2013/04/07

刺激と反応の間には「選択の自由」がある

「7つの習慣」という自己啓発の超定番とも言える本で、もしかしたら一番印象に残っている考え方がこれです。「刺激に対して自分の反応は選択できる」

何かが自分に起こったという刺激に対して、自分の感情反応は1つではない。刺激⇒選択⇒反応とあって、刺激と反応の間には「選択の自由」を持っている、という考え方です。

■ 刺激と反応の間には選択の自由がある

わかりやすい例として、発車間際の電車に乗ろうとして目の前でドアが閉まり乗り損ねたとします。このシーンでどう思うでしょうか?

1つの感情は「今日はついてないな」とマイナスの反応で考えてしまうこと。乗り遅れた⇒運が悪い、という気持ちになるかもしれません。

別の感情として、「次の電車はすぐ来るし、発車間際の電車より空いているかもしれない。待ち時間も有効に使おう。乗り遅れても数分の差で大したことない」と考えてみるとどうでしょうか。起こってしまったことに対して前向きな反応になっています。

このように、電車に乗り遅れたという出来事(刺激)に対して、自分がどういう気持ちを持つか(反応)には選択肢があるのです。だから、どうせ選ぶなら意識してポジティブな反応をしてみる。これって1つ1つは小さなことでも、積み重なると大きいと思っています。

「7つの習慣」に教えられたのは、「自分の身に何が起こるかではなく、それにどう反応するかが重要」という考え方。刺激に対して自分の反応は選べる、選択の自由があるのです。

■ 失ったもの・得られたもの

水が満杯に入ったコップをもらえるはずが、もらう前に水がこぼれてしまいもらった時には半分になっていたとします。これに対してどう思うか。

失われた水にフォーカスしてしまうと、半分を失ってしまったという気持ちになります。一方で注目するのを残っている水にすれば、「まだ半分残っている」という考え方もできます。つまり、失ったものを見るのか、手に入ったものに着目するのかという選択。

よく投資の話で出てくるのが、プロスペクト理論です。同じ金額でも、得られた喜びよりも失ったショックのほうが大きいという心理です。1万円を得した喜びよりも、1万円損したショックの方が大きいという。ショックのほうが2倍大きいとのこと。

さっきのコップと水の話をお金に変えてみると、100万円もらえると思っていたのが、実際にもらえたのが50万円というケース。プロスペクト理論を当てはめると、手元にある50万円よりも、もらえなかった50万円に対する損したショックが大きいことになります。100万もらえるはずだったのに、50万減らされた・・、という気持ち。

■ 主体性を発揮する

これは人間の持つ、ある意味で本性なのかもしれません。でも、だからこそ、「刺激と反応の間には選択の自由がある」を意識したい。失ったものではなく、実際に得られたものを大事にする。

失ったことが自分の不可抗力であればなおさらです。失われたものが自分にはどうすることもできないのなら、それについてどうこう考えるのではなく、獲得できたものを見失わないようにしたい。

「7つの習慣」にでてくる第1の習慣は、「主体性を発揮する」です。生き方として、自分がコントロールできること・できないこととを区別し、自分のコントロールできること(これを本書では「影響の輪」と表現)に集中しよう、という習慣です。主体性を持つとは、人間として自分の人生に対する責任をとること、自分の行動に対する責任である、と。

主体性を発揮するという第1の習慣は、7つある習慣の中で一番好きな考え方。冒頭でご紹介した「刺激と反応の間には選択の自由がある」という言葉も、第一の習慣の説明にあったものです。

コップと半分の水の例で言うと、半分の水を失ったショックよりも、あえて残っている(得られた)水の喜びを選択したい。もっと言うと、残っている水をどう使うかに考えることに集中したい。すぐにおいしく飲むのか、残しておくのか、花に水をやる時に使うのか。これができた時、第1の習慣が実践できているのではないかなと思っています。


You can't control the wind but you can adjust your sails.

風向きは変えられないが、帆の向きは変えられる。





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