#マーケティング #物流 #店頭実現
どんなに良い製品を開発し、魅力的な広告を打っても、商品がお店の棚になければ、すべての努力が水の泡になってしまいます。
では、どうすればお客さんが 「いつでも買える」 という状態を実現し、マーケティングの成果を最大化することができるのでしょうか?
今回は、グローバル企業の P&G の意外な異業種連携の事例から、見落としがちな 「物流がマーケティングに与える影響」 について、P&G の独自フレームワークから紐解きます。
P&G とタッパーウェア社の連携
かつて、P&G (プロクター・アンド・ギャンブル) はタッパーウェア (Tupperware Brans Corp.) という会社と物流で協務していました (参考情報 / 2013年頃のことです) 。
タッパーウェアはアメリカの企業です (タッパーウェア社は2024年9月に破産手続きを開始している (リリース情報) ) 。
家で料理をして作り過ぎた時に 「タッパーに入れて冷蔵庫に保存しておく」 と、タッパーは一般名詞のように扱われている存在ですが、タッパーウェアとは、キッチンで用いられるあのプラスチック製容器のことで、タッパーウェア社の商標です。ちなみに 「タッパー」 とは、創業者のアール・タッパー氏に由来します。
P&G とタッパーウェアの異業種連携は、両社にもたらしたメリットは大きいものでした。
P&G は液体洗剤など重い製品を扱っており、タッパーウェア社は軽くて容量がかさばるプラスチック容器を扱っていました。そこで両社は、それぞれの弱点を補い合う "混載輸送" に取り組みました。
具体的には同じトラックで、小さいが重い P&G 製品と、軽いがかさばるタッパーウェア製品を同時に載せることによって、トラックの積載効率を格段に向上させたのです。重量制限と容積制限の双方を最適化し、配送コストの削減や CO₂ の排出量削減を実現しました。
では、P&G の事例から学べることを掘り下げていきます。
P&G が優位性を築くマーケティングフレーム
P&G が公開している独自のマーケティングフレームワークがあります (サイトはこちら) 。
P&G のフレームワークは、以下の5つの要素から成り立っています。5つを高い次元で融合させることが、P&G の強さの源泉となっています。
製品 [Product]
消費者が違いを実感できるほど優れた製品をつくることで、市場全体の水準を押し上げる。それが P&G の目指すところです。
ここでいう "製品" には、研究開発やテストを積み重ねるプロセスが含まれ、消費者の課題を的確に捉えることが重要です。
パッケージ [Packaging]
P&G はパッケージを独立した重要要素とみなし、見た目の魅力やブランド価値の伝達に加え、使い勝手や喜びを与えるデザインに力を注いでいます。
パッケージが "店頭での発見" と "使用シーンでの満足度" の両方に働きかけると考え、開封しやすさや注ぎやすさなどの工夫を重視します。パッケージが消費者のリピート購買を促すだけでなく、ブランド体験を向上させるという狙いもあります。
ブランドコミュニケーション [Brand Communication]
広告宣伝や SNS 、店頭 POP など、消費者や顧客との接点でブランドの魅力を伝える活動がブランドコミュニケーションです。
P&G はテレビ CM やオンライン広告で認知度を高めつつ、具体的な製品ベネフィットを伝えることを重視しています。
消費者に “このブランドなら失敗しない” という安心感を与え、カテゴリー自体を牽引するリーダーとしても機能するのが理想的な形です。
店頭販売の実行 [Retail Execution]
適切な店舗網の確保 (配荷) 、販売価格帯、棚割り、売場づくりなどによって、消費者が欲しいときに簡単に手に取れる状態を整えるのが店頭販売の実行です。
オンラインショップでも、商品情報、レビュー、定期購入サービスなどを充実させることで、買いやすさを最大限に高めます。
陳列や売場レイアウトだけの話ではなく、物流や在庫管理など "裏方" の最適化が欠かせません。お店で商品の欠品が続けば消費者は他のブランドに移ってしまい、売上機会を逃してしまいます。
消費者と顧客価値 [Consumer & Customer Value]
最終的に、フレームの要素すべてが顧客価値につながるように設計されているのが P&G のフレームワークの特徴です。消費者 (consumer) だけではなく小売店 (customer) にも、マージンや購買促進、カテゴリーの拡大という明確なメリットをもたらします。
P&G は "Consumer is boss" という言葉を掲げ、メーカーが小売に対して 「消費者の望むものをいかに整備できるか」 を考える立場でもあります。製品開発から広告、物流に至るまで、すべてが消費者体験の向上を目指して展開されているのです。
ではここで、P&G とタッパーウェア社の連携事例に話を戻します。この話は P&G のマーケティングフレームの中の 「店頭販売の実行」 (Retail Execution) につながります。
物流連携がもたらす 「店頭販売の実行」 への効果
P&G とタッパーウェア社の連携は、物流コスト削減にとどまらず、P&G のマーケティングフレームにおける 「店頭販売の実行」 の質を根底から支える重要な取り組みでした。
一見地味に見える物流改善が、いかに店頭での成功につながるのかを詳しく見ていきましょう。
配送の最適化が店頭への安定供給を支える
「店頭販売の実行」 を高いレベルで実現するためには、大前提として 「商品が、欲しい時に、欲しい場所 (お店の棚) に、きちんと存在していること」 が不可欠です。
どんなに優れた製品をつくり、魅力的な広告を打っても、消費者が買いに行った店に商品がなければ、売上にはつながりません。
