2016/02/17

データ分析者がプレゼン資料をつくるときに陥りがちな落とし穴と対策




自分がやったデータ分析をプレゼンする場合、データ分析者がプレゼン資料作成で陥りがちな落とし穴があります。

特に、データ分析に多くの時間やエネルギーを使ったときに起こります。データ分析プロセスと結果に思い入れがあるほど、落とし穴にハマってしまいます。

今回のエントリーでは、2つの落とし穴と、どうすれば防げるかを考えます。


1. データ分析プロセスや結果を全部見せてしまう


自分が手間暇をかけて行った分析は、その分だけ思い入れも強くなるものです。

プレゼンという自分のやったことを発表する場では、自分のデータ分析の全てを伝えたい気持ちに駆られます。集計や分析結果だけではなく、途中の分析プロセスも入れ、「自分はこれだけやった」 ことを言いたいのです。

ここに落とし穴があります。

自分はこれだけのデータ分析をやったという見せ方は、あくまで 「自分がどう見せたいか」 です。プレゼンで大事なのは 「相手が何を知りたいか」 です。

往々にして、自分が見せたいことのボリュームは、相手が知りたいことよりも多くなります。

その結果、受け手には情報過多になり理解の妨げになってしまいます。さらには、プレゼン者が達成したかった目的 (例: プレゼンで提案したことに受け手から承認をもらう) に行き着かず、お互いにとって望ましい形で終わらないこともあります。

自分がやったデータ分析のプロセス、作ったグラフや図表、得られた結果や考察の全てをプレゼンに入れる必要があるかは、プレゼン資料を完成させる前にチェックしておくとよいでしょう。

ポイントは、相手が本当に知りたい内容かどうか、プレゼンの目的を達成するために必要な情報かどうかです。

必ずしもそうではない場合は、思い切ってプレゼンスライドから削除する、もしくは付属資料として後ろにまわし、質疑応答などに備えます。最初から提示するのではなく、質問されたとき (= 相手が知りたくなったとき) にだけ見せるとよいです。


2. 各スライドのタイトルの工夫はせずに、グラフなどのチャートのみに注力する


プレゼン資料で、各スライドの一番上に書かれる 「スライドタイトル」 がいかに工夫されているかです。プレゼンを聞く側、もしくはプレゼン資料を見る側として私が意識していることです。

スライドのタイトルに書かれるべきは、そのスライドで言いたいことです。厳密に表現すれば 「スライドに書いてあること」 ではなく 「スライドで言いたいこと」 です。

具体例で説明します。例えばスライドの内容が全く同じでも、タイトルが以下の2つのいずれかであれば、どちらが 「スライドで言いたいこと」 が明確でしょうか。

  • 各ブランドの売上と利益のトレンド推移 (四半期ごと)
  • ブランド A の利益が減少傾向。特に直近の四半期では利益減が顕著であり、対策が必要

上のタイトルがスライドに 「書かれてあること」 、下のタイトルはスライドで 「言いたいこと」 がメッセージとして表現されています。

ここで考えている例では、スライドのタイトル以外の中身 (グラフや数表) は同じです。グラフなどの情報を読めば、プレゼン者が 「言いたいこと」 は理解できるようになっているかもしれません。

しかし、「言いたいこと」 を聞き手がグラフ等から自分で理解しなければいけないのか、それとも、タイトル部分にメッセージとして書かれていて、グラフを見るときにすっと入りやすいのかで、受け手側の印象は違います。

グラフや数表をつくったデータ分析者からすると、見て欲しい気持ちが強いのはそのグラフや図表でしょう。

グラフの見せ方はこだわる一方で、聞き手がまず注目するであろうスライドタイトルへの注力がなされない、結果的に受け手側に自分が言いたいことが伝わらないのは、もったいないです。

グラフ作成と同じか、ときにはそれ以上にスライドタイトルをこだわることが大切です。

スライドタイトルが、そのスライドから本当に言いたいことを表現しているか。各スライドタイトルを並べれば、全体としてプレゼンで言いたかったことがストーリーとして流れているか。そして何より、それは受け手が知りたいことなのかです。

ポイントは、繰り返しになりますが 「自分が言いたいこと」 ではなく 「聞き手が知りたいこと」 です。

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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。