#マーケティング #経営 #本
あなたの会社では、トップの鶴の一声で方針が変わり、現場が振り回されることはありませんか?
あるいは、耳の痛い意見は遠ざけられ、いつしか 「イエスマン」 ばかりが重用される…。そんな組織の停滞感、もしかしたら他人事ではないかもしれません。
この文脈でご紹介したい本が、巨大自動車企業を舞台にした小説 「トヨトミの世襲 - 小説・巨大自動車企業 (梶山三郎) 」 です。
一見華やかに見える大企業の内実には、私たち自身の職場にも通じる 「病根」 が潜んでいるかもしれません。
この物語を紐解きながら、組織を蝕む構造的な要因と、得られる教訓を考えます。
本書の概要
トヨトミ自動車の三部作の完結編
大手自動車メーカー 「トヨトミ自動車 (トヨタがモデル) 」 を舞台にした小説です。本書はトヨトミの三部作シリーズの完結編です。
物語は、2020年から2023年にかけてのパンデミック期から始まります。
世界的な新型コロナの感染拡大はサプライチェーンを揺るがし、自動車販売台数は急減しました。その危機のさなかで社長を務めるのが、創業家八代目の豊臣統一です。
トヨトミを揺るがす数々の火種
統一は出遅れたままの EV (電気自動車) シフトを取り返す切り札として、航続 1000km を誇る次世代 EV 「プロメテウス・ネオ」 の開発を宣言。「クルマ製造会社」 から 「モビリティサービス企業」 への業態転換を推し進めます。しかし改革の裏で、社内外では幾重もの火種が燃え広がります。
1つ目の難題は 「世襲」 です。統一は息子の豊臣翔太を後継者に据えようとしますが、創業家の持ち株比率はわずか 2% 。ガバナンスを重視する社外取締役や社員の一部からは 「血統よりも実力」 を求める声が噴出し、継承路線は紛糾します。
2つ目は、国内販社を揺るがすディーラー再編と不正事件。「レッツトヨトミ名古屋」 など複数のディーラー店舗で車検データ改ざんが次々と発覚し、内部告発者の登場で隠蔽体質までも白日の下に晒されます。
3つ目は、息子の翔太に託されたスマートシティ構想 「フューチャーシティ」 の停滞です。
モビリティとエネルギーを統合するトヨトミの旗艦プロジェクトは、パンデミックと半導体不足の逆風、翔太のリーダーシップ不足もあり遅延し、社内外からプロジェクトへの疑問の声が挙がります。
4つ目は社長・統一の過度な独裁体制でした。
統一は自らに異論を唱える役員、能力に秀でた社員も意に沿わないと容赦なく更迭し、マスメディアには広告出稿をてこにトヨトミへのネガティブな報道を握りつぶそうとします。報道各社もトヨトミからの広告料削減を恐れて追随し、主要メディアは統一に都合よく染まります。
しかし統一の独裁体制は、社員の士気低下を招き、組織全体を内向きの権力争いへと導いていきます。
パンデミック、EV シフトへの遅れ、次世代プロジェクトの機能不全、社内不正、世襲騒動と何重にも重なった苦難にあえぐトヨトミは果たして再生できるのか。
創業家の血筋と企業ガバナンス、変革リーダーの孤独と傲慢を真正面から描く本作は、名門企業が 「何を守り何を変えるか」 を迫られる状況を通して、読者に経営継承の光と影を突き付けます。
小説から学べること
巨大自動車企業 「トヨトミ自動車」 を舞台にした小説 「トヨトミの世襲」 は、リアリティあふれる描写で企業経営の奥底に迫り、読者に多くの示唆を与えてくれます。
ここからは、物語から浮き彫りになる経営や事業承継における課題など、得られる学びについて掘り下げていきます。
- 経営と事業の継承の難しさ
- 引き継ぐもの
- 「変えるもの」 と 「守るもの」 の見極め
- 顧客よりも内向きの権力争いの末路
- 過去の成功体験への固執
- 諫言への受容姿勢 (イエスマンで固めることと過度な忖度の弊害)
では順番に見ていきましょう。
経営と事業の継承の難しさ
企業におけるトップの交代や事業承継は、経営権の移譲や役職が変わるという以上に複雑で困難なプロセスです。
それは、経営理念、権限、そして長年築き上げてきた社会的信用という、目に見えない重要な要素を次世代へと引き継ぐ大掛かりな、それ自体が事業と言えるほどのものです。
トヨトミ自動車の社内で渦巻く創業家への忖度と反発、そして社外からの厳しい視線がありました。