P&G が対処したい課題は、液体洗剤などの小さいが重い製品をいかに効率的に物流網に載せるかでした。
課題の背景には、トラックの積載スペースには余裕があっても、重量制限によって製品を満載できず、輸送効率が悪化しているという問題がありました。一方、タッパーウェア社は、製品が軽いがかさばるため、重量には余裕があっても容積制限で運ぶ量が限られるという逆の問題を抱えていました。
P&G とタッパーウェアの両社がお互いの製品を同じトラックに一緒に積み込むことによって、積載率を向上させました。輸送コスト削減という直接的なメリットだけでなく、配送の安定化、欠品リスクの低減、店舗オペレーションの円滑化という 「店頭販売の実行」 に不可欠な要素を強化しました。
配送の安定化では、輸送効率の向上により少ないトラック便で、より多くの製品を計画通りに配送することを可能にしました。天候不順や交通渋滞など、不測の事態による配送遅延のリスクを低減させ、店舗への安定した製品供給を実現しました。
安定供給は、店頭での欠品リスクを低減します。欠品は販売機会の損失だけでなく、ブランドに対する消費者からの期待を裏切り、信頼を損なう原因にもなりかねません。物流の最適化は、このリスクを最小限に抑えます。
製品が計画通りに店舗に到着すれば、バックヤードでの受け入れや品出し作業もスムーズに進み店舗オペレーションが円滑にまわります。小売店側も効率的に棚を維持・管理できるため、適切な棚割りや魅力的な売場づくりといった 「店頭販売の実行」 を高いレベルで実現しやすくなります。
消費者が欲しいときに店頭にある状態をつくる
マーケティングには 「フィジカルアベイラビリティ (Physical Availability) 」 という言葉があります。消費者やお客さんが買いたいと思ったときに、物理的に商品を入手しやすい状態を指す概念です。
いくらブランドの 「メンタルアベイラビリティ (Mental Availability: 想起のしやすさ) 」 を高めても、フィジカルのほうの物理的に買えなければ意味がありません。
P&G とタッパーウェア社の連携による物流最適化は、「フィジカルアベイラビリティ」 を高めるための施策です。
安定供給によって欠品を防ぐことは、消費者が購入意欲を持ったその瞬間に、確実に商品を手に取ってもらえる機会を最大化し、売上向上に直接貢献します。
また、ブランド体験も向上させます。「いつ行っても、欲しい商品がちゃんと置いてある」 という状況は、消費者にとって当たり前のようでいて、ブランドに対する安心感や信頼感を醸成する上で大事なことです。
物流が整備され安定した供給体制は、顧客ロイヤルティの維持・向上にもつながります。
表と裏の連動からの店頭販売の実行
店頭での派手な販促キャンペーン、目を引く POP 、工夫された商品陳列などは、店頭販売の実行における "表" の活動です。消費者の購買意欲を刺激し、最終的な購入を後押しするために重要な要素です。
ただし、これらの表の活動が効果を発揮するためには、それを支える裏の活動となる物流整備が不可欠です。P&G とタッパーウェア社の連携は、"裏方" としての表を支える基盤となる役割を果たしました。
物流が安定し、製品が確実に店頭に補充されるからこそ、販促キャンペーンや特売の効果が最大限に発揮できます。もしキャンペーン対象商品が欠品していれば、せっかくの投資が無駄になるだけでなく、来店客の不満を招くことにもなります。
物流という裏の活動が、店頭販売の実行での表の活動と連動し、支え合っていることで、機会が最大化されます。
供給体制とマーケティングをつなげる
P&G は 「店頭販売の実行」 のことを店頭施策だけとは捉えていません。
お店での売場展開を成功させるには、製造から出荷、流通、小売店への納品まで、一連のサプライチェーンがスムーズに連動している必要があります。そのため、タッパーウェア社との協業のように、必要に応じて異業種と手を組むこともいとわない姿勢を見せたのが P&G です。
これにより P&G が得るのは、安定的な供給網の確立だけではありません。マーケティング戦略を柔軟に進められる基盤を構築できます。
例えば 「物流コストが高いからチラシに予算を回せない」 、「倉庫スペースが不足しているから店頭に出せる製品数が限られる」 といったジレンマを起こすことなく、消費者にベストな状態で製品を届ける確率が上がります。
ここまで見てきた取り組みにより、P&G は 「店頭販売の実行」 を強化し、消費者に対して 「いつでも最適な商品を手に取れる」 というフィジカルアベイラビリティを強化しています。
P&G がマーケティング強者である理由は、表の見えやすいマーケティング施策だけではなく裏側も強固につくり上げているからこそです。
「物流を制するものが店頭実現を制する」 という言葉がぴったりきます。
まとめ
今回は、2010年代初頭の P&G とタッパーウェア社の物流での連携を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 効率的な物流は、販売機会の最大化と欠品防止につながる。商品が常に店頭にある状態を維持し、消費者の購入機会損失を防ぐ
- 計画的で安定した製品供給により、小売店の在庫管理や陳列作業などの店頭オペレーションを効率化し、無駄なコストを削減する
- その商品がいつでも買えるという消費者からの安心感は、顧客満足度を高め、ブランドへの信頼を醸成する
- 安定した物流基盤 (裏方) が整うことで、店頭プロモーションや販促キャンペーン (表の施策) の効果を最大限に引き出す
- 物流の最適化はコスト削減だけでなく、マーケティングの柔軟性を高め、企業全体の競争力向上に貢献する
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