#マーケティング #ブランド拡張 #新規事業
新しいことを始めるとき、ゼロからつくり上げようとしていないでしょうか?
すでに持っているブランドの信頼や顧客基盤を捨てて、まったく別物として展開してしまう。これでは、長年培ってきた資産を無駄にしているようなものです。
では、既存のブランド力を最大限に活用しながら、新たな市場を開拓するにはどうすればよいのでしょうか?
老舗書店の丸善が始めた専門書検索サービス 「丸善リサーチ」 は、ブランド拡張の事例です。事例から、ブランド拡張の本質と成功の秘訣を探っていきましょう。
丸善リサーチ
丸善リサーチは、税務・会計関連の専門書籍を Web 上で検索・閲覧できる月額3,850円の読み放題サービスです。
丸善リサーチの有料会員登録者は、丸善リサーチに収録された書籍や雑誌をすべて閲覧することができます。
丸善 CHI ホールディングスと Legal Technology が共同運営しています。
両社の役割分担は、Legal Technology がリーガルライブラリーのシステム基盤をベースに開発・運用します。そして、税務・会計やビジネスといった専門書籍に強みを持つ書店を傘下に抱える丸善 CHI HD が、出版社との許諾交渉や店頭における書籍販売との連動企画などを担当します。
収益は丸善、Legal Technology 、出版社の三社でレベニューシェアする仕組みです。
丸善リサーチが生まれた背景には、丸善が抱えていた課題感がありました。
良質な専門書や学術書が多くあるにもかかわらず、分野全体の売れ行きが伸び悩んでいるという現実です。そこで、税務や会計の専門性の高い書籍をデジタル化し、オンラインでリサーチできるサービスを提供することによって、専門書の価値を再発見してもらい、市場を活性化させようと考えたのです。
では、丸善リサーチの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
ブランド拡張
この事例は 「ブランド拡張」 と見ると、マーケティングへの学びが得られます。
ブランド拡張とは
ブランド拡張とは、既存のブランド資産、具体的には知名度や信用を新しいカテゴリーでの商品やサービスに適用するアプローチのことです。
すでにお客さんが知っていて信用しているので、そのブランドから新しいカテゴリーやジャンルの新商品が出たら、期待値が自然と高まり買ってもらえることを期待するわけです。
丸善リサーチに見るブランド拡張
丸善リサーチは、丸善 CHI ホールディングスの強みである 「専門書の品揃え」 「信頼ある書店ブランド」 を、従来の実店舗販売からデジタル読み放題サービスへ広げた事例です。
これまでに培ってきた既存の 「丸善は専門書が充実している」 「安心して情報が得られる」 というブランドイメージを活用しました。
ブランド拡張の成果として、新しい顧客接点 (Web 検索・オンライン閲覧) を通じて、利用者層を拡大し、繰り返し利用の機会を創出しました。
書店ブランドの延長線上に留まらず、出版社の商品開発や流通改革にまで影響を及ぼす、ブランドの新たな価値創造を実現しているのです。
ブランド拡張のプロセス
丸善がどのようにブランド拡張を進めたのか、3つのステップで見ていきましょう。
既存ブランド資産の明確化
丸善には老舗書店として長年の実績があり、公認会計士や税理士など専門家からの信頼感がありました。
また、多くの出版社との関係性と、自社店舗網を活かした販促・認知チャネルも保持していました。
これらの資産をオンラインサービスに適用することで、利用者は丸善の新しいウェブサービス開始時から期待と安心感を抱くことができたことでしょう。「丸善がやるなら信頼できる」 という心理が働いたわけです。
新しいカテゴリーへの横展開
丸善リサーチは月額制・読み放題モデルを導入し、会員は税務・会計関連書籍をウェブ上で自由に検索・閲覧できるようにしました。
月額 3,850 円という価格設定は、専門家の学習投資と比較して妥当性が高く、高すぎず安すぎない価格感で、ブランドイメージを損なわないよう配慮されています。
利用者は 「丸善のクオリティがオンラインでも享受できる」 と思えることでしょう。丸善が店舗事業で培った専門書への知見が、デジタルサービスでも活かされていると感じられるユーザー体験になっています。
信用の延長と拡大
丸善リサーチの開発では、元企業税務担当を取締役に据え、書籍選定から出版社交渉まで実務視点で進めたとのことです。
丸善リサーチでは、出版社にもメリットを明示するレベニューシェア方式を採用し、デジタル化への協力を促進しました。
紙とデジタルの両面で販売支援し、従来の紙売上を脅かさない体制を構築し、出版社や専門家にも 「丸善リサーチは安心して協業できる丸善ブランドの拡張」 と捉えられる仕組みづくりに成功したのです。
