2010/05/29

あらゆるコンテンツがフラット化する

■まとめ

今回のエントリーのまとめです。

・ マラドーナやペレのプレーを見て、その試合があたかも今やっているものかと思った
・ 「電子書籍の衝撃」で書かれたフラット化をなんとなく実感した
・ Google TVやiPadなどにより、あらゆるコンテンツがフラット化する環境ができつつある



■マラドーナとペレ

先日、NHKのBSで1986年のサッカーW杯のアルゼンチン対イングランド(準々決勝)、1970年のブラジル対イタリア(決勝)の試合を見ました。

前者はマラドーナの「神の手」ゴールと「5人抜きドリブル」でアルゼンチンが、後者はペレの先制ゴールなどでブラジルが勝利した試合です。ちなみに、この放送は「FIFAワールドカップ 記憶に残る名勝負」というNHKの企画で、過去のW杯の中から名勝負をピックアップしハイライトではなくその試合を始めから試合終了までを放送したものです。



■「電子書籍の衝撃」で書かれたフラット化

W杯の記憶に残る名勝負とだけあっておもしろかったです。特にマラドーナの5人抜きはそのシーンだけなら何度も見たことがあったのですが、試合全体の流れの中で見たのは初めてでした。で、見ていてふと思ったのが、過去の試合ではなくあたかも今現在どこかでやっている試合のような気がしたことです。

「電子書籍の衝撃」(佐々木俊尚 ディスカバー)には、以下のような記述がありました。
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1960年代の古いロックからゼロ年代の新しいポップミュージックまでが同じ地平線の上に見えていて、その並び順は「自分が気持ちよいと感じるかどうか」「友人が『この曲凄いよ』と紹介してくれた」といった文脈の中に存在しています。(中略) 
つまりここで起きているのは、(中略) 「いつでも自分の好きな音楽を好きなように聴く」という方向へとアンビエント化が進んでいるということなのです。(p.50-51から引用)
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まさにこれと同じことを、W杯の試合映像でそう思ったのです。



■あらゆるコンテンツでのフラット化

テレビは地デジなどによるデジタルのコンテンツが主流になりました。本や雑誌についても、最近話題の電子書籍というデジタル化が進んでいくのでしょう。(テレビのアナログ放送とは違い、紙の本が今後もなくなることはないと思いますが)

このように、いろんなものでデジタル化が実現されています。主なものを整理すると、下表のようになります。(表1)



「電子書籍の衝撃」の著者である佐々木俊尚氏は、前述の引用部分の状況について、「古い音も新しい音も、フラットに聞こえている」と表現しています。これと同じように、上記の音楽以外のコンテンツでも私たちのまわりにフラットに、すなわち同列に並ぶようなっていくと思います。ちなみに、「古いW杯も新しいW杯も、フラットに見える」と感じたのが、前述のW杯の放送でした。(もちろん、当時の戦い方やルールなどは今とは異なるものもありましたが)

本・雑誌は電子書籍やキンドル・iPadなどの新しい端末の登場により、また音楽はiTunesによりフラットになります。写真についてもデジタル媒体で保存すれば、フォトフレーム等で昔の写真も最近の写真も簡単に同列に並べることができます。テレビ番組も、さらなるオンデマンド化やGoogle TVなどのネットテレビの登場により、昔の良質な番組を見たい時にいつでも見られるようになってほしいです。そういえば、ゲームでは先日Googleのロゴがパックマンになり実際にプレーできる環境が用意されていました。

あらゆるコンテンツがフラット化する環境、見たい時・聞きたい時・遊びたい時に自然と身の回りにあるというアンビエント化。マラドーナやペレの躍動感あるプレー、Google TVのニュース、昨日のiPadの日本での発売状況を見ていると、このような環境がすぐそこまで来ているように思いました。


電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)

2010/05/23

インターネットが死語になる日

■まとめ

今回の記事内容は以下の3点です。

・ これからはあらゆるものがネットと接続する
・ ネット接続が当たり前になると、単に「コンテンツを利用している」という感覚しか持たなくなる
・ そうなると、私たちはネットにつながっている状態を全く意識しなくなるのではないか



■メディア接触時間

1年くらい前に発表されたデータですが、博報堂DYメディアパートナーズが生活者のメディア接触の現状を分析する「メディア定点調査2009」を発表しました(09年6月)。その中に、東京地区でのマス4媒体からインターネットまでを合わせた、1日のメディア接触総時間(1週間平均)の調査結果があります。(図1)





