイン (顧客起点でのアプローチ) によって、注力顧客の理解への解像度を上げる
- 顧客理解から顧客ニーズを叶える商品をつくるためには、プロダクトアウト (技術と実装力) によって実現のハードルを超えていく
- マーケットインとプロダクトアウトの両者をつなぐのは、注力顧客を理解しているチームと、顧客理解にもとづく企画・技術、そして事業や経営の課題との接続にある
