#マーケティング #状況とジョブ #ワーカー
今回は、空港で活躍が期待されるパナソニックの移動型の無人販売ロボットである 「PIMTO (ピムト) 」 の事例を取り上げます。
この事例からは、お客さんの 「片付けたい用事 (ジョブ) 」 を解決する 「ジョブ理論」 に学びがあります。
お客さんが本当に解決したいジョブとは何か、そしてビジネスにどう活かせるのか。その秘訣を紐解きます。
パナソニックの移動型無人販売ロボット 「PIMTO」
パナソニックホールディングスの 「PIMTO (ピムト) 」 は、移動型無人販売ロボットです。
待機型の販売機ではなく、人の多い場所にロボットが自ら移動しながら、無人販売を行う新しいタイプのモビリティ型販売機です。
パナソニックホールディングスは、2025年3月21日から30日にかけて、成田空港第1ターミナルの出国手続き後エリアで PIMTO を使った実証実験を行いました (リリース) 。
使用中のゲートからゲートへと無人販売ロボットを移動させながら、成田空港から出発する旅行客向けに土産物を販売するという試みでした。
空港の出発ゲートは、時間によって使われたり使われなかったりすることもあるため、1日のうちに滞在人数が変化します。また、季節によって訪れる人の数が増減する観光地のような場所もあります。
こうした安定的な売上が見込めない空港内のエリアでは、施設側は店舗の設置などの投資をしにくく、販売者も集まりにくいという問題がありました。
ここにパナソニックの移動型無人販売ロボットの PIMTO が活用されました。バッテリーを搭載しているので、電源がない場所でも営業ができます。無人販売のため人件費を抑えられるというのも人手不足がある中ではメリットです。
成田空港で行われた実証実験では1日平均約3万円を売り上げ (参考情報) 、人手不足や設置コストの課題を抱える空港・観光地に新しい選択肢を示しました。
では、PIMTO の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
PIMTO のことを 「ジョブ理論」 に当てはめるとマーケティングへの学びが得られます。
ジョブ理論
ジョブ理論は消費者や顧客の 「ジョブ」 に焦点を当てるマーケティング理論のひとつです。
ジョブとは
ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。
ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。
ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか・より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。
商品・サービスはジョブを完了させる 「ワーカー」
ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために 「雇うもの」 ととらえることにあります。お客さんが商品を働き手である 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。
お客さんが商品を買って期待するのは進歩であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。
PIMTO とジョブ
では、PIMTO の事例にジョブ理論を当てはめて考えてみましょう。
PIMTO が捉えた顧客の状況とジョブ
移動型無人販売ロボット PIMTO は、主に以下のような顧客の 「特定の状況で遂げたい進歩 (ジョブ) 」 を解決するワーカーとして機能します。
施設運営者 (空港)
空港の出発ゲートは、時間帯や季節によって人の流れが変動する場所です。
空港という施設運営者の置かれた状況は、常設店舗の設置や有人販売は採算が合わないという問題を抱えていることです。また、顧客満足度向上のために多様なサービスを提供したいものの、スペースやコストの制約があるという状況もあります。
こうした状況下において遂げたい進歩 (ジョブ) は、次のようなものです。
- 人の流れに合わせて販売機会を最適化し、収益を最大化する
- 店舗設置の初期投資や固定費を抑えつつ、新たな収益源を確保する
- 顧客満足度を高める新しいサービスを提供し、施設の魅力を向上させる
- 人手不足に対応できる効率的な販売方法を導入する
商品販売者
次に商品販売者の状況とジョブです。
置かれた状況は、魅力的な商品を持っていても、最適な販売場所やターゲット顧客にリーチする手段が限られていることです。他には特にニッチな商品や新しい商品は、既存の流通チャネルに乗りづらいというのもあるでしょう。
この状況で生じるジョブは、
- 人件費をかけずに商品を販売できる新しいチャネルを開拓する
- 新たな顧客層に自社商品を見つけてもらい、販売機会を増やす
- 人の集まる場所で、テストマーケティングやプロモーションを行う
旅行客 (空港利用者)
もうひとつ、旅行客も PIMTO は関係します。
状況は、空港の出発ゲート付近では、搭乗までの待ち時間があるものの、自由に動ける範囲や時間は限られていることです。お土産を買い忘れたり、小腹が空いたり、急に何かが必要になることがあるかもしれません。
また、ありきたりな商品ではなく、何か珍しいもの、おもしろいものに出会いたいという潜在的な欲求も持っていることでしょう。
こうした状況における旅行客のジョブは以下です。
- 限られた時間と場所で、効率的かつ楽しく買い物を済ませる
- 手荷物を増やさずに、搭乗直前やゲート近くで必要なものを手に入れる
- 旅の記念や話のタネになるような、ユニークで魅力的な商品に出会う
- 待ち時間を退屈せずに、ちょっとしたエンタメやイベント体験として楽しむ