09年の1日のメディア接触時間トータルは323.9分と約5時間半。うちテレビは163.5分とその半分を占めています。PCや携帯は増加しておりますが、まだまだテレビには及びません。(ただし、年代別に見ると20代男性ではPCがテレビよりも多くなっている)

なお、この調査は郵送にて実施されています。対象者は東京都・大阪府・高知県の1919人。うち東京都のサンプルサイズはどれだけかは明記されていませんでしたが、おそらく1000人未満くらいからの調査結果であると思います。



■情報通信は家電で増える

5月13日の夜、ソフトバンクの孫社長とジャーナリストの佐々木俊尚氏が、5時間にわたり「光の道」対談を行ないました。その様子はユーストリームやニコニコ動画から配信され、ネット上では大きな反響を呼びました。この対談では、孫社長が「光の道実現に向けて」という主題でプレゼンをするところから始まりました。

このプレゼン資料の中で、これからの情報通信量は情報家電において増えていくという話がありました。(図2) これは、孫さんが主張する「全世帯に光通信を通す」という「光の道」構想の前提となっているものです。



冒頭でのマス4媒体+PC+携帯における接触時間を取り上げましたが、調査ではこのうちネットに接続しているのはPCと携帯としています。ただ、マス4媒体についてもネットへの接続が実現されつつあります。

・ テレビ: Google TV
・ ラジオ: radiko.jp
・ 新聞: 日経電子版
・ 雑誌: iPad



■インターネットが死語になる日

今後はもっとたくさんのものがネットにつながるはずです。グーグルはアンドロイドOSを無償公開していますが、OSとブラウザを家電などに組み込むことは技術的にはそれほど難しくないのではないかというのが個人的な印象です。例えば、冷蔵庫やキッチン、お風呂やトイレなど、家の中のあらゆるものがネットにつながるようになるのではないでしょうか。

ここまで考えていて、ふと思ったのは、いろんなものがネットに接続されるようになると、もはや私たちはネットにつながっている状態をほとんど意識することなく利用するのでないかということです。

これまではネットを使う場合は、パソコンを起動しネットブラウザを立ち上げるというステップがいりました。しかし、最近iPhoneを使うようになって感じるのは、ネットへの接続が簡単になればなるほど、ネットを使うというよりも、ただ記事を読んだり動画を見たりという「コンテンツ」を利用しているという感覚しか持たなくなるということです。将来、この状態が他のあらゆる家電でも起こるようになると、ますますネットを使うという感覚が薄れるのではないでしょうか。

自分にとって、インターネットはなくてはならないものです。ただ、ネットにつながるという状況が当たり前になればなるほど、その存在自体を意識しなくなります。もしかしたら、「インターネット」という言葉が死語になってしまう日はそう遠くないのかもしれません。


※参考情報

博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2009」
http://www.hakuhodody-media.co.jp/newsrelease/2009/HDYnews090623.pdf

ソフトバンク「光の道実現に向けて」
http://www.softbank.co.jp/ja/irinfo/shared/data/announce/20100513_02.pdf

光の道 テキスト中継ログ
http://www.tarosite.net/blogging/-hikari-road.html

radiko.jp
http://radiko.jp/


2010/05/15

あまり知られていない日経電子版Wプランの問題点

■まとめ

今回の内容を先にまとめておきます。

(1) 朝刊と夕刊のセット部数は減少傾向にある (1999年比で20%減)
(2) 日経Wプラン(宅配+有料電子版)は、夕刊も契約となる (セット版地域のみ)
(3) 強制的に朝刊+夕刊のセット購読となるWプランの仕組みは疑問


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(紙の)新聞には朝刊と夕刊の二種類があります。日本での発行部数はそれぞれどれくらいなのでしょうか?最近は新聞を取っていない人もめずらしくなく、また日本の総世帯数が約5200万ほどということを考えると、5000万部前後程度というところでしょうか。


■新聞発行部数

社団法人「日本新聞協会」によると、2009年の新聞発行部数は次の通りです。
・ 朝刊+夕刊 : 1473万部 (以下、セット部数)
・ 朝刊のみ : 3440万部
・ 夕刊のみ : 123万部

合計すると、5035万部です。(2009年の途中での新規契約や契約解除をどの程度含めるかはわかりませんが)

