#マーケティング #偶発購買 #本
これまでのマーケティングでは、「お客さんが何かを探して検索したり調べ、最終的に購入する」 という計画購買の流れが前提とされてきました。
しかし、SNS を眺めていてふと投稿や広告に目が留まり、「買うつもりはなかったのに、気づけばポチっていた」 といった経験はないでしょうか?
こうした衝動買い (偶発購買) は従来のマーケティングで常識としていた計画購買による行動とは異なるものですが、いまや私たちの身近な場面でよく起こっています。
今回は、偶発購買デザイン - 「SNS で衝動買い」 は設計できる (宮前政志, 松岡康, 関智一) という本を取り上げます。
従来のマーケティングのモデルとは異なる 「偶発購買」 について、ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
本書の概要
この本での主張の土台は、デジタル化により多様化・複雑化している消費行動の本質は 「偶発的な出会いである」 だという捉え方です。そして主張は、偶発購買を戦略的に設計すれば、衝動買いを意図的に引き起こすことができるというものです。
本書では、まず現代の消費行動がなぜ複雑に見えるのかを整理し、そこから検索を軸とする計画購買とは違う 「偶発購買」 とは何かが述べられます。
衝動買いのような偶発購買はコントロールできないという思い込みを変え、偶発的な出会いをうまくつくり出すアプローチとして 「SEAMS」 という独自フレームワーク (後ほど詳しく触れます) を提唱しています。
計画購買と偶発購買
では、本書のキーワードである 「偶発購買」 について、反対の計画購買と比べながら見てみましょう。
計画購買とは
これまでのマーケティング活動において対象とされてきたのが 「計画購買」 です。
計画購買へのアプローチは、商品やサービスを買うまでの消費者プロセスを順を追ってマーケティング活動で起こそうとするものです。
具体的には、テレビ CM などのマス広告、検索広告や動画広告などのインターネット広告を使って想定するお客さんに商品を知ってもらい、興味を持ってもらいます。お客さんは必要に応じて検索を行います。最終的に購買行動へ結びつけるというプロセスです。
このプロセスを体系化したフレームが AIDMA や AISAS です。
- AIDMA: Attention 認知 → Interest 興味 → Desire 欲求 → Memory 記憶 → Action 行動
- AISAS: Attention 認知 → Interest 興味 → Search 検索 → Action 行動 → Share 共有
どちらのモデルも 「まずは認知してもらい、興味を持ってもらうこと」 を最初に狙い、その後に購入に至るまでの心理または行動のプロセスを段階的に捉えます。
企業は多くの人に商品を知ってもらい、思い出してもらい、最終的に買ってもらうために、広告を大量に投入したり、検索連動型広告で上位表示を狙ったりといった施策を展開していました。
偶発購買とは
一方、本書で焦点を当てる 「偶発購買」 は違います。
偶発購買とは、事前に明確な商品検索や購入意欲がないにもかかわらず、偶然の出会いで 「これ、いいかも」 と思って衝動的に購入してしまう行動を指します。
- SNS で友人の投稿を眺めていたら、思わぬ商品の情報が流れてきて気になり、購入してしまった
- 仕事帰りにコンビニへ寄り、魅力的な新商品を見つけ、つい手を伸ばしてカゴに入れた
このように、もともとの目的や計画にはなかった 「偶発的な購入」 という消費行動が普通に起こっているわけです。
背景にあるのは、SNS の普及やネット環境が身近にあることで、生活者は何かを検索して購入するだけではなく、SNS を何気なく眺めているうちに魅力的な情報に出会うといった偶然の出会いを楽しむようになっていることです。生活者は自分が持つ膨大な選択肢の中で、偶然に近い形で商品と出会い、興味を持ち、購入に至るという行動プロセスが偶発購買という消費行動です。
本書によれば 「無計画な回遊行動」 が増えれば増えるほど、偶発購買が起こりやすくなるといいます。
偶発購買モデル 「SEAMS」
書籍 「偶発購買デザイン」 が提唱するのが、偶発購買を5つのステップで整理したフレームワークである 「SEAMS」 です。
SEAMS とは
SEAMS は5つの英語の単語の頭文字からです。
- S (Surf) 回遊
明確な目的や検索意図を持たず、SNS を回遊する。たとえばインスタや TikTok を何気なくスクロールしている、コンビニやモールの中をぶらぶら歩いているなど。特に目的なしに新しいモノやワクワクすることを求めている - E (Encounter) 遭遇
回遊中に思わぬ商品やサービスと出会う。SNS のタイムラインに流れてきた情報 (広告含む) や、偶然見かけたお店の看板、商品などに魅了され、強い興味を持つ - A (Accept) 受容
遭遇した情報に 「ちょっと気になる」 や 「試してみたい」 と興味を抱き、購入する。購入には、インフルエンサーの推薦や友人・知人の口コミなどの身近なコミュニティや人からの受け入れへの後押しがある - M (Motivation) 高揚
購入した商品を実際に使ったり体験したりして、これは良い商品だと感じる。喜びや満足感、自分だけが発見した価値を感じる高揚感が生まれる - S (Share) 共有
高揚感を抱いた人は 「誰かに教えたい」 「ぜひ勧めたい」 という気持ちが自然にわき起こり、コミュニティや SNS で情報を広める行動をとる
たとえば、ドン・キホーテやコストコ、バラエティショップなどで買い物をすると、目的の商品を手に取っただけでレジには直行することはなく、つい店内をうろうろしてしまうことはないでしょうか?
