#マーケティング #地政学と経済安全保障 #インサイトとフォーサイト
不確実性の高い領域においてこそ、インサイト (深い洞察) とフォーサイト (将来への見通し・アクションプラン) が欠かせません。
今回は、地政学と経済安全保障をテーマに、データを起点に 「事象 → インサイト → フォーサイト」 へと展開し、実践に役立つ考え方とアクションの導き方を解説します。
経済安全保障のビジネスへの影響
ここ数年のビジネス環境は、地政学リスクや経済安全保障上の懸念によって大きく揺らいでいます。
顕在化する地政学・経済安全保障へのリスク例
ロシアによるウクライナ侵攻、米中間の技術覇権争い、サプライチェーンの脆弱性、各国の規制強化――。こうした動きは、もはや他人事ではありません。
- 米国による対中半導体規制 (デカップリング)
- ロシアによるウクライナ軍事侵攻
- 台湾有事リスク
- 欧州の気候変動規制 (環境を名目とした経済措置)
- トランプ政権による関税引き上げと報復合戦
ビジネスにも影響を与えます。国際政治と経済が複雑に絡み合い、企業活動が外部環境の影響を直接的に受けるからです。
従来の延長線上にあるリスク管理だけでは対応しきれず、企業戦略そのものを見直すことが求められます。
3つのメガトレンド
2025年現在、世界を動かす大きな潮流として3つのメガトレンドがあります (参考: ビジネスと地政学・経済安全保障 - 「教養」 から実践で使える 「戦略思考」 へ (羽生田慶介) ) 。
- 分断: ブロック化やデカップリングの進行
- 動揺: 国際秩序の不安定化
- 衝突: 経済・軍事両面での衝突リスク (不確実性) の増大
これらのメガトレンドが、サプライチェーン再編、各国の内政不安、同盟関係の変化、軍事衝突や経済制裁の発動など、国や企業に影響を与えうるのです。
主要原材料を特定の国に依存しているが、その国と政治的な対立が起こったら自社のビジネスはどうなるか?
自社サーバーへのサイバー攻撃が発生したら、従業員が海外出張で不当に拘束されないためにはどうすればいいか?
これらは平時から検討しておきたい論点です。
経済安全保障への企業の対応
自社にどのような地政学・経済安全保障リスクが潜んでいるのかについて、自社の事業領域を主語にしてあらかじめ精査し、現実的に起こりそうならすみやかに対策する必要があります。
パラダイムシフトの自分ごと化が必要
突きつけられるのは、地政学・経済安保のリスクが、これまで日本企業が得意としてきた現場力やカイゼンではもはや対応しきれない、次元の異なる全く新しい性質の経営課題であるという現実です。
自由貿易が絶対視された時代は終わり、権威主義や保護主義、国家間のパワーバランスがビジネスを大きく左右する時代になりました。
こうした変化が 「会社にとって何を意味するのか」 「自分の仕事にどう影響するのか」 という自分ごと化が否応なく促されます。
過去の成功体験にとらわれず、現在進行で進んでいる外部環境の変化を前提とした戦略へと舵を切る 「ビジネス環境認識のパラダイムシフト」 が求められます。
コストとリスクへの認識転換
経済安全保障リスクへの対応コストを受け入れるという認識転換も重要です。
従来のコスト削減至上主義だけでは、サプライチェーンの突然の寸断といった自社にとって致命的なリスクを増大させることになりかねません。
安定供給の確保や技術流出防止のためには、たとえコストが増加しても今から戦略的に投資し、事業の持続可能性とレジリエンス (回復力・しなやかさ) を高めることが不可欠です。
短期的な効率性やコスト低減だけでなく、長期的なリスク管理と事業継続を重視し、そのための投資は惜しまないという考え方への転換が必要です。
顧客から 「選ばれる理由」 の変化
特に BtoB ビジネスにおいては、顧客がサプライヤーを選ぶ基準が変化している点も見逃せません。
QCD (品質・コスト・納期) において、D の Deliverly に直結する地政学リスクや経済安全保障への対応によるプライチェーンの強靭性や安定供給能力の向上が、取引先から自社が 「選ばれる理由」 として急速にクローズアップされています。
経済安全保障への備えが不十分だと見なされれば、いくら技術力や価格競争力があっても、取引先の候補から外され、競争の土俵にすら上がれない可能性すらあるわけです。
経済安保へのリスク対応が 「守り」 だけではなく、顧客からの信頼獲得や事業機会の確保に直結する 「攻め」 の要素でもあるのです。
「インサイト」 と 「フォーサイト」 で読み解く経済安全保障
地政学や経済安全保障は、
- データや情報、観察を通じて得られる対象への深い理解や洞察である 「インサイト」
- 先を見ることである 「フォーサイト」
という、インサイトとフォーサイトの2つの概念で捉えることにより、より具体的にビジネスの現場で活用できます。
では、インサイトから順番に見ていきましょう。
経済安全保障におけるインサイト
インサイトとは 「データや情報、観察を通じて得られる対象への深い理解や洞察のこと」 を指します。
英語では Insight と書き、In (内) と sight (見る) の組み合わせで、内側へ掘り下げるイメージです。
マーケティングでよく出てくる顧客インサイトは、お客さんの購買行動の背後にある心理や本音を明らかにすることを指します。経済安全保障においては、インサイトは企業活動を脅かすリスクの根源を深く理解することに当てはまります。
例えば、地政学リスクの高まりという事象に対し、なぜ特定地域への依存度が高いサプライチェーンが脆弱なのか、なぜ先端技術の海外流出が問題なのか、といった原因を深く掘り下げていきます。
経済安全保障におけるフォーサイト
インサイトと対になる概念が 「フォーサイト」 です。
