2014/01/02

「子どもの自分 + 自分の子」に誇れる行動をしているか

2013年を振り返ってみると、大きな変化があった年でした。おそらく、自分が死ぬ最期に自分の人生を思い返した時、ハイライトの1つとして頭に浮かぶんじゃないかなと。

大きな変化の1つは、子どもが生まれたことでした。

2014年1月時点で生後4ヵ月になります。娘ができることは、泣いて、喜んで、遊んで、母乳を飲んで、寝ることくらい。寝ていても寝返りすらまだできない、動物として見た時には非常に弱い存在です。

ただそんな娘でも、時おりしっかりとした視線をこちらに投げかけることがあります。ベッドに寝ている時に親を見る目、抱き上げた時に目の前で向ける視線。まっすぐな目でこちらを見ます。大人からすると、そこには少しも曇りのない瞳があります。

父親になって感じるのは、娘のこの目に正面から応えられるか、ということです。自分がやっていること、考えていることに対して、後ろめたさがなく、子の目に嘘偽りなく正対できるかどうか。あの純粋な視線に対して、親として、一人の大人として向き合えるかどうかが問われているように感じます。

これは自分の中での価値観の変化でした。

以前であれば、向き合っていたのは、自分自身に対してでした。意識して心がけていたのは「自分が子どもだった時に、今の(大人の)自分を見て肯定できるか」を自分に問うこと。

今の自分の判断、考えていること、やろうとしている行動は、小2くらいの自分から見て受け入れられるかどうか。9才くらいの自分から見て、今の自分のような大人になりたいと素直に思えるような振る舞いをしたいと思っていました。

この考え方は今もありますが、追加で持つようになったのが、先ほど書いた自分の子の目に正対できるようにすることです。

「小2くらいの自分から見て」というのは、(小2の自分は)現時点で実在せずあくまで自分の頭の中でのイメージ像でした。自分自身の子ども時代なのでイメージしやすかったものの、今度は目の前に娘がいて、実際にこちらに視線を向けるのでよりリアルになりました。

子どもの自分 + 自分の子から見て、自分はどう見えるか。





2014年の終わりを迎える時に、子どもの自分 + 自分の子に誇れる行動ができたと、2人に自信を持って言えるようにしたいと思っています。


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多田 翼 (書いた人)