#マーケティング #お客さんの困りごと #価値共創
商品開発やリニューアルのためには、売上データの分析や市場動向の調査は欠かせません。でも、それで本当に十分でしょうか?
実際に商品を使うお客さんの 「困りごと」 にこそ、次のヒットのヒントが隠れていることがあります。
この文脈でご紹介したいのは、味の素冷凍食品のギョーザの改良事例です。
フライパンにギョーザが張り付き焦げてしまうという困りごとに真摯に向き合い、全国のお客さんと一緒に解決策を探る――。その姿勢がかつてないほどの展開を生み、ブランドとして価値向上にもつながりました。
この事例から、マーケティングにおける 「お客さんとの向き合い方」 について、ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
お客さまの困りごとに向き合う
新商品を企画する際、あるいは既存商品のリニューアルを検討する際、多くの企業が取り組むのは、売上のデータ分析や市場動向の把握でしょう。しかし、それだけでは大切なポイントを見落としてしまう可能性があります。
ご紹介したい味の素冷凍食品の 「ギョーザの改良事例」 からわかるのは、お客さんの困りごとに真摯に向き合う姿勢の重要性です。商品改善のみならず、ブランド全体の価値向上にも貢献します。
企業としてはどんな商品を売りたいかという視点を優先しがちですが、実際に使う人がどんな不便を感じているのか、そこにこそ新たな発見と顧客価値が潜んでいます。
味の素冷凍食品のギョーザ改良
では、味の素冷凍食品の実際の事例について見ていきましょう。
X での 「うまく焼けない」 という投稿
味の素冷凍食品の冷凍ギョーザは、油も水も不要で簡単に羽根つきギョーザが作れるというコンセプトで、長年にわたって多くの消費者に支持されてきました。
ところがある日、X (当時は Twitter) 上にフライパンにギョーザが張り付いてしまい、うまく焼けないという投稿が寄せられました。もし味の素冷凍食品がこの投稿を見逃していたら、宣伝や商品に書かれているような 「油も水も不要で簡単に羽根つきギョーザが作れる」 とは違い、消費者からのネガティブな情報が一人歩きして、広く拡散していったかもしれません。
このタイミングで味の素冷凍食品の広報部門が見せたのは、決して大げさではなく "即日" に近いスピードでの対応でした。
味の素冷凍食品のような大企業であれば、通常は責任者の承認や関係部署とのすり合わせが必要で、こうしたすみやかな動きは難しいはずです。しかし、味の素冷凍食品では広報が一定の裁量を持ち、製品開発と緊密に連携していたため、早急なアクションを取ることができました。
想定を超えた反応に
広報担当者は、Twitter ですぐに 「研究開発に活用したいので、フライパンを着払いで送ってほしい」 と返信しました。ですが、実際に投稿者からフライパンは届かず、数週間が経過する間に多くのユーザーが反応する中、そのまま放置はできないと味の素冷凍食品は判断しました。
製品開発担当者の 「やっぱり実際のフライパンを見たい」 という声を受けた広報は、SNS であらためて 「張り付くフライパン、送ってください (着払い OK, 返却不可, 代わりにギョーザ詰め合わせを進呈) 」 と広く呼び掛けたのです。
わずか3日間で、全国47都道府県から合計3520個のフライパンが届く想定外の事態に発展しました。なかには、送り主から 「使い続けてきたフライパンとの思い出」 や 「応援のメッセージ」 を同封したものもあり、それが社員のやる気に火をつけました。
ちなみに、こちらの番組の動画も参考になるので付けておきます。
一大イベントになった共創
味の素冷凍食品は消費者から届いたフライパンを使い、ギョーザの調理 (焼き) とフライパンの洗浄を繰り返す実証実験を行いました。
3D スキャナーで形状やゆがみを計測し、顕微鏡で表面の状態を詳細に確認するなど、ギョーザがフライパンでうまく焼けない原因の解明と、商品改良につなげる大規模プロジェクトに発展していきます。
2023年10月には、新聞広告に社長の感謝メッセージを掲載。同時にプロジェクト特設サイト 「冷凍餃子フライパンチャレンジ」 を開設しました。実験結果の公開と経過報告を行いながら、さらに note で担当者の想いなども伝え続け、消費者との共創を強化していったのです。
味の素冷凍食品の取り組みは社外にも波及しました。日用品メーカーのライオンとともに、汚れや張り付きの原因を探る共同研究に取り組んだり、フライパンメーカーの和平フレイズやサーモスからも情報提供や協力を受けました。自社単独でなく、他社と連携しながら原因追究や解決策を模索する動きが生まれました。
味の素冷凍食品が行ったように、お客さんの不満を、それがたとえ小さいものだと思われてもいかに早くキャッチし、現場へ共有し、対策への行動をとれるかは、ブランドのイメージを守るうえで大切なことです。
