2011/04/09

思いを乗せたゴールとカズダンス




2011年3月29日、東日本大震災への復興支援の一環として、日本代表 × J リーグ選抜のチャリティマッチが開催されました。

日本代表の遠藤選手のフリーキック、岡崎選手のゴールもよかったですが、なんといってもドラマは後半36分のゴールでしょう。カズこと三浦知良選手のゴールです。




日本経済新聞のスポーツ面に、三浦選手は「サッカー人として」というコラムを連載しています。このコラムは毎回楽しみにしている記事の1つです(スポーツ面では他に野球評論家の豊田泰光氏の「チェンジアップ」もおもしろい)。

「サッカー人として」は、震災後では3月25日と4月8日に掲載されていました。3月25日はチャリティマッチ前、8日は試合後の掲載です。

チャリティマッチのゴールを見た上で2つの記事を読むと、あらためて印象的なコラムでした。文章から、カズの強い思いが伝わってきます。

自分のブログ上でも残しておきたいという思いもあり、以下、2つの記事から印象に残る部分をそのまま引用しておきます。

前半がチャリティマッチ前、後半がチャリティマッチ後のコラムです。特に後半の「思いに運ばれたゴール」は、ゴールシーンをカズ本人があらためて振り返ったものです。文章として重みのあるものだと感じます。

■ 生きるための明るさを|サッカー人として 三浦知良

生きているとはどういうことなのだろう、サッカーをする意味とは何なのだろう。そういったことを見つめ直さずにはいられなかった日々のなか、思わず頭をよぎったのは「今のオレ、価値がないよな」ということ。試合がなくなり、見に来る観客がいなければ、僕の存在意義もない。プロにとってお客さんがいかに大切か、改めて学んでもいる。

でも、僕はサッカーが娯楽を超えた存在だと信じる。人間が成長する過程で、勉強と同じくらい大事なものが学べる、「あった方がいいもの」のはずだと。

サッカー人として何ができるだろう。サッカーを通じて人々を集め、協力の輪を広げ、「何か力になりたい」という祈りを支援金の形で届け、一日も早い復興の手助けをしたい。そこに29日の日本代表との慈善試合の意義があると思う。

暗さではなく、明るさを。29日のチャリティーマッチ、Jリーグ選抜の僕らはみなさんに負けぬよう、全力で、必死に、真剣にプレーすることを誓う。

引用:生きるための明るさを|サッカー人として 三浦知良(日本経済新聞 2011/3/25)

■ 思いに運ばれたゴール|サッカー人として 三浦知良

闘莉王選手(名古屋)がボールに競ると感じた時には体が駆けだしていた。目の前の空間にボールが落ちてくる。ロードがぱっと開けたようで、体が覚えているままに僕はシュートを放っていた。無意識のうちにボールのバウンドをとらえ、コースを選んでいる。それは「判断」を超えた、迷いの一切無い、いわばFWの本能だった。

「今までで一番胸を打ったカズダンス」と知人は言ってくれた。最後に振り上げた人さし指が、震える指から発する思いのようなものが、いつもと少し違っていて、泣けてきたという。

Jリーグの歩み、日本代表の歴史、1998年ワールドカップ(W杯)に行けなかったこと。日本サッカーにまつわる歓喜も哀愁も背負ったまま、僕はサッカーをやっているのだろう。あの試合に注がれていたのは、見守る人々のそうした「思い入れ」。そして被災されて今なお苦しんでおられる方々の、何かを求め、欲する思い。それらに運ばれたゴールだった。大きな大きなゴールに、みなさんがしてくれたんだ。

引用:思いに運ばれたゴール|サッカー人として 三浦知良(日本経済新聞 2011/4/8)


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