2011/06/04

「意思あるところに道あり」 by 長友佑都




「意思あるところに道あり」 。この言葉は、現在セリエ A の強豪インテルミラノに所属する (2011年現在) 、長友佑都選手の好きな言葉です (もともとは出身である東福岡高校の校訓の一つ) 。

長友選手の自叙伝である 日本男児 を読むと、長友選手がなぜこの言葉を好んで使うかがわかります。



「意思あるところに道あり」


長友選手の言う 「意思」 とは、公言している 「世界一のサイドバックになる」 ことだと解釈できます。

どうやって世界一になるか、長友選手の考え方は明確です。世界一のサイドバックという大きな目標から、そこに向かうためのプロセスを逆算し、今日やるべきことに 100% 取り組むことです。

今日やるべきことという小さな目標を目の前に置き、そこに向かって努力を重ねる、長友選手の信念とも言える考え方です。

本人が 「僕から努力をとったら何も残らない」 (p.87) と言うように、本書を読むと 「努力」 というキーワードが頻繁に出てきます。

なぜここまで、時には自分を追い込むように努力できるのか、長友選手の努力を支えているのが向上心です。

自分を成長させたい、そのための課題 (壁) をさらに成長できる糧として歓迎する姿勢、自分が苦しい時こそチャレンジをすることです。本書からは現状に満足することなく、常に自分を成長させようとしている長友選手の姿勢が伝わってきます。

このようなあくなき向上心以外に、もう一つ長友選手の努力を読み解くキーワードが 「成功体験」 です。

一歩一歩前進出来ているという実感、小さな幸せ (成功) を積み重ねること、目の前の目標を達成し自分が成長という前進を実感できるからこそ、次の努力ができます。

「日本男児」 という本では、長友選手のこれまでの半生が書かれています。

努力は裏切らないというこの成功体験は、中学校の体験から始まり、その後の日本大学選抜への選出、U22 日本代表、FC 東京入団、北京五輪代表、W 杯出場、チェゼーナでのセリエ A デビュー、そしてインテルへの移籍と着実なステップアップにつながっています。

冒頭で 「意思あるところに道あり」 と引用しました。世界一のサイドバックになるという強い意思があり、それを成し遂げたいという向上心から常に努力し続けること。それが世界一への道となる。これがこの言葉の意味するものだと思いました。


心に余裕を持つこと


この本の最後のほうで、長友選手はとても印象に残ることを言っています。

それは心に余裕をもつことでした。長友選手はインテルに来てから、心に余裕を持つ大切さがわかったと言います。実はインテルに所属した当初は、心に余裕がなかったそうです。余裕が消えたことで周りが見えなくなり、当然サッカーに影響し、そして生活においてもでした。

インテルのチームメイトであるサネッティやエトーの 「心の大きさ」 を学び、心に余裕を持った状態で練習に取り組みだせた時に迎えたのがキエーボ戦でした。

今までにないくらい心の余裕を感じ、視野が広がり一つ一つのプレーに自信を持って伸び伸びとやれたそうです。結果はチームの 2-1 の勝利に貢献しただけではなく、長友選手は地元紙のマン・オブ・ザ・マッチに選出されます。

長友選手は心の余裕とは、自分の心と向き合い、心と会話し、感情をコントロールすること、つまらないことでイライラしたりカリカリしないことだと言います。

心に余裕を持つためにはサッカーの技術以外にも人として大きくなる必要がある、心を磨く必要があり、今の目標は、意識することなく、自然と感情をコントロールできるようになることとだと書かれています。

長友選手には一日の終わりに必ずやる日課があるそうです。

それが身体を伸ばすストレッチです。ストレッチは、コンディションを確認するとともに、その日一日を振り返り、自分自身を見つめ直す時間です。

冷静に今の自分を確認し、良いことも悪いことからも逃げないこと、心に余裕を持つという重要性を知っているからこその、毎日の日課なのでしょう。

目標を持つ。それを達成したいという向上心。努力を続ける。心に余裕を持つ。

どれ一つとっても簡単なことではないかもしれません。しかし、だからこそ長友選手が伝えたいことであり、実際にインテルで活躍をしている同選手の言葉には重みがあります。



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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。