また、後継者の育成という課題もありました。小説の中で、カリスマ経営者である父親と比較され、周囲の期待とプレッシャーの中で苦悩する創業家の御曹司・翔太の姿は、後継者育成の難しさを表しています。
経営者としての十分な資質や経験が備わらないままトップに立つことは、本人にとっても組織にとっても不幸な結果を招きかねません。
継承が始まるずっと前から、取締役会の権限設計を明確にし、体系的な後継者育成プログラムを整備しておくことが求められます。もし怠れば、組織は一時的なリーダーの個人的な思惑や感情に振り回され、その弊害は長期にわたって企業を蝕むことになるでしょう。
引き継ぐもの (血統よりも理念継承と社員の情熱)
この小説は物語を通して、事業承継において、創業者の血統を引くこと以上に重要なものを示唆します。
企業が何のために存在するのかという 「創業の精神」 や 「企業理念」 、そしてそれを支える 「社員の情熱」 を、いかにして次世代へと引き継ぎ、さらに発展させていくかです。
企業を動かす原動力は、社員一人ひとりの情熱です。創業の精神や企業理念が、社員の心からの共感を呼び、日々の仕事への誇りやモチベーションにつながってこそ、組織は真の力を発揮します。
形式的な企業理念や社史の暗唱ではなく、経営者自身の解釈と想いを込めたメッセージが、社員の主体的な行動を引き出します。
「変えるもの」 と 「守るもの」 の見極め
企業が変化の激しい環境で生き残り、持続的な成長を遂げるためには、何を 「変えるべき」 で、何を 「守るべき」 かを的確に見極める戦略的な判断が求められます。
この見極めは、企業の将来を左右する重要な経営課題です。
「守るべきもの」 とは、企業の根幹をなす価値観や DNA 、例えば継続的な学習と改善の文化、顧客に対する誠実さ、品質向上への飽くなき追求、そしてそれを支える社員の情熱などです。
一方で 「変えるべきもの」 は、より具体的で戦術的な要素が多くなります。
大切なのは、技術そのものと、その技術を生み出し活用してきた根底にある価値観や組織能力を分けて考えることです。守るべき価値観を堅持しながらも、事業ポートフォリオや技術ポートフォリオは、市場の変化に合わせて大胆に組み替えていく柔軟性が必要になります。
小説で描かれるトヨトミ自動車の社内に蔓延する忖度文化や、トップの意向に異を唱えにくい閉鎖的な雰囲気は、明らかに組織の活力を削ぎ、変化への対応を遅らせる 「変えるべきもの」 でした。
それに対して、長年にわたる取引先との信頼関係や、顧客第一主義といった企業文化の根幹は、どんな時代にあっても 「守るべきもの」 でしょう。
過去の成功に安住することなく、常に市場の変化を察知し、自社の強みと弱みを客観的に分析した上で、勇気を持って変革を断行する。それと同時に、自社の存在意義や競争力の源泉となる普遍的な価値観を見失わないこと。この両立こそが、企業を未来へと導きます。
顧客よりも内向きの権力争いの末路
企業組織のエネルギーが、顧客価値の創造ではなく、社内の権力争いに向けられてしまうと、その代償は大きくなります。
経営資源や社員の関心が、本来向かうべき市場や顧客ではなく、社内の派閥争いやポスト争いに集中してしまうと、製品開発の遅れ、戦略の陳腐化、そして何よりも顧客ニーズからの乖離を招きます。
小説 「トヨトミの世襲」 では、経営トップの座や社内での政治・影響力を巡る争いが、いかに企業の競争力を削ぎ、顧客不在の状況を生み出すかが生々しく描かれます。
作中で描かれる誰が次の権力を握るのか、どの派閥が主導権を握るのかといった 「点」 にばかり社員の関心が集まれば、顧客のために何をすべきかという本質的な事業への問いは忘れ去られてしまいます。
社内での内向きの論理が優先され、顧客理解や顧客価値の創造といった、企業として果たすべき役割が後手に回ることは、競争力の低下や社会的信用を失うことにつながります。
顧客不在の内向き姿勢と、社内での権力闘争は社内の雰囲気を悪化させ、それがまた内向きになるという負のスパイラルは、企業が陥りかねない罠です。
過去の成功体験に固執する弊害
企業が成長し、市場で確固たる地位を築くと、その過程で得られた 「成功体験」 は、組織にとって貴重な資産ではあります。しかし同時に、時として変化への足かせとなることがあります。