既存の方法やサービス (競合となるワーカー) の限界
PIMTO 以外のワーカーたち (既存の購買方法や施設運営方法) では、ここまで見たジョブを十分に片付けられない、あるいは非効率な側面がありました。
- 空港内の固定店舗: 場所が固定されているため、利用者が少ない時間帯やゲートでは販売機会を逃す。人件費や賃料などの固定費もかかる。品揃えが画一的になると、「ユニークな商品との出会い」 というジョブには応えにくい
- 一般的な自動販売機: 移動ができないので、設置場所の人の流れに左右される。販売できる商品の種類やサイズに限りがあり、エンタメ要素のある購買体験も生まれにくい
- 有人ワゴン販売: 人件費がかかる。販売員のスキルによって売上が変動する。長時間の運用が難しい
- オンラインストアや EC サイト: 空港のような 「今すぐ欲しい」 や 「ついでに買いたい」 というニーズがある状況には不向き。偶然の出会いや衝動買いの機会は少ない
これらの既存のワーカーは、変動する人の流れに合わせた効率的な販売、人手不足への対応、ユニークな購買体験の提供といった、複数のジョブを同時かつ最適に解決するには限界がありました。
PIMTO が最適なワーカーになれる要素
そこで登場するのが移動型無人販売ロボットの PIMTO です。
PIMTO は既存ワーカーの限界を克服し、それぞれのお客さんのジョブをよりうまく片付けるために、次のような特徴を備えた最適なワーカーになろうとしています。
1つ目の PIMOT のワーカーとしての魅力は 「移動性による販売機会の最適化」 です。
PIMOT には、人を待つのではなく、人が多い場所に移動しながら商品を無人で販売することができるという特徴があります。空港の出発ゲートの変動など人の流れに合わせて最適な場所で販売活動を行えるので、施設運営者や商品販売者は販売機会を最大化できます。
2つ目の PIMOT の魅力は、無人販売と省人化への貢献です。
PIMOT は無人販売のため人件費を抑えられるので、人手不足が進行する状況においてメリットとなります。施設運営者や商品販売者のコスト削減と効率化というジョブ (進歩) に応えます。
3つ目の PIMTO が最適なワーカーになれる要素は 「ユニークな商品提供と購買体験」 です。
成田空港内で販売していないアイテムをそろえたことや、十字キーで商品を選ぶなど、購買体験にもゲーム的な要素も取り入れたことにより、PIMOT の利用者はユニークな商品との出会いや楽しい購買体験というジョブを達成できます。
4つ目のポイントは 「データ活用による継続的な改善」 もあります。
PIMTO の販売データを解析することによって、商品販売者や施設運営者はどんな商品をどのようなローテーションで売るかなど、販売戦略立案や販売商品開発の支援が受けられます。消費者ニーズに合った商品提供や販売の最適化につなげられ、PIMOT は効果的にジョブを解決し続けるワーカーとなることが期待できます。
5つ目として、もうひとつ PIMOT の魅力に加えたいのが 「多言語対応」 です。
PIMOT の本体側面には、様々な言語で営業中であることを表示しました。多様な国籍の空港利用者がサービスを認識しやすくなり、言語の壁を感じさせない購買体験を提供します。
ジョブ理論を活用するための示唆
PIMTO の事例は、ジョブ理論をビジネスに活用する上で示唆を与えてくれます。
状況 (顧客文脈) の理解
ジョブを捉えるためには、ジョブがどのような 「状況」 で生じているかを理解することが大事です。状況という原因があってジョブという結果が表れるという因果関係です。
お客さんが心から雇用したいと思い、しかも繰り返し雇用したくなる働き手である 「ワーカー」 となるためには、お客さんの片づけるべき 「ジョブの文脈」 までの深い理解が、雇われるかどうかのカギを握ります。
ビジネスでは、誰が顧客かを決め、そのお客さんの 「置かれた状況」 「その状況下で生じているニーズ」 「既存の商品や方法では解消されていない未充足ニーズ」 を理解することが大切です。
ジョブ起点のマーケティングを
顧客文脈までを解像度高く理解することで、お客さんが求める便益を提供できる商品開発、便益を顧客文脈に沿ったマーケティングに結びつけられます。
ジョブ理論を取り入れることによって、企業は自社の商品やサービスが実際にどのような 「ワーカー」 として機能しているかを、より具体的かつ多面的に理解することができるのです。
市場全体を漠然と捉えるのではなく、お客さんの個別の状況とジョブに焦点を当てることで、より精度の高いマーケティング活動になります。
PIMTO の事例は、お客さんが抱える様々な 「ジョブ」 に着目し、ジョブを遂げる最適な 「ワーカー」 として自らの役割を果たすという観点で示唆があります。
まとめ
今回は、パナソニックの移動型無人販売ロボット 「PIMTO」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ジョブとは 「特定の状況で人が遂げたい進歩」 。その置かれた状況において達成したい目的や解決したい問題のことを指す
- 商品やサービスはジョブのための 「ワーカー」 。顧客はジョブを完了させるために商品を働き手として雇い、期待するのは商品そのものではなく状況が進歩すること
- ジョブ理論では顧客の状況と文脈を深く理解することが重要。ジョブがどのような状況で生じているかの因果関係を把握し、既存のワーカーや解決方法では満たされていない未充足ニーズを見つける
- ジョブ理論を起点にすれば、お客さん一人ひとりの状況とジョブに焦点を当てられる。商品開発や改善、マーケティングにおいてお客さんの目線になった活動を貫くことができる
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