投稿日 2025/08/19

ロッテ 「パイの実」 。売り手の常識は買い手の非常識。ブランドコンセプトを顧客起点で設計する

#マーケティング #ブランドコンセプト #お客さんの立場になる

長年愛されてきたお菓子ブランドが、時代の変化や価格競争の波にのまれ、いつの間にか商品から遠ざかってしまう顧客層が増えてしまう──。

そんな状況を打開しようと、ロッテが発売45周年となる 「パイの実」 でリニューアルに踏み切りました。

今回は、パイの実が具体的にどのようなプロセスを経て新しいブランドコンセプトを導き出したのかを見ていきます。

そして、そこから得られるブランドコンセプトをつくるポイントについて、汎用的に応用できる学びを掘り下げます。

ロッテ 「パイの実」 45周年リニューアル


出典: PR TIMES

ロッテの 「パイの実」 は1979年に誕生したロングセラーブランドです。

リニューアルの背景

パイの実は発売当初から、パイとチョコのハーモニーを特徴として打ち出してきました。

ところが近年、菓子市場の価格競争が激しくなり、スーパーやドラッグストアなどでの特売や割引が当たり前に。パイの実は安いときだけ買うような消費者も見られ、ちょっと贅沢をして食べたい特別感が薄れてしまい、パイの実の売上もじわじわと落ち込んでいました (参考情報) 。

対策として、パイの実が今までに実施していたのがチョコレート部分の改良でした。というのも、ロッテの社内では 「パイの実はチョコレート菓子である」 という認識が当たり前だったからです。

しかし、パイの実の価格の値下げやチョコ部分の味の改良を繰り返しても、次第に成果が出なくなっていきました。そこでロッテは、いま一度パイの実のブランドが持つ本来の価値を問い直し、新たなコンセプトを確立させることが急務となったのです。

ロイヤル顧客インタビューから生まれた気づき

パイの実のブランド活性化を目指すにあたり、ロッテは外部パートナーの助言も受けつつロイヤル顧客 (= パイの実を継続的に購入し続けている顧客) の声を徹底的に拾い上げました。

すると、社内の思惑であった 「パイの実はチョコレート菓子」 とは逆に、ロイヤル顧客が口をそろえて評価していたのは 「パイのサクサク感」 だったのです。

ある人からは 「パイの実を一粒食べるたびに幸福感が積み重なっていく」 という声もありました。競合他社のチョコ菓子が 「一度に甘さを感じたい」 に応える存在なのに対し、パイの実は 「少しずつゆっくり幸せを味わいたい」 という、質的に違う満足感をもたらすお菓子でした。

パイの実は 「パイが主役」 という発想の転換

ロッテでは従来はパイの実をテコ入れするには、チョコレートの強化が正攻法だと考えていました。なので 「パイが主役である」 というパイの実の新たな捉え方は、ロッテにとっては非常識に近いようなものでした。

しかしロイヤル顧客の声を聞くにつれ 「パイ生地がもたらすサクサク感がパイの実では何より大切にされている」 というお客さんの立場からの自社商品の理解を深めました。「パイの実 = チョコ菓子」 から 「パイの実 = サクサクのパイ菓子」 へと、位置付けを変える舵を切ることになったのです。

実現した "史上最高のサクサク食感" 

ロッテの中で、パイの実はチョコ菓子ではなく、パイが主役であるという新しいブランドコンセプトを社内に浸透させるには、相当なエネルギーが必要だったとのことです。

社内からは、急に方針を大きく転換して売上は大丈夫なのか、パイの実はチョコなのにパイだけを打ち出すのは違うのではといった反対意見が出ました。

しかし、パイの実の担当者たちは関係部署をひとつひとつ訪ね、パイの実のファンの生の声やデータを提示しながら熱意を持って伝えていきました。製造工場や研究所と連携して、発売以来ほとんど手を入れてこなかったパイ生地を改良しました。

パイの実のサクサク感を数値化し、アンケートでも検証するなどして 「パイの実史上最高のサクサク食感」 と呼べる新しいパイの実を生み出しました。

リニューアルの成果

こうして2024年9月にリニューアルされたパイの実のパッケージには 「史上最高のサクサク食感!」 というコピーが大きく打ち出されました。


出典: PR TIMES

発売後2ヶ月間の累計出荷実績は前年同期比 121% を記録。SNS 上でも 「本当にサクサク感が増した」 、「チョコレートよりパイ生地が主役なのがわかる」 などの声が見られました。

