2013/07/27

ネット選挙解禁で実感した民主主義に悪影響を及ぼす「フィルターバブル」

2013年の参院選より解禁されたネット選挙。公示後も党/政治家や有権者がネット上で選挙運動ができるようになりました(ただし投票日前日まで)。

これにより投票日までのネット上の選挙に関する情報は、ネット選挙解禁前に比べて増えました。ネット選挙解禁への私のスタンスは賛成なので、ネット上に選挙関連情報が増えること自体は望ましいと思っています。一方で今回の選挙期間で思ったのが、ネットでのパーソナライズ化により起こる「フィルターバブル」です。

■参院選で感じたネットと世の中の乖離

フィルターバブルとは何かの前に、ネット上で起こっていたことから先に話をします。特にSNSの中で顕著だったのが、SNS上で流れてくる情報と実際の世の中の状況で乖離が見られたことです。

具体的には、TwitterやFacebook上で印象的だったのは、東京選挙区立候補者の鈴木寛氏(民主党)を支持する声でした。著名人も含め複数の人たちが支持する理由や応援メッセージの投稿をしていました。特に投票日が近づくにつれ、鈴木氏が当落線上にいるという世論調査もあってか、よく目にするようになりました。

なお、私自身が東京選挙区の中では鈴木氏が最も良いという立場です。候補者の中で、考え方や実現したいこと・実績を比較した上での結論です。なので、「SNS上でよく目にした」というのは、鈴木氏を支持しているが故に関連情報がより印象に残っていた可能性があります。そういうバイアスがあるであろう前提で読んでいただければ。

鈴木氏の支持の情報の次に、SNSで多かったのは同じく東京選挙区立候補者の山本太郎氏に対するものでした。私のSNS上では同氏に対しては支持しない声が多かったです。SNS上では、東京選挙区はこの2人の情報ばかりで、他の候補への言及はほとんどありませんでした。もしSNS上だけの情報しかなかったとすると、明らかに当選するであろうと思えたのは鈴木氏。ところが実際の獲得票数は鈴木氏が55万票、山本氏が66万票。鈴木氏は落選しました。

■パーソナライズ化によるフィルターバブル

TwitterやFacebookなどのSNS上には自分に関心が高い情報が流れやすい仕組みです。情報がユーザーごとに最適化されるパーソナライズ化が顕著に起こるのがSNSだと思っています。

ネットにおける過剰なパーソナライズ化に警鐘を鳴らしているのが、「閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義」という本です。

原題は「The Filter Bubble: What the Internet Is Hiding from You」。インターネットで情報パーソナライズ化されている状況をFilter Bubble(フィルターバブル)と表現していてます。ユーザーごとに情報がパーソナライズ化された状態をあたかもバブル(泡)に包まれフィルター化されていると表現したもの。サブタイトルの「What the Internet Is Hiding from You(ネットで見えなくなっているもの)」は著者の問題意識です。

パーソナライズ化とは、自分が見たい情報だけを取捨選択してくれる状態です。著者はそこに落とし穴があると指摘します。いきすぎたパーソナライズ化は私たちの考え方・思想、行動、そして民主主義にも悪影響を及ぼすとの主張です。

自分が見たい情報だけが見られるということは、逆に言えば自分と異なる考え方や未知なるものとの出会いが減っていくと著者は言います。例えばTwitter。自分の興味関心に近いユーザーをフォローするので、自分のタイムラインに流れる内容はわりと自分に近い考え方という状況がそれです。つまり、このようなタイムラインだけを見ていると、自分とは違った考え方、異なる視点でのものの見方に触れることができない、そうなるとますます偏った考え方になってしまうのではないか、これが懸念される影響です。

現実に起こったのを実感したのが今回の参院選でした。思ったのはSNSの情報というか雰囲気は、必ずしも世の中全体を反映しているのではないということ。考えてみると当たり前なのですが、今回の選挙を通じてあらためて実感しました。

■フィルターバブルと民主主義

この傾向が進むと、民主主義にとって大切な多様な意見に触れる機会が減っていきます。自分の考えに近い情報が多くなります。確かにそんな環境は心地よいかもしれませんが、自分とは異なる考え方や意見を知ること、違う視点を知ることでの発見や、そこから自分の考えも進化します。このプロセスがないままに、各個々人が自分の意見ばかりの世界に入ってしまう。What the Internet Is Hiding from You(ネットで見えなくなっているもの)が人々に実感されないまま、気づけばフィルターバブルに閉じこもってしまいかねません。

だからと言って、情報のパーソナライズ化を止めたり、ネット選挙自体をやめることは現実的な議論ではないと思います。ますますの情報過多が進む現在において、自分にとって必要な/意味のある情報に絞られるパーソナライズ化は有効でしょう。ただし、過剰なパーソナライズ化によるフィルターバブルが発生した時、その中に閉じこもった時が問題になる。今回実感したのは自分のSNS上でしたが、これがもしウェブ全体で起こるとすると、多様な情報へのアクセスができなくなってしまいます。

ネットと選挙、ネットを使って民主主義をどう成熟させるか。だからこそ、ネット上での情報のフィルターバブルをどうするかは、バブルの中にいることに気づかないが故に、結構大事なイシューになるのではと思っています。


※関連記事

ネットの本質から考える「ネット選挙活動解禁」に期待したいこと|思考の整理日記
情報社会の未来:私たちはネットの世界に知らない間に閉じこもってしまうのか|思考の整理日記




follow us in feedly このエントリーをはてなブックマークに追加

Facebook Page

最新エントリー

バックナンバー

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...