2013/10/12

世界の経営学のホットトピック「両利きの経営」がおもしろい

350ページくらいあった分厚い本の割に、読み始めたら一気に読んでしまったのが「世界の経営学者はいま何を考えているのか」でした。本書は、競争戦略やイノベーション、グローバル経営などについて、経営学が今どんな研究テーマが取り組まれているのかをわかりやすく書かれています。

タイトルに「世界の経営学者は」とあるように、紹介されている研究内容は日本ではあまり目にすることの少ないものばかりでした。ここに著者の執筆動機があり、世界の経営学者で議論されている内容が日本人には馴染みのないものが多い、だから本書を通じて世界の経営学の知のフロンティアに触れてほしいという思いが書かれていました。

■イノベーション研究で熱いトピックは「両利き経営」

本書で紹介されている経営学の研究テーマで最も印象に残ったのはイノベーションに関するものでした。

企業がイノベーションを実現するために、世界の経営学でホットなのは「両利きの経営」というキーワード。右手だけではなく左手の両方が利き腕であるかのように行なう企業経営を指します。両利きの経営の話は示唆に富むと思ったので、ご紹介します。

そもそも企業イノベーションとは「企業が革新的な技術、あるいは商品やビジネスモデルを生み出すこと」であり、そのための条件で経営学には1つのコンセンサスがあるそうです。
イノベーションを生み出す1つの方法は、すでに存在している知と知を組み合わせることである
これはつまり、人は何もない知識がゼロの状態からは新しいアイデアを生み出すことはできないということ。既存の知と別の知を組み合わせることで新しい知が生み出されるのです。

この話で思い当たるのが「アイデアのつくり方」という本に書かれていたことです。
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないということである。これはおそらくアイデア作成に関する最も大切な事実である。
新しいのはその組み合わせのほうであり、組み合わされるモノ自体は既存の知であることが強調されています。

で、本題の「両利きの経営」。イノベーションのための「知」を企業が獲得するためには2つの方向性があるといいます。1つ目が、企業が知の範囲を広げるために新しい知を探す行動で、経営学ではExplorationと呼びます(本書では「知の探索」と呼んでいる)。

一方、企業においてはいつもいつも新しい情報などを求めているわけにはいきません。新しく獲得した情報は、自分たちにとって有益なのか、どう活用するのかの咀嚼が必要で、結局のところ新しい知がビジネスに活用され、なおかつ収益に結び付けられるかどうかが重要だからです。

すでに持っている知識に対して理解を深め、時には改良を重ねるプロセスが必要なのです。これが両利きの経営の2つ目の方向性。経営学ではExploitationと呼ぶようです(本書では「知の深化」と呼んでいる)。

おもしろいと思ったのが、知の探索も知の深化もどちらかに偏りすぎてもダメで、2つのバランスが大切であるという経営学での研究結果でした。これが「両利きの経営」と呼ばれる所以だと思います。

もう1つ興味深いのは、同じ研究において、企業組織は中長期的には「知の深化」に偏りがちで、「知の探索」はなおざりにする傾向がある、と発表されていることです。

これは納得のある結果で、考えてみると「知の探索」というのは骨が折れるわりに成果が見えにくい取り組みです。新しい情報が見つかるかも不透明だし、発見があったとしてもそれが本当に自分たちの役に立つのかもすぐにはわからない。時には事業や専門領域の外に視野を広げる必要もあり、負担も大きいでしょう。

だから、企業は新しい知を探すよりも、すでにある知を改善する・深めるという「知の深化」に本質的に流れる傾向があるのです。これは企業業績が好調な時ほど顕著で、例えばヒット商品が出るとその改良商品には注力するが、全く新しい商品を手がけるインセンティブが低くなるのではないでしょうか。

当面の事業が成功するほど、知の探索を怠りがちになり、結果、中長期的なイノベーションが停滞するというリスクが企業組織には内在しているのです。

ちなみに、イノベーションの停滞というと「イノベーションのジレンマ」が有名です(本書では日本ではこれにクローズアップされている傾向にあると指摘)。「イノベーションのジレンマ」と「両利きの経営」の違いは、前者は経営判断がもたらすイノベーションを考えていて、後者は企業組織におけるイノベーションに焦点を当てています。

■「両利きの経営」は個人にも当てはまる

「知の探索」と「知の深化」をいかにバランスよく行なうか。企業は本質的には知の深化に偏る傾向がある。このテーマは企業組織だけではなく、個人レベルでも示唆に富むものです。

例えば自分の知識・能力/技術を高めたいと考えた場合、有効なのは今ある能力をさらにレベルの高いものにすることです。自分の専門性を高める方向です。これは両利きの経営でいう「知の深化」にあたります。

一方で、今ある能力を高めるだけでは、専門性は深まっても、広げることは難しいです。新しい知識や技術のためには、既存領域ではない範囲に視野を広げる必要があります。つまり「知の探索」が求められる。

短期的には「知の深化」をやっていれば、自分の成長が感じられるかもしれませんが、中長期で見るとどこかで行き詰まるように思います。連続的な成長はできても、非連続なジャンプアップのためには「知の探索」も重要で、個人においても「両利きの経営」の考え方が大切になると思いました。

ここまで書いて思ったのが、企業組織も突き詰めれば1人1人の人間の集まりなので、企業組織からのイノベーションで両利きの経営が大事であれば、個人レベルでもまた両利きの経営の概念が当てはまるのは、自然なことかもしれませんね。






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多田 翼 (書いた人)