#マーケティング #支援マーケティング #カスタマーサクセス
今回は、静岡県藤枝市が藤枝駅のタクシー乗り場で行ったユニークな取り組みをご紹介します。
この事例からは、タクシー会社と乗客のそれぞれにおいて、「お客さんの成功を叶えることで自らの成功につなげる」 というカスタマーサクセスの重要性を学べます。
藤枝市がどのように支援の視点で街の活性化を目指したのか、ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
藤枝市がタクシー会社に駅前映像を配信
静岡県藤枝市が、JR 藤枝駅前のタクシーの待ち時間解消に向けた取り組みを始めました。
JR 藤枝駅の北口タクシー乗り場周辺にカメラを設置し、リアルタイムの映像を市内タクシー会社4社に配信します。顔はぼかすなどのプライバシーに配慮しつつ、カメラ映像から駅で待つ乗客がいるタイミングに合わせて、タクシー会社がスムーズに配車できるようにする仕組みです。
市内にホームスタジアムがあるプロサッカーチームの藤枝 MYFC の試合日など、イベント時にタクシーが足らなくなることが多いようです。そこで官民が連携してタクシーの円滑な配車を促し、藤枝市の交流人口の拡大につなげる狙いです。
背景
導入の背景は大きく3つです。
1つ目は、サッカー観戦客などイベント時の需要増への対応です。
藤枝市はサッカー J2 リーグのクラブ、藤枝 MYFC の本拠地であり、天皇杯など J1 チームとの大きな試合があると県外からも多くの観戦客が訪れます。サッカー以外にも蓮華寺池 (れんげじいけ) 公園での 「藤まつり」 やその他イベント時にも観光客が増える場合があるため、一時的にタクシー需要が急上昇するという状況でした。
2つ目の背景は、待ち時間による機会損失を減らしたいことです。
駅に降り立った乗客がすぐにタクシーに乗れないということは、乗客側からするとタクシーに乗る順番を待っている間は拘束時間となり、時間ロスが発生します。一方のタクシー会社にしても、乗りたいお客さんがいるのに車両を送り込めないという状況は売上機会を逃してしまいます。
需要が読めないので、かといって多めに常時タクシーを待機させるのは非効率です。このジレンマを藤枝市は問題視し、解決すべき問題と捉えました。
3つ目の背景要因は、官民の連携です。行政が場を提供し、民間企業が運用するという構図をつくることです。
駅前にカメラを取り付けたのは藤枝市観光案内所です。駅前という公共の施設にタクシー会社が自社でカメラを設置するにはさまざまな許可が必要です。しかし自治体主導であればスムーズに設置ができ、映像のぼかし処理などのプライバシー保護にも配慮しやすくなります。
映像の通信費はタクシー会社が負担し、初期費用と運営費は藤枝市が持つことで、コストを官民でシェアする仕組みを整えました。
導入の効果
カメラを設置することでの1つ目の成果は、乗客の待ち時間短縮です。
イベント時など混雑が予想されるときに、現場のタクシー待ち行列をモニター画面で捉え、タクシー会社は駅で今お客さんが並んでいることを把握できます。すぐに空いているタクシーに駅に向かってもらうことが可能になり、行列を放置せずに済むようになります。
機動的な配車で、タクシー会社の売上増にもつながります。待っている人が増えそうであればタクシーを駅前に手配する、一方で行列が途切れたら多くの台数を待機しなくてもいいため、タクシー会社は効率的に車両を運用できます。人手不足やコスト増が顕在化するタクシー業界にとって、無駄を省きながら乗客を取りこぼさないのはメリットです。
他の成果として観光振興への貢献もあります。
行政が狙う課題は、観光の振興、交流人口の拡大です。サッカーの観戦客だけでなく、蓮華寺池公園などの観光地へ向かう人々にも駅からスムーズに移動してもらえれば、藤枝市全体の利便性が高まり、地域への訪問者や観光客のリピーターを増やし、藤枝市の活性化につながります。
支援マーケティング
藤枝市の事例をマーケティングの観点で捉えると、支援者 (官) と実行者 (民) が協力して生活者 (タクシーの乗客) に価値をもたらしているという構造です。
ここで注目したいのが 「支援マーケティング」 という考え方です。
支援マーケティングとは、直接エンドユーザーに商品・サービスを提供するのではなく、エンドユーザーへ価値を届ける実行者を支援することによって、自らの成果や価値も高めていくというアプローチです。いわば裏方としての価値提供の縁の下の力持ち役に徹するやり方をとります。
例えばメーカーと販売代理店の関係でも、代理店がメーカーの広告戦略や施策をサポートしたり、販売促進ツールを提供したりします。メーカーの売上が伸びれば結果的に代理店の収益につながるので、これも支援マーケティングのひとつです。
今回の藤枝市の事例では、タクシー会社が実行者となり、藤枝市は駅前の映像や設置場所の確保という支援者という関係での支援マーケティングです。
タクシー会社が利用客の取りこぼしを減らし、業績を上げることにより、街の観光振興や移動利便性の向上を狙うというものです。