次に、ここ10年でのトレンドを見てみると、以下のグラフのようになります。



朝刊のみ部数は横ばい、セット部数は減少傾向が見られます。これを1999年を期初として指数化すると、よりはっきりとその傾向を確認することができます。セット部数は1999年に比べて2009年では20%減なのです。




同期間の日本の総世帯数はやや増加しています。



先ほど、朝刊の部数は横ばい傾向にあると書きましたが、世帯数当たりの部数で見ると実は減少傾向にあるのです。これは、自分のまわりの印象からも実感できる数字かと思います。



■日経新聞電子版の購読プラン

日経新聞が2010年3月23日より、「日経電子版」というWeb媒体の有料新聞をスタートさせました。プランは有料や無料パターンなど複数用意されています。




電子版のみだと月額4000円ですが、紙の新聞を購読すれば+1000円で電子版の有料会員となれます。これが日経Wプラン(宅配+電子版)です。



■Wプランの問題点

さて、上記の表のWプランをよく見ると、2種類の価格があることがわかります。セット版地域での月額5383円と全日版地域の月額4563円。この違いは何かというと、夕刊の有無にあります。
・ セット版地域 : 朝刊+夕刊+電子版=5383円 (東京や大阪はこちら)
・ 全日版地域 : 朝刊のみ+電子版=4568円

つまり、東京や大阪などのセット版地域に住んでいる場合は、朝刊と夕刊の2つをセットで宅配されることになり、「朝刊のみ+電子版」という選択肢は存在しないのです。

個人的な話になりますが、平日は帰宅から就寝までに家で夕刊を読む時間はなく、そもそも夕刊それ自体に魅力があるとは思っていません。従って、紙の新聞は朝刊のみで十分だと考えています。しかし、私のケースで電子版を有料情報を見たい場合には、「+1000円」ではなく「+夕刊代&1000円」となるのです。

上記の日本新聞協会の数字を見ても、朝刊と夕刊のセット発行部数は明らかに減少傾向にあります。それなのに、なぜセット版地域では夕刊もセットで購読するプランしかないのでしょうか。もちろんこのデータは日経だけではなく、朝日や読売などの新聞も含む数字であり、日経の夕刊は同じ状況とは言い切れません。しかし、全体の傾向とそれほど大きな乖離がないのではないかというのが個人的な印象です。

百歩譲って日経夕刊のニーズがあるとしても、電子版の有料登録をするためには、強制的に朝刊と夕刊のセット購読となる仕組みには疑問を呈せざるを得ません。



■まとめ

以上の内容を整理すると次のようになります。

(1) 朝刊と夕刊のセット部数は減少傾向にある (1999年比で20%減)
(2) 日経Wプラン(宅配+有料電子版)は、夕刊も契約となる (セット版地域のみ)
(3) 強制的に朝刊+夕刊のセット購読となるWプランの仕組みは疑問

有料電子版登録で夕刊もセットする狙いはあえて書きませんが、少なくとも読み手である消費者の立場は考慮されていないのではないでしょうか。



※参考情報

日本新聞協会
http://www.pressnet.or.jp/

新聞発行部数 (日本新聞協会)
http://www.pressnet.or.jp/data/circulation/circulation01.html

日経電子版購読料金一覧
http://www.nikkei.com/help/subscribe/price/

日経全日版地域
http://www.nikkei.com/help/subscribe/price/plan.html#area


2010/05/14

情報スクリーニングと情報摂取

私たちのまわりには大量の情報があります。玉石混合の情報が時々刻々と洪水のように流れていきます。



○情報についてのドラッガーの言及

情報についてピーター・ドラッガーは、著書である「ネクスト・ソサエティ」の中で次のように述べています。
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情報を道具として使うようになるや、それが何であり、何のためであり、どのような形であり、いつ得るべきであり、誰から得るべきであるかが問題になる。 (p.110から引用)
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職業上、情報リテラシー(活用能力)を高めたいと思っていますが、どうすればいいのでしょうか。個人的には、情報のインプットとアウトプットの両方をいかに高めるかを日頃から意識したいと思っています。



○読むべき本を判断する

最近読んだ本に、「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」(立花隆 文春文庫)があります。その中で著者は、情報が氾濫する中で欠かせないのは、素早い情報スクリーニング術と情報摂取術であるとしています(p.41)。

この本ではそういった考え方から、
・ その本が読む価値があるか否か。読む価値があるとして、どの点においてあるのか
・ いまの自分にとってどういう読みを要求している本かを、素早く見極める
・ それにふさわしい読みを選択する
と書かれています。