ドン・キホーテなどは商品の陳列がユニークで、思わぬ掘り出し物との出会いが期待できるようなレイアウトになっています。買う予定になかった商品でも、「おもしろそう」 とか 「これはお得かも」 と思わせる仕掛けがあると、ついつい買い物カゴに入れてしまいます。
このような宝探しのような買い物を楽しんでしまうのは、SEAMS 言うところの 「回遊 (Surf) 」 と 「遭遇 (Encounter) 」 が起こっているからです。
コミュニティ単位で消費が広がる
SEAMS の特徴に、コミュニティ単位で消費が広がるという点があります。
偶発購買と対比の概念である計画購買は、大勢へ認知を広げるというマスマーケティングが主流でした。それに対し、偶発購買では特定のコミュニティや界隈、仲間内での共感や話題化が重要になります。
コミュニティ内で 「この商品よかった」 と推奨されると、自分で検索することなく安心して購入に進みやすくなります。
買った後は 「コミュニティ内で同じ購入や商品の体験をしている」 や 「仲間意識が強まる」 などの気持ちの高揚感につながり、さらに共有や推奨が促進されていきます。
従来のマーケティングモデルとの比較
これまでの消費者行動モデルの AIDMA や AISAS では 「認知 → 興味 → 検索 → 購買」 という直線的で、購入前の検索行動を重視したフローでした。前提として、消費者は目的を持って商品やサービスを買うという計画購買行動への捉え方があります。
そうした前提のもと、消費者の中で AIDMA や AISAS の流れが生まれるように広告へ大量の予算を使い、想起率や指名買いを高めることが重視されていきました。
一方の偶発購買モデルの SEAMS は、「回遊 → 遭遇 → 受容 → 高揚 → 共有」 という、回遊からの偶然の出会いを起点にする消費者行動モデルです。
マーケティングでは、それぞれのコミュニティや顧客文脈に沿って最適な形で情報が届くように設計することがポイントです。SNS やインフルエンサー、友人知人など、信頼できる人間関係が購入の背中を押して、偶発を意図を持って起こすことを狙います。
どのコミュニティを狙うか、どんな文脈で遭遇してもらうかを緻密に考えることが重要になります。
偶発購買を起こす方法
では最後のパートでは、偶発購買をどうやって起こすかについて見ていきましょう。
偶発購買を戦略的に引き起こす
偶発購買を偶然ではなく戦略的に引き起こすために、ポイントは4つあります。
- コミュニティの選定
どのコミュニティが自社の商品・サービスを受け入れ、熱狂するほどの熱量が高まる可能性があるを見極める。インフルエンサーなどの発信力を活用する際も、誰に届けたいのかという注力顧客を明確にする - 文脈に沿った遭遇機会の設計
受け手のコミュニティが自分ごととして捉えられるシチュエーションをつくる。売り手が一方的な広告を出すのではなく、コミュニティ内にいる人たちの界隈文化や興味関心に自然に溶け込む形で情報を届けることで、自然な遭遇をするきっかけをつくる - 回遊と遭遇を増やす仕掛け
デジタルのみならずリアルの場でも、ランダムな出会いを増やす工夫を行う。例えば SNS 上でのハッシュタグ、実店舗での店頭展開、試供品配布、商品の体験会イベントなど、回遊と遭遇の多様な接点を用意する - 高揚を演出し、共有を誘発する
購入後の満足感や、自分だけの発見を誰かに伝えたいという気持ちを高める仕掛けを入れる。購入者同士で交流できる場にしたり、SNS での口コミを促したりと、共有へと導く施策を意図的に展開することにより、コミュニティ内で自然に情報や評判が広がるようにする
コミュニティストライクとスペアプロモーション
本書では、コミュニティへの浸透をスポーツのボウリングに例える見立ても紹介されています。
最初の投球で狙ったコミュニティをうまく攻略できればボーリングの 「ストライク」 の状態になり、一気に大きな広がりを得られます。これを 「コミュニティストライク」 と表現します。
そして、1投目での失敗しストライクが起こらず取りこぼしがあっても、次の投球となる 「スペア」 を狙うプロモーションを行い、コミュニティを攻略するチャンスを連続的につくることが重要だと書かれています。
1投目で倒せなかったピンを2投目で倒せばスペアとなり、最終的にはすべてのピンを倒す結果に近づくように、コミュニティをターゲットに段階的にアプローチです。必要に応じて他のコミュニティにも広げることによって、最終的に商品・サービスに対する認知や好意が幅広く得られるように設計するというわけです。
まとめ
今回は、偶発購買デザイン - 「SNS で衝動買い」 は設計できる (宮前政志, 松岡康, 関智一) という本を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 従来の計画購買 (認知 → 興味 → 検索 → 購入) から、SNS 等での偶然の出会いによる 「偶発購買」 が消費者の購買行動で起こっている
- 偶発購買とは、目的なく SNS を回遊したり、店舗をぶらぶらする中で思わぬ商品と出会い、衝動的に購入する購買行動
- 偶発購買はランダムな出会いが起点となる。SEAMS という 「回遊 Surf → 遭遇 Encounter → 受容 Accept → 高揚 Motivation → 共有 Share」 の5つのステップで説明できる
- 偶発的な購入を意図的につくるには、コミュニティ単位での情報拡散が重要で、信頼できる人間関係が偶発購買を後押しする。コミュニティ選定、文脈設計、回遊機会の創出、口コミ促進がカギとなる
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