カスタマーサクセスの実現
支援マーケティングの考え方は 「カスタマーサクセス」 に通じます。
カスタマーサクセスとは
ここ数年、主に BtoB 領域でとくにソフトウェア業界の SaaS で注目されているのがカスタマーサクセスという考え方です。
カスタマーサクセスとは、お客さんが製品やサービスを最大限に活用し、望む成果を得られるように事業者が継続的にサポートする手法です。カスタマーサクセスという文字通りに 「お客さんの成功」 を第一に優先し、お客さんが成功を収めるための積極的な支援を重視します。
具体的には、例えばクラウドツールを提供する SaaS 企業が、サービス契約後に顧客企業の担当者にツールの使い方のトレーニング実施、成功事例の共有、サポートを丁寧に行い、サービスユーザーが使いこなせるようにフォローするというふうにです。
カスタマーサクセスを心がけることで、導入後のすぐに使われないというケースや解約を防ぎ、顧客満足度と継続率を高めます。
タクシー会社と乗客の成功
カスタマーサクセスの概念を今回の藤枝市の事例に当てはめると、藤枝市が 「タクシー会社の成功」 を支援しているという構造です。
タクシー会社は、駅前のタクシー乗り場の映像によってリアルタイムに状況を把握でき、効率的な配車によって乗客を待たすことなく乗車機会を増やせ、売上を増加させることができます。藤枝市はカメラ設置や現場映像の送信、一部コスト負担によって、タクシー会社が成果を出せるように支援しているわけです。
さらに、タクシー会社の先には 「乗客 (生活者) の成功」 もあります。乗客にとっては、駅に着いてすぐタクシーに乗れることはうれしいことです。藤枝市での移動をストレスなくスムーズに行えるという移動体験を得られます。
タクシー会社と生活者において、それぞれの成功が連鎖して最終的に藤枝市が望む地域活性化につながるのです。
顧客の成功が自分たちの成功につながる
カスタマーサクセスと支援マーケティングに共通する姿勢は、お客さんの成功が、めぐりめぐって自分たちの成功につながるという考え方です。
売り手にとって、何かしら商品が売れたという瞬間は、確かに成功と言えるかもしれません。
しかし、お客さんの立場になると、お客さんが買った商品をうまく使いこなせない、あるいはアフターサポートが不十分で不満が積もれば、そのお客さんとは長期的な関係を築くことが難しく、商品や企業自体への印象も悪くなります。一方で、お客さんが成功するための情報や手段を共有し続ける姿勢をとれば、お客さんはリピーターやときにはファンのような応援してくれる存在になってくれます。
藤枝市の事例も同様です。タクシー会社とタクシーの乗客をそれぞれ 「顧客」 と見れば、顧客が藤枝市で快適な移動ができ、それによってタクシー事業会社にも成果が上がれば、藤枝市が狙う観光振興や地域の活性化も実現していくことになります。
藤枝市はカメラ設置というコストや手間をかけてでも 「タクシー会社が成功する環境」 と 「藤枝市の市民や訪問者・観光客が成功する環境」 の両方を整えようとしているわけです。
タクシー会社が稼働率を高め、タクシーでの移動体験の満足度が上がれば、波及効果として藤枝市のイメージも向上するでしょう。顧客 (生活者とタクシー会社) の成功によって、支援者である藤枝市の成功をもたらすというカスタマーサクセスの構造になっています。
支援マーケティングの意義
「支援マーケティング」 は、こうした相互依存のビジネスモデルにおいて力を発揮します。
想定する注力顧客の困りごとや課題を見極め、解決すべき問題に対処する課題を実行する仕組みをつくることによって、自分たちの事業やミッションも同時に達成できます。
自社の利益だけでなく、まず相手である注力顧客が望む成果を出せるように支援することによって、自身も恩恵を得るというカスタマーサクセスが実現します。
まとめ
今回は、静岡・藤枝市がタクシー会社に駅前のタクシー乗り場の映像を共有するという事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 静岡県藤枝市は JR 藤枝駅北口タクシー乗り場にカメラを設置し、映像をタクシー会社に配信している
- 目的はタクシーの待ち時間の解消と交流人口の拡大。サッカー観戦客やイベント時の需要増への対応、待ち時間による機会損失の解消、行政と民間の連携による効率的な運営を目指す
- カスタマーサクセスを実現する取り組み。お客さんの成功をまずは叶え、めぐりめぐって自分たちの成功につなげるという考え方
- 藤枝市はタクシー会社と乗客を 「顧客」 と見立て、藤枝市がタクシー会社をサポートする 「支援マーケティング」 を展開している
- タクシー会社の成功 (収益向上) と乗客の成功 (スムーズな移動体験) をもたらし、お客さんの成功を実現することで藤枝市は観光振興や地域活性化を目指す
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