2012/11/10

Suicaが実現した「未来の当たり前」

イノベーションとは何か?

自分の中の定義は「現在はない、未来の当たり前をつくること」だと思っています。現時点やその時にはないものでも、イノベーションを起こす人には見えている「未来」や「あるべき姿」、かつ人々はまだ気づいていないことを実現する。そんなイメージです。

ここ10年ちょっとくらいで人々の「当たり前」になったものに、IC乗車カードのSuicaがあります。首都圏の朝の通勤時間帯ではおそらくほぼ100%に近い人がICカードであるスイカもしくはパスモを使って改札機を通っています。

ピッ、ピッ、と通勤客が滞りなく改札機を通過する当たり前になった通勤ラッシュの風景。でもほんの10年くらい前は磁気式の定期券を改札機に入れることが普通でした。今回のエントリーでは、ちょっと前に読んだ「Suicaが世界を変える JR東日本が起こす生活革命」から、スイカの開発秘話をご紹介したいと思います。

■Why:なぜスイカは開発されたのか?

そもそも、なぜスイカは生まれたのか。開発背景は大きく2つありました。

スイカをJR東日本の経営を支える新たな柱にする必要があった:1つ目が当時のJR東日本にとって鉄道以外のビジネスチャンスをつくらなければいけない状況にありました。90年代から利用客数伸び悩む状況にあり、将来的にも人口が伸びない・少子高齢化により客数増加は期待できない。客数停滞に歯止めをかけどう利益を上げるかという鉄道事業会社としては根本的な構造問題です。鉄道と相乗効果により新たな収益源が期待できるICカードのスイカだったのです。

「改札機や券売機は本当に便利なのだろうか?」という疑問:開発背景2つ目。スイカが導入される前はほぼ全ての客が、切符や定期券を改札機に入れる⇒改札機が切符/定期を読み取る⇒客が改札機を通過する、という流れでした。ここで問題になるのが、切符や定期を一度改札機内部を通過させることでどうしても内部で詰まったり、時には自分の切符ではなく前の人の切符が出るという「ズレ」が発生することでした。切符が客の手を離れることで生じる仕組みの問題です。これが起こるとその度に駅員が対応しないといけないし、定期的な改札機内のメンテコスト負担も莫大だったそうです。こうした状況を著者の椎橋氏は「切符がよく詰まる改札機や、切符をいちいち券売機で買わなくてはならないことは、お客さまにとって果たして便利なのだろうか」という思いを抱きます。

■海外に行くと気付く日本の鉄道の特殊事業

海外旅行とかで電車を利用するとあらためて思うのが、日本との改札機の違いです。写真のような感じでスムーズに通りにくい。設計思想として切符がない無賃などの不正乗車を防ぐことを優先している印象です。人の通りやすさは二の次という感じ。あと海外には改札機のどちらの方向からでも出入りできるのがあまり見かけないような気がします。

この違いに日本の鉄道事情が見て取れます。日本の改札機では重要視している点は切符やICカード処理の正確性と何よりスピードだと思います。いかに乗客をスムーズに通貨させるか。

他にも海外との違いで感じるのは、特に首都圏ではJR以外にも各私鉄や地下鉄が多く存在し相互乗り入れなど複雑な運行、従って運賃体系も細かく複雑、朝の通勤ラッシュによる激しい混雑、時刻ダイヤ通りの正確すぎるほどの運行、等々。これら日本特有の鉄道事情はスイカ開発のハードルの高さにそのままつながったと椎橋氏は言います。

■How:スイカはどのように開発されたのか?

スイカのには5つの開発コンセプトがありました。
  1. サービスアップ:切符や定期を改札機に入れることなく通れること。いちいち切符を自券売機で買わなくてもいいこと、乗り越し時に精算のわずらわしさをなくすこと。定期券を紛失しても再発行できること。
  2. システムチェンジ:切符の詰まりのトラブルを減らし、改札機の保守業務を減らすこと。切符を買わないことで駅のキャッシュレス化とチケットレス化から駅業務のシステムを変える
  3. コストダウン:改札機のメンテ/保守コスト削減、券売機の台数減。ICカード専用改札機導入によるコスト減
  4. セキュリティアップ:キセル行為や偽造カード等による不正乗車の防止
  5. ニュービジネス:スイカというICカードにより新しいサービスや事業展開の可能性
1点目のサービスアップで顧客の利便性向上を目指しつつ、JR東の内部に抱えていた問題を解決する(2~4点目)、その上で5点目で「新しい事業の柱に」という位置づけです。

