2012/06/02

「絶対赤字」 の非常識に挑んだクロネコヤマトの競争戦略


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昨夜仕事から帰ると、マンションの宅配ボックスにアマゾンで注文した本が届いていました。

いつものようにクロネコヤマトの宅急便です。ヤマト以外に佐川急便や日本郵便だったりする時もありますが、多くはヤマトで送られてきます。

今回のエントリーは、クロネコヤマトの競争戦略についてです。


宅配便は 「絶対に赤字になる」 というかつての常識


ヤマト運輸の宅急便がサービス開始されたのは1975年です。

今では当たり前のような個人向けの宅配サービスですが、その当時は民間業者はどこも宅配事業はやっていませんでした。

理由は2つです。当時の個人向け宅配マーケットは官である郵便小包が独占していたこと、そして、小口荷物は、集荷・配達に手間がかかり採算が合わないことです。「絶対に赤字になる」 というのが業界の常識だったのです。

このような状況に果敢に挑んだヤマト運輸でした。宅配便という民間業者が誰もやっていなかった、家庭への宅配サービスへの挑戦です。

新規事業開発、サービス開始、その後の拡大が詳しく書かれていたのが、クロネコヤマトの宅急便の生みの親である故・小倉昌男の著書 経営学 でした。なるほどという箇所がいくつもありました。



なぜヤマトは個人向け宅配市場に参入したのか (1)


それまでは 「絶対赤字になる」 「事業として成り立たない」 と言われた小口宅配事業でした。なぜヤマト運輸はあえて非常識なことをやろうとしたのでしょうか。

1つには何か新しい事業に挑戦せざるを得なかったヤマト自身の問題がありました。宅急便30年のあゆみには次のような説明があります。

60年代半ば以降、高速道路が次々に完成し他社は長距離輸送にどんどん参入していきました。

しかし、ヤマト運輸は市場の変化を見逃し、出遅れてしまったのです。気付いた時にはすでに手遅れで、荷主さんは先発業者を利用していました。

そんな時、73年にオイルショックが発生。繁栄の道から一転し、経営危機がささやかれる会社になってしまったのです。

つまり、自分たちが何か新しいことに挑戦し変わらなければいずれは潰れてしまう、そんながけっぷちの状況が当時のヤマト運輸だったのです。


なぜヤマトは個人向け宅配市場に参入したのか (2)


とはいえ、個人向け宅配市場は、参入する選択肢にすらならなかったのが常識でした。事実、小倉社長の個人向け宅配事業の参入提案に対して、当時の役員は全員が赤字間違いなしと反対したそうです。

確かに、個人向けの宅配サービスと商業貨物の輸送サービスでは一見すると事業の安定性がまるで違います。

個人向けの宅配とは、どの家庭からいつ荷物を送る注文が出るかはわからないし、送り先も家庭ごとにばらばらです。配達も、宅配業者は直接一軒一軒に訪問し、時には受取主が不在ということもあり得ます。

それに比べ、製品の工場から小売への出荷は、出荷時期もある程度見えており、運ぶルートもわかっている大量の輸送量です。

商業貨物と個人向け宅配の違いを整理すると、以下となります。


商業貨物の輸送サービス

  • 反復的:毎日/毎月決まって出荷
  • 定型的:荷主によりルート決まっている
  • 大量的:輸送ロットは中または大口


個人向け宅配サービス

  • 偶発的:どこの家庭から出荷されるかわからない
  • 非定型:どこに行くかも決まっていない
  • 少量的:1口からのサービス


 「小口荷物は、集荷・配達に手間がかかり採算が合わない。小さな荷物を何度も運ぶより、大口の荷物を一度に運ぶ方が合理的で得」 というのが常識でした。

しかし、小倉の見方は違いました。この常識をあえて疑い、逆にどうすれば個人宅配市場で効率良く集配作業ができるかを考えたと言います。既成概念や先入観にとらわれずにです。


常識にとらわれない小倉の仮説


個人向け宅配は各家庭が荷主になり、送り先も家庭です。偶発的・非定型・少量的です。小倉の視点が鋭かったと思ったのは、思考をここでやめずに小口荷物の流れをもう少し大きな視点で考えたことでした。

小倉の仮説は次のようなものでした。

  • 例えば、東京 → 大阪という大きなブロックで見た場合は1日あたり・1ヶ月あたりの配送量にばらつきは少ないのではないか
  • そこからもう少しブロックを分解していって、OO 区や XX 町の単位で見て、単位あたりの取り扱い量を増やしていけば、どこかで損益分岐点を超える、つまり事業として成り立つのではないか

取り扱う荷物の総量をいかに増やすか、すなわち配達ネットワークをどう構築するかです。そのために、トラック一台当たりの集配個数をいかに増やすかにかかっている。このように自分の頭で考え抜き、「個人からの荷物の宅配は絶対儲かる」 との確信に至ります。


