2017/09/01

十七条憲法に見る聖徳太子の戦略思考


引用:聖徳太子 - Wikipedia (Japanese Painting Anthlogy, ed.et publ. by SINBI-SHOIN, TOKYO, 1941, パブリック・ドメイン)


十七条憲法は、聖徳太子が604年に制定した憲法です。

今回のエントリーは、十七条憲法を 「戦略」 という視点で読み解きます。聖徳太子は、日本人のあるべき姿を実現するために、どのような戦略を十七条憲法に反映させたのでしょうか。


第一条の一般的な理解は 「和を大切にせよ」


十七条憲法は、第一条の 「和を以て貴しとなし」 (和を大切にする) で始まります。

第二条で 「三宝を敬へ」 (仏と法と僧の三つを敬う) 、第三条で 「詔を承けては必ず謹め」 (天皇の命令を受けたら謹んで従う) と続きます。

第一条の条文で一般的に知られているのは、「一に曰わく、和を以って貴しとなし、忤 (さから) うこと無きを宗とせよ」 です。意味は、「和を何よりも大切にし、いさかいを起こさないようにしなさい」 です。


第一条には続きがある


第一条には続きがあります。こちらに全文が記載されており、十七条憲法の第一条は次の通りです。読み下しと現代語訳です。


第一条の読み下し

一に曰わく、和を以って貴しとなし、忤うこと無きを宗とせよ。人みな党あり、また達れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父に順わず、また隣里に違う。しかれども、上和ぎ下睦びて、事を論うに諧うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。


第一条の現代語訳

一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就するものだ。


第一条で聖徳太子が言いたかったこと


第一条は、3つのことを言っています。

  • 協調性が大事 (和を大切にせよ) 。いさかいを起こさないようにせよ
  • しかし、協調できるような人格者は少ない。皆で協調していくことは現実的には難しい
  • 従って、ものごとは話し合いで決めるべきである。その結論は正しく、必ず実現する

3つの構成は、あるべき姿・現実・解決策となっています。


あるべき姿

1つ目のあるべき姿とは、和を大切にし人々との間で言い争いなどが起こらない社会です。有名な 「和を以て貴しとなし」 は、日本人としてこうあるべきという理想を示しています。


現実

しかし、現実は協調性を持った人格者は少なく、必ずしも和は実現されていないと聖徳太子は続けます。これが第一条に書かれた2つ目のポイントです。理想に対して、現実はそうとは限らないと言っています。


解決策

現実をあるべき姿にするために、聖徳太子が解決策で示したのは話し合いでした。これが第一条の3つ目のポイントです。


「話し合いで決めよ」 は最後の第十七条でも書かれている


十七条の憲法で、第一条で一般的に知られているのは 「和をもって貴し」 です。しかしこれだけだと、第一条で聖徳太子が伝えたかったことを正確に理解することはできません。

聖徳太子が十七条憲法で第一条で言いたかったことを、第一条の最後にくる 「話し合いでものごとを決めるべきだ」 まで含めて理解すべきなのです。理想 - 現実 - 解決策のセットで捉えるべきです。

十七条の憲法は、第二条は仏教を信じなさい、第三条は天皇の命令に従いなさい、と続きます。第一条の 「協調性のために話し合いを重視せよ」 は、これら2つよりも先に書かれています。

また、最後の第十七条では、第一条で言ったことが繰り返されています (その意味で十七条憲法は項目は16個です) 。十七条の現代語訳は以下です (参照) 。


第十七条の現代語訳

十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。


協調性と話し合いは、第一条という憲法の一番上にあります。最後の第十七条でも全く同じことを言っています。聖徳太子はそれだけ優先度として高い規範であると考えたのでしょう。


聖徳太子が日本人に示した 「戦略」


あるべき姿・現実・解決策という3つは、戦略を考えるときの基本となるフレームワークです。

戦略をつくるにあたって、上位にあるのは目的です。あるべき姿や理想のために達成すべき目的を掲げます。

戦略が必要になる理由は、あるべき姿と現状を見比べたときに、現実はあるべき姿になっていないという問題があるからです。理想と現実のギャップを埋めるために必要なことが戦略です。

現実を理想にするにあたって、何が問題かを把握し、問題を解決するために 「やること」 と 「やらないこと」 が明確になっているものが戦略です。そして、戦略を具体化した実行策が戦術です。

戦略は what であり、戦術は how です。戦略の上位にくる目的は why です。3つを並べると、目的 (why) - 戦略 (what) - 戦術 (how) です。

十七条憲法の第一条を、戦略の視点で見ると興味深いです。第一条で書かれていることで、目的と戦略に該当することは、

  • 目的:和を大切にした争いのない社会を実現する
  • 戦略:話し合いで皆で決める

これが、聖徳太子が戦略として604年当時の国民に示したことです。

第一条において、話し合いで皆で決めたことは、道理にかない (常に正しく) 、どんなことも成就すると言い切っています。

戦略で、何をやるかと同じくらい、時にはそれ以上に重要なのは 「何をやらないか」 「何を捨てるか」 です。選択と集中は、先に捨てるものを決める選択があるからこそ、やることに集中できるのです。

「戦略として何を捨てたのか」 という視点で見ると、何が言えるでしょうか。

十七条憲法の第一条に直接は書かれていませんが、戦略としてやらないことは、話し合いによる決定とは逆のことです。つまり、一人による独断専行です。


最後に


協調性と話し合いを重んじることは、今なお日本人全体を支配している共通原理でしょう。ビジネスでは、会議で話し合う、たとえ直接話し合えないとしても稟議を通すなど、皆で決めることを重視します。

十七条憲法の第一条には、聖徳太子の戦略思考が反映されています。十七条憲法の第一条で示された内容は、現在の日本にも脈々と続いています。

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多田 翼 (書いた人)