2010/12/05

「時は金なり」 ではない




ドイツの作家ミヒャエル・エンデ (1929-1995年) の名作の1つに 「モモ」 があります。

話を聞き人々を幸せな気持ちにすることができる不思議な少女モモと、モモたちに忍び寄る時間どろぼうの男たちが描かれた物語です。

この本は小学生の時に一度読んだことがあるのですが、ふともう一度読みたくなりました。

本には対象は小学5・6年以上と書かれていますが、なかなか考えさせられる深い本です。あらためて読むと、この物語の主題は 「時間とは何か」 を問うものだと気づかされるからです。


「モモ」 の物語


おもしろかったことの1つに、物語に登場する時間どろぼうたちの存在があります。彼らは 「時間貯蓄銀行」 の行員であり、人々に自分たちの時間を節約するよう推奨します。その営業の仕方は例えば以下の通りです。

  • 人々にこれまでどれだけ自分が時間を無駄にしてきたかを数字で示す
  • その無駄な時間を節約し貯蓄銀行に預けることを提案
  • 貯蓄のメリットとして預けた時間に利子がつく (例: 5年定期で2倍)

やがて町中の大人たちが自分たちの時間を倹約するようになります。

余暇の時間でさえ少しの無駄な時間も使わなくなる、あるいは時間内にできるだけたくさんの娯楽をつめこむためやたらせわしく遊ぶ。お祭りや厳粛な祭典でさえ時間倹約の対象となったり、仕事ではできるだけ短時間にできるだけたくさんの仕事をするようになります。

では時間を倹約した結果、どのようなことが起こったのか。皮肉なことに、自分たちが時間を節約すればするほど、自分たちの生活は殺伐としたものになっていきます。

節約した時間は手元に残らず、追いたてられるようにせかせかと生きているからです。「よい暮らし」 のためと信じて必死で時間を倹約し、見せかけの能率の良さや繁栄とは裏腹に、人々の心の中は貧しくなり都会の光景は砂漠と化していくのです。

そしてこの状況を理解したモモは町の人たちの時間を時間貯蓄銀行から取り戻すために立ち向かいます。


時間節約は目的ではない


時間貯蓄銀行出現後の町の様子は、典型的な現代の大都会を表しています。人々は 「忙しい」 「時間がない」 など思い、そのための時短をアピールする商品やノウハウに関する書籍もよく見かけます。

もちろん、効率化を進め時間を節約する、無駄な時間をかけないことは大切なことです。この点は 「時間貯蓄銀行」 の考え方に同意です。しかし、もっと重要なのは 「何のために時間を節約するか」 を明確にすることです。

例えば、これまで1時間かかったことを30分で終わらすとします。これで残りの30分という時間を節約できたことになります。

この節約した時間を何に使うか、どう使うかの目的がまずあり、時間節約はそのための手段でしかありません。時間節約を決して目的にしてはいけないのです。

「モモ」 で登場する町の人々は目的にしてしまったために、ますます追い立てられるという本末転倒な状況に陥ってしまいました。


時間はストックできないフローなもの


「時は金なり」 という格言があります。お金と時間の違いの1つに、お金はフローでもありストックでもある一方で、時間は完全なフローという性質もあります。お金がフローというのはお金は支払えばなくなっていく (流れる) ことを指していて、一方でお金を例えば銀行に預ければストック (貯める) こともできます。

貯蓄は何のために残しておくかが大事ですが、仮に貯金する時点で明確な貯蓄目標がなかったとしても、必要な時にお金を引き出すことが可能です。

ところが、時間はフローなので、当たり前ですが節約した時間を貯めておいて、後からその分をまとめて使うことはできません。例えば、手元にある100万円は今は不要だから貯金し必要な時に使えます。しかし、1時間暇だから時間を貯蓄し楽しい時間になったらその1時間を使うことはできないのです。

だからこそ、時間節約にはあらかじめ目的を持っておくことが重要になると思っています。


時間とは


そもそも時間とは何なのでしょうか。科学的には 「1秒はセシウム133原子 (133Cs) の基底状態にある二つの超微細準位間の遷移に対応する放射の 9,192,631,770 (約100億) 周期にかかる時間」 と定義されています (参考:Wikipedia) 。

ここで言う時間はもっと主観的なものとしてです。例えば、その時間にどんなことがあったかにより、同じ一時間でもほんの一瞬と思えることもあれば、永遠の長さに感じられることもあります。

1日は24時間あり秒に換算すれば86,400秒です。これは私たち全員が平等に持っているものです。

生きている限り享受でき、自分の時間が止まるということは、それは死を迎えるということで、その意味では時間とは自分の人生と言えます。ちなみに、「モモ」 の物語では、時間とは生きるということそのものだという記述も見られます。

お金と同様に、時間はどう使うかが大事です。ただしお金は使ったとしても稼ぐことで取り戻すことはできますが、時間は不可逆的なものであり使ってしまえば決して取り戻すことはできないのです。であれば使う時間をどう豊かにするか、これが大事です。

最後に、「モモ」 の中で登場するある人物の言葉を引用しておきます。

人間はひとりひとりがそれぞれじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。


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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。