宅急便開発要綱


小倉の精力的な社内説得もあり、ヤマト運輸は個人向け宅配サービスである 「宅急便」 の開発に着手します。

新規事業開発をする上で基本的な考え方になったのが、以下の宅急便開発要綱でした。

  • 不特定多数の荷主または貨物を対象とする
  • 需要者の立場になってものを考える
  • 他より優れ、かつ均一的なサービスを保つ
  • 永続的・発展的システムとして捉える
  • 徹底した合理化を図る


競争戦略フレームの SP と OC


宅急便開発の話で興味深かったのが、宅急便で利益を出すための競争戦略でした。

業界の競争戦略について、ヤマトが参集した当時、競合は市場を独占していた郵便小包のみでした。構図としては官である郵便小包に民である宅急便の挑戦です。

宅急便の戦略を考える上で参考になるフレームは、書籍 ストーリーとしての競争戦略 - 優れた戦略の条件 で紹介されている SP と OC です。

 
引用:書籍 ストーリーとしての競争戦略 - 優れた戦略の条件


SP (Strategic Positioning) 


SP はポジショニングの戦略です。つまり他社と違うところに自社を位置づけることです。SP は、何をやり/何をやらないかという意思決定や活動の選択です。


OC (Organization Capability)


OC は組織能力による差別化です。他社には簡単に真似できない組織や仕組みとしての強みのことです。表面的には真似することができても、実際の組織内での実行レベルでは中々真似できません。時間とともに常に進化していきます。


レストランに見る SP と OC 


SP が他社と違ったことをするに対して、OC は他社と違ったものを持つことです。SP は短期的な戦略的意思決定で、OC は中長期での競争優位性となるものです。

わかりやすい例えが、レストランの SP と OC です。

SP はどんなメニューを提供するかで、例えば日本食なのか中華なのかイタリアンか、さらには日本食でも高級/庶民的、あるいは伝統的な料理か新しい料理かの、他店との違い・ポジショニングです。

一方の OC は腕前のよい料理人やシェフを雇い、どんな厨房や、料理の注文・調理・提供する仕組みを持つか、あるいは仕入先やどんな素材を持っておくかです。


クロネコヤマトの SP と OC


SP と OC で見た時に、ヤマトが宅急便で取った戦略は次の通りです。


SP (ポジショニング) 


サービスの差別化とサービスの平準化です。

差別化は競合である郵便小包に対して、翌日配達という利便性、定額というわかりやすい価格体系でした。翌日配達について、当時の郵便小包みは到着が早くて3日後、普通は4,5日かかることも珍しくなかったそうです。ヤマトの送った次の日には荷物が着くようにしました。

サービスの平準化とは、日本全国のあらゆる場所の利用者に同一サービスを提供することです。ちなみに、宅急便は1997年に小笠原諸島 (父島・母島) での取り扱いを開始し宅急便の全国ネットワークが完成したとのことです。


OC (組織能力)


全国規模の配達ネットワークの構築と、セールスドライバー制度や独自トラック開発、情報システム導入。

配達ネットワークは宅配事業を行なう上での肝。荷物の密度をどれだけ濃くできるか、取り扱い荷物の総量をいかに増やすか。突き詰めるとトラック一台あたりの集配個数をいかに増やすか。

配達ネットワークのためにヤマトが構築したのは、ベース - センター - ハブという3種類の拠点。エリアごとに築き、配達ネットワークを充実していった。日本各地に網の目を張るような状態。



サービスは先、利益は後


小倉の考え方でおもしろかったのが 「サービスは先、利益は後」 でした。

個人配達のような事業は先に述べたように配達ネットワークの充実がカギです。まずは利用者を増やし、取扱荷物を増やす必要があります。

そのためのサービスの差別化例が翌日配達でした。サービス提供を優先順位の1番にし、利益は2番目。明確に割りきった決断に覚悟がありました。

思ったのはサービスが先で利益は後という考え方は、現在でも Google や Facebook、ツイッターなども同じだということです。

Facebook は上場を果たしたので、今後はこれまでより短期スパンでの収益性が厳しく問われるようになると思いますが、フェイスブック、特に CEO のザッカーバーグが立上げ期から一貫して利用者のユーザー体験を重視してきたのは有名です。

2012年の現時点で未だにモバイルアプリには広告表示はありません (上場後の株価下落はこれに対するネガティブな見方も一因のようです) 。

戦略とは持続的な利益のために他といかに違いをつくることだと理解しています。

「サービスが先、利益が後」 という考え方は一見すると矛盾しますが、長期スパンで考えると損益分岐点を超えた後は利益がもたらされる、そのためにどうすればいいかを徹底的に考えたのが小倉でした。


最後に


1975年の宅急便のサービス開始当時、初年度のヤマトの実績は170万個でした。一方の郵便小包は1億7880万でした。

今では宅急便は年間10億個を超える取り扱い規模です。クロネコヤマトの名で親しまれるそのサービスは、今日も日本全国でセールスドライバーがトラックを走らせて利用者に届けているのです。




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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にて 「シニア マーケティングリサーチ マネージャー」 (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝1時間のランニング。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。