2011/01/06

では僕はどう生きるか


Free Image on Pixabay


考えさせられる本でした。君たちはどう生きるか です。



人としてどう生きるかという重いテーマについて真正面から、それでいて難解でもなく、誠実に書かれている本でした。今回のエントリーでは、本書を読み考えさせられたことを書いています。


本書の特徴


この本の主人公は 「コペル君」 といいます。もちろんこれはあだ名で、本名は本田潤一で15歳の中学二年生です。

もう一人、この本で重要な人物がいます。それが 「おじさん」 です。おじさんとはコペル君のお母さんの弟 (つまり叔父) です。

本書の構成は、コペル君が友達とのやりとりや学校での出来事から気づいたことや学んだことについて、おじさんがコペル君へ伝えたいことをノートに書き記すというものです。

おじさんの設定は、コペル君の家の近所に住む大学を卒業してまだ間もない法学士です。年齢的には20代前半くらいでしょう。

本書が興味深く読めるのは、おじさんの洞察が深く、コペル君へのメッセージが考えせられるからです。

ノートに書かれたコペル君へのメッセージは本質的です。かと言って難しすぎるわけでもありません。物理、化学、経済、歴史、哲学などの様々な教養からも引用しつつ、コペル君にもわかりやすい表現で綴られています。

時には諭すように、ある時はコペル君の行動や考えを誉めたたえ、あるいは叱咤します。コペル君の成長を心から願うおじさんの愛情が、言葉の節々から伝わってきます。

本書の主題は 「人として立派に生きること」 です。これはおじさんだけではなく、コペル君のお母さん、そして亡くなったお父さん全員のコペル君に対する願いです。

本書を読んでいると、読者一人ひとりも問われます。「君たちはどう生きるか」 。

本書のいいところは、その 「答え」 は用意されていないことです。答えではなく、立派に生きるための 「示唆」 があります。その中で最も印象的だったものについて、以下でご紹介します。


心から感じたことから出発し、その意味を考えること


中学生であるコペル君のクラスメートに浦川君という少年がいました。

浦川君はクラスメートから、油揚げの匂いがするなどとからかわれるようになります。そしてある時、コペル君のクラスで事件が起こります。次第にエスカレートしていく浦川君へのいじめをめぐって、コペル君の親友の一人である北見君と、いじめの中心であった生徒とでけんかになったのです。

コペル君はこの 「事件」 をおじさんに話しました。おじさんは、コペル君に伝えたいことをいつものようにノートに書きます。

コペル君が北見君の肩を持ち、浦川君の味方をしたことにうれしく思ったこと。その上で、おじさんやお母さん、そしてお父さんのコペル君に人として立派に生きてほしいという願いを、おじさんはあらためて記しました。

おじさんは、立派に生きることにについて、次のように諭します。

学校で教えられたことや、世間では立派だと思われていることを言われた通りにそのまま行動しても、それは単に 「立派そうに見える人」 になるだけである。

自分を立派に見せようとする人は、自分の振舞いが他人にどう映るかを気にするようになり、結局は本当の自分やありのままの姿がどんなものかをつい忘れてしまう。

だからこそおじさんはこう願います、本当に 「立派な人」 になってほしい。

おじさんは、世の中のことや人間が生きる意味を、コペル君に説明することはできないと言います。なぜなら、大人になっていく過程で自分で見つけなければならないからです。

おじさんは言います。「自分が感じたことや心が動かされたことから起点に、誤魔化さずに正直に自分の頭でその意味を考えてほしい」 「その感動や経験の中からその時だけにとどまらない意味があることをわかってほしい」 。

この言葉で思ったのは、経験の中からその時だけにとどまらない意味を見出すとは、事象から普遍的なことを捉えるということです。その意味は、自分が得た 「経験」 から 「本質」 を見極めることです。

人から教えられるのではなく、自らの体験から自分の頭で考えて得るものです。自分で得られる本質こそが、人間として立派に生きることです。


今までの自分の姿勢や考えや行動の蓄積が人生


立派に生きるとは何かと考えた時に思うのは、立派に生きたかどうかは後からついてくることです。

今から自分は立派な人間になろうと思ってもすぐにそうなれるわけではありません。立派かどうかは、自分の人生を歩む中で少しずつにじみ出てくるようなものでしょう。

人生も同様で、自分のとった行動、あるいは自分の姿勢と、様々な一日一日の積み重ねから、結果として築きあげられるものです。

当たり前のように聞こえるかもしれませんが、25歳の人にとっては25年という時間における自分の姿勢や考えや行動の蓄積が人生です。

自分にとって 「立派さ」 というのが、そもそもどう定義されるのかはまだ明確になっていません。

歴史上の人物も含めて世の中には立派と言われる人物はたくさんいます。だからと言って、その人と同じことを実践し同様の考え方を持ったとしても、それはあくまでおじさんが言う 「立派そうに見える人」 でしかありません。

大切なのは、自分が感じたことや心が動かされたことから出発し、その意味を自分の頭で考え、その時だけにとどまらない何か (本質) をつかんでいくこと、それを1つ1つ積み重ねていくことです。おじさんとコペル君から学んだことです。


最後に


この本が書かれたのは1937年です。現代とは異なる時代の作品ですが、主題は普遍的です。この先もまた読み返すことになるような作品です。そして読む度に、いつも考えさせられるのだと思います。

「君たちはどう生きるか」 。



最新エントリー

多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。