さらに、パイの実からチョコレートをなくした 「パイのみ」 をオンライン限定で1000セット販売。またたく間に完売し、サイトが一時ダウンするほどの反響を呼びました。

ブランドコンセプト構築のポイント


では、パイの実のリニューアルの事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

売り手の常識は買い手の非常識

ロッテの中にあった 「パイの実 = チョコレート菓子」 という社内認識は、製品カテゴリー上の分類や過去の成功体験から自然に生まれたものだったのでしょう。

けれども実際にパイの実を好きでいてくれるお客さんに話を聞けば、「パイの実のサクサク食感こそが魅力」 、「パイの香ばしさが好き」 といった声がありました。

今回のパイの実の事例が教えてくれるのは、売り手や作り手の当たり前は、必ずしもお客さんの当たり前ではないということです。ときには真逆の感覚を売り手と買い手で持っている可能性すらあります。

顧客目線のブランドコンセプトづくり

ブランドコンセプトとは、消費者やお客さんの頭の中にどういうブランドのイメージを持ってほしいかをひと言でまとめたものです。

だからこそブランドコンセプトは売り手都合のものではなく、買い手が本当に求めているポイントに合わせることにより、コンセプトは共感を生み、お客さんからブランドが選ばれる理由が育まれるわけです。

パイの実がリニューアルで訴求したパイが主役というフレーズも、お客さんへのインタビューを通じて売り手が発見し、洞察を得たからこそお客さんへの説得力が増します。もし従来の売り手目線のままで 「チョコを強化しよう」 とか 「他社にはないフレーバーを入れてみよう」 という社内目線で改良を進めていたら、ここまでの V 字回復にはつながらなかったでしょう。

ブランドコンセプトが明確になると施策に一貫性が生まれる

パイの実のリニューアルでは、ブランドコンセプトが 「パイが主役」 と定めたおかげで、商品開発やマーケティング活動が一本筋の通ったものになりました。

  • 研究所へ働きかけ、パイ生地を徹底改良
  • パッケージでサクサク感を大きく訴求
  • チョコ抜きの 「パイのみ」 を限定発売


これらは、もし 「パイの実をチョコレート菓子としてよりリッチに見せること」 のような今まで通りのままだったら思いつかない内容です。ブランドの方針として 「お客さんにパイの "サクサク感" をこれまで以上に楽しんでもらう」 という軸があるからこそ、全社的に統一された動き方が可能になったわけです。

 「お客さんから選ばれる理由」 こそがブランドコンセプト

ブランドとは本質的には、お客さんからこういう理由で選ばれるというポイントが、お客さんから見て明確になっているシンボルです。

売り手が思う 「何を強みにしているか」 というよりも、買い手であるお客さんが 「なぜ買うのか」 や 「どんな価値を手に入れたいのか」 がブランドコンセプトに入っていることで、初めてそのブランドを選ぶ理由を訴求できます。

往々にして、商品特徴や販売チャネル、広告表現などにおいて作り手目線で進められがちです。しかし、そこにあるのはもしかすると作り手都合のこだわりに過ぎないかもしれません。

実在する消費者がどの部分を一番気に入っているかをお客さんの立場になって知り、顧客価値をさらに磨くことが、長く愛される商品をつくり続けるためのカギになります。

パイの実45周年のリニューアル事例は、パイの実はチョコ菓子というロッテ社内の常識を一度取り払い、パイのサクサク感という顧客視点の価値を突き詰めたからこそ、リニューアルから新鮮な印象を打ち出せ、売上を伸ばすことができたのです。

ブランドコンセプトを顧客目線で定義し、コンセプトを貫く施策を落とし込む。この視点はマーケティングにおいて大切にしたいことです。

まとめ


今回は、ロッテのパイの実を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 自社の常識を疑う。売り手の当たり前と買い手の当たり前は異なることが多いため、自社の前提や常識を時に疑い、顧客の声に耳を傾ける

  • 顧客目線で価値を再定義する。自社視点ではなく、顧客が本当に価値を感じている点を掘り下げる

  • 企業側の伝えたいことではなく、お客さんが 「なぜ選ぶのか?」 を軸にコンセプトを設計する

  • ブランドとは顧客から選ばれる理由を示すシンボル

  • ブランドコンセプトが明確になれば、商品開発からマーケティングまで広告・販売戦略が統一される


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。