トヨトミ自動車は、長年にわたり高品質なガソリンエンジン技術で世界市場を席巻してきたという輝かしい歴史を持っています。この成功体験があまりにも強烈であったため、電気自動車 (EV) という新しい技術パラダイムへの本格的なシフトにおいて、判断の遅れやリソース配分の誤りを招いてしまいました。
これは成熟企業が直面する 「イノベーションのジレンマ」 の典型です。既存事業で大きな成功を収めている企業ほど、その成功モデルを否定しかねない破壊的イノベーションに対して、過小評価をしたり、見て見ぬ振りをする傾向があります。
これまでのトヨトミの競争力の源泉であった部品サプライヤーとの強固な垂直統合型の系列システムも、EV 化の進展という構造変化の中で、その有効性が揺らぎ始めます。
過去に成功を収めたビジネスモデルや強固なパートナーシップが、新しい時代においてはむしろ変革の足かせとなり得ることを示唆します。
成功体験は尊重し、そこから学ぶべき教訓は継承しつつも、それに安住することなく、常に外部環境の変化を捉える。自己変革をいとわない組織文化を醸成することが、未来を切り拓きます。
諫言への受容姿勢 (イエスマンで固めることと過度な忖度の弊害)
企業や組織のリーダーが、耳の痛い進言や客観的な批判を遠ざけ、自身の意向に沿う意見ばかりを述べる 「イエスマン」 で周囲を固めてしまうと、組織は情報伝達の機能不全、恣意的な意思決定に陥ります。
小説 「トヨトミの世襲」 では、「裸の王様状態」 がいかにして生まれ、どれほど弊害をもたらすかが、トヨトミ自動車の社長室の描写を通じてリアルに描き出します。
トヨトミの社長・豊臣統一は、自らの考えに異を唱える者や計画の欠陥を指摘する者を遠ざけ、時には容赦なく僻地や閑職に左遷するという側面も持っています。その結果、社長の周囲は、社長の顔色をうかがい、その意向を先読みして行動する 「忖度族」 で占められるようになりました。
過剰な忖度の連鎖は、組織の隅々にまで悪影響を及ぼします。
現場の社員は、トップや上司が期待しているであろう 「答え」 を無意識のうちに推測し、それに合わせて報告内容を調整したり、時には不都合なデータを改ざんしたりするようになります。経営陣は歪められた情報にもとづいた意思決定がされます。
忖度が横行する組織では、社員は自由闊達な意見交換をためらい、本音と建前を使い分けるようになります。上司の顔色をうかがい、自らの保身を優先する空気が蔓延すれば、組織全体の士気は低下し、創造性や問題解決能力も損なわれます。
権力を持つリーダー自身が、「自分や組織が道を誤りそうになった時に、本当に助けとなるのは、最も耳に痛いと感じる誠実な忠告や客観的な指摘である」 ということを心の底から理解する。そして、まわりからの進言を歓迎する姿勢を示す。そうならない限り、組織は沈黙と過剰な忖度に覆われてしまうでしょう。
トップリーダーが多様な意見に真摯に耳を傾け、建設的な批判を奨励し、たとえ自らの考えと異なっていても、それを受け入れる度量を持つことが、健全で強靭な組織運営につながります。
まとめ
今回は、小説 「トヨトミの世襲 - 小説・巨大自動車企業 (梶山三郎) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 大手自動車メーカーを舞台にした小説 「トヨトミの世襲」 は、三部作の完結編。世襲問題、不正事件、プロジェクト停滞、独裁体制といった複数の火種に直面する企業の姿を描く
- 事業継承においては血統よりも、創業精神、企業理念、社員の情熱を引き継ぐことの重要性と、後継者育成プログラムの必要性を示唆する
- 企業の持続的成長には 「変えるべきもの」 と 「守るべきもの」 を的確に見極める戦略的な判断が大事
- 内向きの権力争いは顧客価値の創造を阻害し、過去の成功体験への固執は技術革新への対応を遅らせるイノベーションのジレンマを引き起こす
- 健全な組織運営には、リーダーが多様な意見に耳を傾け、忖度やイエスマンで固めるのではなく、建設的な批判を受け入れる姿勢が重要
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