学べること
では、味の素冷凍食品の事例から、私たちが学べることを掘り下げていきます。
お客さんの困りごとに注目する
味の素冷凍食品は、ギョーザを永久改良し続けるという方針を掲げ、今回のフライパン張り付き問題もその一環として真摯に向き合いました。
その結果、冷凍ギョーザの改良版が発売されると新規顧客が増加し、ブランドの認知度やイメージもプラスに働きました。企業が大切にすべきお客さんの声を見逃さず、むしろ積極的に受け止めたからこそ生まれた成果です。
困りごとは商品だけでなく周辺要素にも潜む
今回の事例では、フライパンが張り付いてしまう原因は、ギョーザという商品そのものだけにあるとは限りませんでした。
味の素冷凍食品はフライパンメーカーや洗剤メーカーと連携し、フライパンの材質・コーティング状態・表面温度・洗剤の特性など多角的な視点から分析を行いました。それにより、特定のコーティング素材だと、温度が高くなりすぎるとギョーザの皮がくっつきやすく、洗剤の使い方次第ではフライパン表面に残る汚れが違うので、ギョーザの張り付きに影響が出るといったことがわかりました。
こうした気づきは、味の素冷凍食品が一社だけで検証したのでは、見落としていたかもしれません。商品だけではなく、周辺要素まで含めて解決すべき問題と課題を洗い出すことによって、より広い視野に立った原因究明と改善策が見えてきます。
お客さんの困りごとは商品単体の要因にとどまらず、実際に使われる環境や状況の全体像を考慮することが大事です。
不都合な真実に目を背けない
企業にとって、自社商品に寄せられる不満やクレームの声は、「不都合な真実」 を突きつけられる瞬間でもあります。
ここで大事なのは、正面から向き合うことです。味の素冷凍食品は、実際に張り付きが起きたフライパンを着払いで送ってもらうよう呼びかけ、全国の消費者から予想をはるかに上回る数のフライパンが届けられました。
味の素冷凍食品としては油の量が適切でなかったのではないか、あるいはフライパンに傷がついていたのではといった言い訳をすることもできたことでしょう。しかし、張り付くフライパンが家庭には普通に存在するということ、そしてそうしたフライパンを使って焼くと自社商品のギョーザは焦げてしまうこともあるという事実を認め、なぜ起きてしまうのかを丁寧に検証する姿勢を貫いたのです。
不都合な真実に向き合うことは、精神的にも物理的にもきついことです。しかし、だからこそ長い目で見ればユーザーの信頼を高め、商品をさらに進化させる貴重な機会にもなるのです。
生活者を巻き込む共創の姿勢
消費者からの声に向き合う姿勢は、お客さんと一緒に商品を育てるという共創のカルチャーを育みます。お客さんは自分たちの要望をきっかけに商品が良くなっていくと感じれば、企業やブランドへの親近感や愛着を一層強く持つようになるでしょう。
技術的にいかに優れた製品でも、お客さんの生活や顧客文脈にフィットしなければ選ばれることはありません。商品改良に顧客を巻き込むように、いわば開発パートナーとして共創することは、売り手と買い手の双方にメリットをもたらす理想的な形なのです。
改良プロセスを公開することでの透明性がもたらす信頼
味の素冷凍食品のプロジェクトでは、新聞広告や特設サイト、SNS などを使って、「なぜ張り付きが起こるのか」 、「実験ではどのような結果が出たのか」 、「どんな改良を重ねているのか」 といった情報を積極的に発信しました。
企業の内側で起きていることを外部に見せるのは、場合によっては企業の弱みやノウハウを公開してしまう可能性を伴います。しかし、透明性を示すことで高まる信頼は、リスクをとったからこそ得られるものです。
企業の中の人の声や開発現場の試行錯誤を共有することで、人間味が生まれ、売り手と買い手との心理的な距離が縮まります。消費者は、企業が宣伝文句で済ませるのではなく、失敗や課題も含めて真摯に共有していると感じると、ブランドとして愛着を高め信頼するようになります。
まとめ
今回は、味の素冷凍食品のギョーザの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- お客さんの困りごとに注目する。困りごとは新しい価値創造のきっかけにできる
- 困りごとは商品だけでなく周辺要素にも潜む。問題の原因は商品だけでなく使用環境にもあり、周辺要素も含めた広い視野で課題を洗い出す
- 不都合な真実から目を背けない。問題を正面から受け止め、丁寧に解決することで長期的な信頼につなげる
- 生活者を巻き込む共創の姿勢。顧客の参加を促し、お客さんを開発パートナーとして共に取り組み、製品改良と顧客ロイヤルティの向上を目指す
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