フォーサイト (Foresight) は、先を見通すことを意味します。インサイトで得られた深い理解をもとに将来起こりうる事態を予測し、対応策を検討することを指します。
フォーサイトとインサイトを比べると、後者のインサイトが過去から現在への理解を深めるのに対し、フォーサイトは現在から未来への展望を描くことです。
マーケティングの文脈でのフォーサイトは、お客さんのインサイトにもとづいたブランドコンセプトの立案、マーケティング戦略の策定、各種施策のプランニングなどが該当します。
経済安全保障の文脈では、地政学リスクが深刻化した場合、サプライチェーンの混乱はどのように広がるのか、先端技術の流出は将来的にどのような競争力の低下を招くのかといった予測がフォーサイトです。予測にもとづき、「サプライチェーンの多角化」 「技術開発の内製化」 といった具体的なアクションプランを策定することが、フォーサイトにおける重要なテーマとなります。
インサイトからフォーサイトへの展開
ここまでインサイトとフォーサイトを見てきましたが、全体像をより広げると、次の流れで捉えることになります。
- 事象 (ファクト) : 例えばロシアによるウクライナ侵攻、米中間の技術覇権争い、サプライチェーンの脆弱性、各国の規制強化など、実際に起きている出来事を把握する
- インサイト: 事象の背景にある原因を分析。具体的には、ウクライナ侵攻の背景にはロシアの地政学的・政治的な思惑、米中対立の背景には経済的な優位性を維持したいという意図、サプライチェーンの脆弱性の背景には特定地域への依存など
- フォーサイト: インサイトで得られた原因分析をもとに、将来起こりうる事態を予測し、具体的な対応策を検討する。例えば、ウクライナ侵攻が長期化した場合のエネルギー価格高騰リスク、米中対立が激化した場合の輸出規制リスク、サプライチェーンの脆弱性に対する代替調達先の確保など
データからインサイトとフォーサイトに行き着くために
では最後のパートでは、インサイトとフォーサイトにどうすれば行き着けるかを考えてみます。
インサイトとフォーサイトの認識ギャップ
データ分析でよく起こるのは、分析者と依頼者 (受け手) の認識のズレです。
事象、インサイト、フォーサイトにおいて、データ分析者は 「事象」 への正確さや、広さと深さを追求しがちです。事象を整理できれば、ともすると分析をやり切ったと終えてしまいます。
しかしこれは、いわば分析者の自己満足に浸ってしまっている状態です。というのは、経営層や事業部門、意思決定者が分析に求めるのは、現状分析にとどまらず、将来予測と具体的な打ち手までだからです。
すなわち、事象を出すだけにとどまらず、なぜその事象が起こったのかの 「インサイト」 、そして、ではどうすればいいかの打ち手となる 「フォーサイト」 までを知りたいわけです。もちろん 100% 正しいという見解ではなく、仮説でもいいので 「次はこうすべき」 までへの期待です。
ここに分析者と依頼者の認識ギャップが起こります。
フォーサイトを導き出す方法
フォーサイトを導き出すためには、インサイトで得られた分析結果を 「So what? (だから何 / 要するにどういうことか?) 」 という問いで深掘りすることが有効です。
例えば、サプライチェーンの特定地域への依存度が高いというインサイトに対し 「So what?」 と問いかけることで、「依存先の政治情勢が不安定になった場合、調達が滞るかもしれない」 というリスクの種が見つかります。
さらに 「So what?」 を繰り返すことにより、代替調達先の確保、国内生産への切り替えといった具体的なアクションプランへとつなげることができるでしょう。
フォーサイトの検証と真実の探求
フォーサイトは未来予測であるため、100% の正しさは保証されません。重要なのは提示したフォーサイトを検証し、その精度を高めていくことです。
将来の出来事に対する予測と、実際の結果を照らし合わせ、予測の精度を高めるという PDCA サイクルを回すことが、より精度の高いフォーサイトを導き出せます。
まとめ
今回は、地政学や経済安全保障について 「インサイト」 と 「フォーサイト」 という切り口で考察をしました。
最後にポイントをまとめておきます。
- インサイトは 「なぜ起きたのか」 の深掘り。データや情報、観察を通じてその事象がなぜ起こったのかという根本原因を深く理解する
- フォーサイトは 「ではどうすべきか」 の展望。インサイトで得られた深い理解をもとに、将来起こりうる事態を予測し、対する具体的な対応策や行動プランを検討する
- 「So what?」 で深掘りする。インサイトで得た分析結果に 「だから何?」 と問いかけを繰り返すことで、具体的なアクションプランまで導き出せる
- 事象・インサイト・フォーサイトの流れ。何が起きているか (事象) を客観的に捉え、背景にあるインサイトを掘り下げる。次にどうすべきかというフォーサイトから未来への提言につなげる
- 予測の検証と真実の探求を続ける。フォーサイトは未来予測であり、精度を高めるためには、提示したフォーサイトを実際に検証し、何が合っていて何が見誤っていたかを振り返る PDCA サイクルを回し続ける
マーケティングレターのご紹介
マーケティングのニュースレターを配信しています。
気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。
マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。
ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます)。
こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!