なお、ここでいう本には小説のようなページを順に読んでいくものは対象としていません。



○まずは全体像をつかむ

では、どのように本を読んでいけばいいのでしょうか。著者が主張するのは、まずは本の構造をつかむことです。その本が自分にとって、精読に値するかどうか、値するとすればどの点かを判断するためです。 

まず最初にその本の全体像をつかむために、具体的には以下の手順をとります。
・ はしがきとあとがきをしっかり読み、目次を構造的にしっかり把握する
・ 章単位で全体の大きな流れをつかむ
・ 次に節単位を読み、パラグラフ単位でパラグラフの頭の文章だけを次々に読む

著者は、とにかく頭から終りまで強引に目を通したほうがいいとの意見です。なぜなら目的はあくまで全体像の把握であり、枝葉の理解はその次だからです。まず終わりまでいってから二度目の読みをどうするかを考えます。

以上のことを意識すると、その本を読むべきかどうか、すなわち、自分にとって必要な情報かどうかを少しずつ判断できるようになります。少なくとも自分の読書法は変わったと実感しています。



○最後に

繰り返しになりますが、冒頭でも書いたように、素早い情報スクリーニングと情報摂取が大事であり、その理由は、まさにドラッガーが言うように情報を道具として使うためなのです。


ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術 (文春文庫)


2010/05/12

書籍: 失敗学のすすめ (畑村洋太郎)




失敗とは何でしょうか?

失敗をマイナスに捉えると、起こしてはならないもの、起こしたくないもの。失敗した自分が恥ずかしいなどと思ってしまうかもしれません。人は誰しも失敗に対して否定的なイメージを持つものです。

しかし、このように失敗をネガティブに考えるのではなく、失敗のプラス面にも目を向けるべきと主張するのが 失敗学のすすめ という本です。



失敗について考えさせられるいい本だったので、以下に内容を整理しておきます。

2010/05/08

完全暗闇体験イベント「Dialog in the Dark」

人間が持つ知覚には、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の5つがあります。では、これらの五官から得られる知覚の割合は、それぞれどれくらいなのでしょうか。

古い資料ですが、1972年にされた「産業教育機器システム便覧」という本によると、視覚:83%、聴覚:11%、嗅覚:3.5%、触覚:1.5%、味覚1.0%とされています。どういった方法で計算されたかはわかりませんが、視覚と聴覚の合計が94%というのは、普段の生活を振り返ってもそれほど違和感のない数字だと思います。





先日、「Dialog in the Dark」という体験型イベントに参加してきました。光が全くない暗闇の空間で、日常生活の様々な内容を視覚以外の感覚で体験するエンターテイメント形式のワークショップイベントです(参照:Wikipedia)。

視覚障害者のアテンダントさんにサポートいただき、完全な暗闇の中でのツアーです。森の中を歩いたり、公園で遊んだり、カフェでドリンクを飲んだりと、日常生活ではごく普通にできることを全て視覚なしで体験します。ツアー時間は約90分ほど。参加者は8人で、アテンダントさんも含め見ず知らずの初対面のメンバーです。



暗闇に足を踏み入れた瞬間は、五官から視覚が取り除かれただけであたかも全ての情報が遮断されたような錯覚に陥りました。上記の視覚:83%がなくなり、(実質は残り17%はあるのですが)感覚的にはゼロになったような感じです。暗闇の中で足を一歩踏み出すのも怖くなるほど。ちなみに、暗闇に入る前に視覚障害者用の白い棒を渡されますが、これだけでは非常に不安になります。

しかし、人間とは不思議なもので、全くの暗闇でも次第に様々なものを感じることができるようになっていきます。葉っぱがすれる音と小川のせせらぎや他のメンバーの声(聴覚)、木や土の匂い(嗅覚)、右手の棒から得られる地面の感触やアテンダントさん・他のメンバーの感覚(触覚)、カフェで飲むドリンク(味覚)。つまり、視覚が全く使えない状況でも、他の知覚がどんどん研ぎ澄まされていくようになります。

視覚を使わずに、ものが「見える」ような感覚。ツアーの後半くらいからは、視覚がないにもかかわらずメンバーとの会話や暗闇での活動も、普段の日常のそれとあまり変わらないような気すらしました。



日本では夜でも電気で明かりを灯せば、暗闇は解消できます。また、視覚によりものを見ることは当たり前のように持っています。日本の豊かさ自分の持っている五官のありがたさ。今回参加したことで、これらのことにあらためて気づかされました。