コンセプトが固まり、社内でも経営陣による開発GOが出ますが、その後の開発プロセスは苦難の連続だったことがうかがえます。こういう「今まで世の中にないもの」をゼロから生み出す新規事業開発というのは本当に難しいと思います。私自身も自分の仕事が新規事業開発にあたりますが、とにかく予想外の問題が次々に発生するもの。起こるエラーが予想できる内容ならいいほうで、想定外の問題が「このタイミングで起こるのか」という状況で起こります。スイカの開発プロセスの部分はうなづける内容が多くありました。「そうそう、問題ってこうも次から次に起こるんだよな」と。

1つ具体例を挙げておきます。スイカの特徴はネットワーク化とID管理システムにあります。スイカではシステム構造が3層になっていて、①センターサーバー、②駅のサーバー、③端末(改札機)。3つが独立で稼働しつつ、ネットワークでつながっている仕組みで専門的には自律分散システムと呼ぶそう。メリットは例えば万が一、ネットワークが切断したりサーバーがダウンしても3日間は端末だけで改札機の機能が使えること。最低限のインフラ機能は提供できます。

ただし、ネットワーク化はもろ刃の剣でもあり、開発のハードルを間違いなく上げました。これがスイカ開発の各テストを進めていく中で判明します。テストの初期段階ではなるべくシンプルなテスト環境をつくるのですが(スタンドアローン)、この段階では問題が露呈しなくてもネットワーク化を再現したテスト環境では途端に多くの問題が出てくる。それを解決しても、一般公募モニターに協力してもらったフィールドテストではまた新たな問題が発生する。机上の議論/シュミレーションでは万全のはずが、実際の現場テストでは思ってもみない問題が次々起こるものなんですよね。よくわかります。

■What:スイカは何を変えたのか?

2001年11月18日(日)。この日がスイカが導入された日です。その後、スイカはJR東日本だけではなく、JR西日本やJR東海などのJR各社でICカードの相互利用を開始しただけではなく、2007年からは首都圏の各私鉄およびバスでも連携を実現しました。

1枚のカードが乗るたびの切符を買ったり、清算も不要。同じカードが定期にもなるし乗車切符にもなる。これがJRだけではなく各私鉄やバスでも使えるという利便性はあらためて考えると公共交通を変えた存在だと思います。

またスイカにチャージされたお金が電子マネーとしても利用できることも便利です。(あまり利用しないですが)朝の売店の購買はスイカなどの電子マネーが普通に使われることでかなりスムーズになったはず。駅ナカだけではなく、町のコンビニ等でも使えるスイカ。スイカは鉄道の利便性を変えただけではなく、社会を変えました。何より、一部の人たちしか使わないのではなく、普通の人たちが普通に使えるツールにしたこと。冒頭で書いた「未来の当たり前をつくること」というイノベーションそのものです。ちなみに、スイカの普及状況はこんな感じです。


出所:おかげさまでSuicaは 10 周年を迎えます|JR東日本


■これからのスイカに期待すること

Before/Afterで便利になったスイカですが、それでもまだ改善の余地は残っていると感じます。例えばチャージ機能。現状では追加は1回では1万円までという入金額の上限があり、残高が不足する度に券売機や精算機でチャージが必要です。もちろんスイカ機能のあるクレジットカードを持つなどの対策もあるのですが。せっかくID機能を持っているわけで、スイカの考え方は事前にチャージした金額を使うというプリペイド方式ですが、使った分をまとめて請求される携帯電話などと同じポストペイ方式のほうが便利なのでは、と思います。

もっとその先には、スイカに実現してほしいのはそもそもの改札機自体をなくすこと。改札機があることで、駅では必ず人は改札を通る必要があります。駅を利用する度に改札機を通るという設計なので、改札機がボトルネックになっていると感じます。人の動線は自由度が制限されてしまっている。切符を毎回買って改札機に入れる、という当時の当たり前を変えたスイカ。これからも社会インフラという使命を果たしつつ、さらに進化を遂げるという2つの難しさを実現してほしいです。

★  ★  ★

と、言ってみたものの・・、改札機がなくなった時、前提として乗客の誰もが乗車を認識できる何かしらのIDシステムが必要になります。一方で、今後日本は外国人を観光に誘致し経済を活性化するという方向性も大事だと思うわけで、海外から日本にやってきた旅行者のことを考えると改札機を全てなくす、というのは難しいかも。


※参考情報

Suica|JR東日本
Suica|Wikipedia
おかげさまでSuicaは 10 周年を迎えます|JR東日本


Suicaが世界を変える JR東日本が起こす生活革命
椎橋 章夫
東京新聞出版局
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