2014/01/12

あらためて考える明治維新のすごさ

明治維新がすごかったと思うのは、当時の最高権力である幕府を倒幕しただけではなく、自分たちの手で新しい社会基盤をつくり上げたことです。


■ 倒幕後に何をするか?という難しさ

倒幕については、それより前の過去の日本の歴史では起こっていたことです。例えば鎌倉幕府を倒した建武の中興があり、それをもう1度実現するという明確な「やるべきこと」が維新の志士たちの中で共通イメージができていたのでしょう。

もちろん、260年続いた江戸幕府を倒すだけでも歴史的なインパクトは大きいですが、それ以上に、日本人は新しい社会をつくった点は注目すべきことです。

それまでの権力から、別の全く新しい権力にどう移行させるか。

このテーマの難しさは、例えば現在でも「アラブの春」を見てもよくわかります。スクラップビルドにおいて、スクラップ達成までは皆のビジョンが一致していますが、ビルド部分ではバラバラ。もしくはそもそもイメージができていない。結果、混乱状態が続いたままで、何のためのスクラップなのかが見えなくなっています。

明治維新に話を戻すと、明治より過去の歴史を見た時に、幕府を倒した後にどうすればよいかの参考情報はなかったのではと思います。

当時は西洋の列強諸国が日本に迫ってきており、いかに日本の独立を守るかという海外からの安全保障が喫緊の課題でした。海外から自国の安全保障という事例は、過去には2度の元寇だけ。元寇はいかに国を守るかで、明治維新は守りつつ諸国から自立する必要もあり、元寇の歴史は明治維新にはあまり参考にならなかったはずです。

だからこそ、明治維新のすごさは、冒頭でも述べた「自分たちの手で新しい社会基盤をつくり上げたこと」。

■ 明治維新の意義

「自分たちの手で」という意味はいくつかあります。

1つ目は日本人と西洋諸国が組んで倒幕をしなかったこと。歴史の If で、もし討幕側がフランスと、幕府側がオランダと組んでの争いとなっていれば、どちらが勝とうとも、その後は日本は植民地になっていたでしょう。近隣のアジアである中国やインドでは、西洋諸国が内部分裂に加担し、その国を乗っ取っているのだから。

もう1つの意味は、江戸幕府後の社会を、富国強兵とそれを支えるための殖産興業という明快なビジョンを自分たちで描いたこと。社会体制で言うと、それまでの士農工商のうち、工と商を中心とした社会にするという決意です。

そう考えるに至ったプロセスも特筆すべきことです。

具体的には、自分たちが自ら先進諸国に渡り、自分の目で学び、そこから今の日本には何が足りないのか・どういう国にするのかを考えたこと。指導者たちが、日本が支配される可能性もある国に自ら飛び込んだのです。

岩倉具視を団長とする、伊藤博文・大久保利通・木戸孝允ら、明治維新の中心メンバーは2年近くの時間をかけて、米国・英国・フランス・ドイツなど12ヶ国も訪れました。

おそらく、訪問国の状況と日本では大きな違いがあり、岩倉使節団メンバーの驚きの連続だったはずです。ただ、彼らがすごいと思うのは、圧倒されただけで終わるのではなく、これからは工と商の時代で、そのためには欧化政策しかないと覚悟を決めたこと。

世界史という視点で見ると、欧米諸国がアジアやアフリカに進出する流れにおいて、支配されるエリアの中から唯一日本がその潮流に逆らい、自らの手で自立した点が明治維新の意義です。日本史だけではなく、世界の歴史においてもインパクトがあった出来事だと思います。

■ 明治維新からの示唆

先進国から国が支配されそうになる中、勝ち目のない相手と戦争をするのではなく、相手の懐に自らが入り、学んだことを自国で実行する。

明治維新からの示唆を考えると、現在の個人にも大いに参考になります。例えば自分の実力がまわりと比べ、かなり差があるケース。世の中には上には上がいるとつくづく感じますが、そんな時にどうすればよいか。

それはまわりと意地になって張り合うよりも、自分の実力を正しく認め、自らが相手に飛び込み学ぶこと。力の差にあきらめるのではなく、どうすれば追いつき、どのくらいで追い越せるのか。そのために明治維新のように徹底的に相手から吸収し、その後で自分の色を出してみる。

明治維新は、そんなことを教えてくれたように思います。


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