Dialog in the Dark。もし機会があれば、ぜひ体験されることをおすすめします。


※Dialog in the Dark
http://www.dialoginthedark.com/index.html

※Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/


2010/05/04

書籍 「電子書籍の衝撃」

「電子書籍の衝撃」(佐々木俊尚 ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を読みました。


■本書のまとめ

著者の主張をまとめると、以下の4点に集約されます。次の4つが確立することで電子ブックの全容が姿を表すと主張されています(p.300から引用)。

  1. キンドルやiPadのような電子ブックを購読するのにふさわしいタブレット
  2. これらのタブレット上で本を購入し、読むためのプラットフォーム
  3. 電子ブックプラットフォームの確立が促すセルフパブリッシングと、本のフラット化
  4. そしてコンテキストを介して、本と読者が織りなす新しいマッチングの世界


これらを自分の言葉で言い換えると以下のようになります。

  1. 電子ブックを読むには、ふさわしい端末がいる (キンドルやiPad)
  2. 電子ブックを買うには、使いやすい(探しやすい・買いやすい)売場がいる
  3. 自分で書いた本を売ることが可能。また、あらゆる本が同じ売場に並ぶ (新書/古書、プロ/アマ etc.)
  4. 口コミやレビュー、ブログ、SNS、ツイッターなどから、自分の読みたい本が見つかるようになる 




■プラットフォームとアンビエント

さて、この本にはいくつかのキーワードがあるのですが、このうち上記の(2)に関するものに、「プラットフォーム」と「アンビエント」というキーワードが出てきます。それぞれ、本文では以下のように説明されています。
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プラットフォーム:土台、システムのこと。つまりは本を購入して読む魅力的な基盤
アンビエント:環境、偏在と訳される。私たちを取り巻き、あたり一面にただよっているような状態
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私は一読した際、これら2つの言葉の使われ方(本文での意味)がわかったようでわからないという状態でした。特に、理解しづらかったのはプラットフォームとアンビエントとの関係性。一方で、これらの言葉は本文では繰り返し出てくる重要なキーワードなので、正しく理解する必要がありました。

このプラットフォームとアンビエントについて、自分の身の回りで一番しっくりきたのはツイッターとiPhoneの関係性でした。プラットフォームに当てはまるのはツイッターです。ツイッターという土台が存在することで、他人のつぶやきを見たり自分のつぶやきを投稿できたりします。

一方で、ツイッターのサイトは決して使いやすいものではないと感じています。これは多くのユーザーが、ツイッター用のアプリを使っている状況からもそう思います。では、アンビエントは何かというと、iPhoneがもたらす利便性だと思います。iPhoneは携帯電話なのでいつも自分の近くにあり、かつツイッター用のアプリを起動させればすぐに見ることができます。まさにこれは、iPhoneによってツイッターが「あたり一面にただよっているような状態」です。

以上から、プラットフォームとアンビエントの関係性とは、前者は提供される「モノ」であり、後者はとても便利になるという「状態」だと思います。国語的に言えば、プラットフォームがアンビエントであるという主語と述語の関係。数学的に言えば、プラットフォームは必要条件で、アンビエントは十分条件だと考えます。



■自分にとってのプラットフォームのアンビエント化

電子書籍において、プラットフォームがアンビエントになる、つまり、「本と出合う場所」が「とても便利になる」とは具体的にはどのような状況なのでしょうか。今回取り上げた「電子書籍の衝撃」という本を読んで考えさせられた、この命題について以下に書いておきます。

私の本の位置づけは、「読むことで自分の考えを刺激してくれるもの」です。従って、このような本を見つける条件としては、「その本は良質かどうか」「その本を読むのにふさわしいタイミングかどうか」という2点があると思っています。「ふさわしいタイミング」というのは、同じ本でも10才の時に読むのと40才で読むのとでは得られる内容も違うはずで、本により自分にふさわしい読むべきタイミングがあるという考え方です。この2軸をマトリクスにすると、次のようになります(図1)。


インターネットという革命により、検索で本を探すことができ、ブログで興味のある本を知ったり、Amazonで楽に買えるようになりました。今後は電子書籍によりもっと多様な読み方ができるようになります。そして、次世代の技術により、図の「読むべき本」にもっと出会えるようになること、これが先の命題に対する自分の答えです。


電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)


最新エントリー

多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。