ブランド拡張の効果
丸善リサーチのブランド拡張は、予想を上回る成果を生み出しています。
利用者基盤の拡大
丸善リサーチは、先行していた弁護士向けサービスを上回るペースで有料会員を獲得しました。
ターゲットであった公認会計士や税理士だけでなく、企業の経理担当者へも利用が波及し、市場シェアを広げています。
出版社との関係強化
利用データの活用が新たな価値を生み出しています。
どのページが読まれたか、どんな検索キーワードが使われたかといったデータを出版社にフィードバックすることによって、出版企画段階から想定読者ニーズを捉えた書籍を共同で開発できるようになったのです。
今では出版社側から 「こんな企画の書籍を出版しようと思うが売れると思うか」 と相談が寄せられるまでになっています。
流通改革の推進
良書であっても多くの読者から発見されない書籍は多いものです。
丸善リサーチでは、必要とされる専門書だけを掘り起こし、無駄な配本を削減する仕組みが構築されました。これまでなら埋もれてしまっていたであろう書籍の中からニーズにマッチしたものを掘り起こし、適切に届ける新しい流通の形が生まれます。
オンラインと店舗の両チャネルで効率的に収益化し、読者・出版社・丸善の三方良しを実現しているのです。
ブランド拡張の注意点とリスクマネジメント
メリットが得られるブランド拡張ですが、当然ながら注意すべき点もあります。ここでは、そのリスクと丸善がどう対応したかを見ていきましょう。
ブランド拡張の注意点
ブランド拡張を目指した新商品が既存のブランドイメージから逸脱しすぎると、ブランドを毀損するリスクがあります。
例えば、高級メーカーが突如としてあまりに廉価な製品を出した場合です。低価格によって確かに売れますが、それは一時的で、長い目で見れば今まで積み上げてきた高級でラグジュアリーなブランドイメージは崩れてしまうでしょう。
ブランドとは本質的にはお客さんの頭や心の中にある商品やサービスへの価値イメージです。そのイメージが大きく変わると、これまで積み重ねてきたブランド資産を一気に失うことすらあるのです。
ブランド拡張では、カニバリゼーション (自社商品同士の食い合い) にも要注意です。
既存の商品と新商品が同じ顧客層を取り合ってしまうと、ブランド拡張のはずが単なる置き換えになってしまいます。拡張の先に新規層をうまく取り込めるよう戦略的に顧客設定を分けることが大事です。
丸善リサーチの場合
丸善はこれらのリスクをどのように回避したのでしょうか?
顧客セグメントの明確化
丸善リサーチは、最初は税務・会計の専門家にターゲットを絞り込み、そこで成功モデルを確立しました。
次の IT 技術者向けサービスは共同出資で別会社 (テックリブ) を設立するなど、ブランドの枠組みを分けて展開しています。
顧客層ごとに最適なサービスやコミュニケーションを提供でき、「今までの丸善ブランドらしさ」 を薄めることなく、新しい顧客層を取り込むことが可能になります。
既存イメージとの乖離回避
丸善といえば専門知識に強いブランドです。これを一般消費者向けコンテンツへ安易に広げると、専門家層の信頼を損ねる恐れがありました。
だからこそ、IT 書籍や動画コンテンツも専門性の高い領域から順次展開し、ブランドイメージとの一貫性を担保しています。「丸善らしさ」 を保ちながら、新しい分野へと慎重に歩みを進めているのです。
カニバリへの配慮
丸善リサーチが始まると、店舗で紙の書籍が売れなくなるのではないか、という懸念は当然あったはずです。
これに対し、店舗での紙書籍販売と新しいデジタルサービスがお客さんを取り合わないよう、出版社と合意したレベニューシェアや販促連動を設定しました。
デジタル版を提供した書籍は、紙の書籍も丸善の店頭に並べることにしたわけです。
両チャネルは補完関係になるよう設計されています。サービス利用から実店舗で手に取る、実店舗からオンラインで深掘りする、といった相乗効果を生み出します。
まとめ
今回は、丸善リサーチの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ブランド拡張は、既存ブランドの知名度や信用などのブランド資産を、新しいカテゴリーの製品やサービスに適用するアプローチ
- ブランド拡張を成功させるカギは 「ブランドらしさ」 の一貫性。新しいカテゴリーでも既存ブランドの本質的な価値やコアバリューを保ち、お客さんに安心感と期待感を提供する
- 新旧の事業が顧客を奪い合うカニバリを避け、互いを補完し合い相乗効果を生むように事業を設計する。ブランド全体としての価値を最大化できる
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