投稿日 2025/10/27

九州発のホームセンター 「ハンズマン」 の逆張り戦略。賢者の盲点をつくクリティカルコア

#マーケティング #戦略 #クリティカルコア

多くの企業が効率化や合理化を追求する中で、一見すると 「非効率」 で 「非合理」 な戦略を採用しながら、顧客支持を獲得している企業があります。九州発のホームセンター 「ハンズマン」 もそのひとつです。

その秘密は 「クリティカルコア」 という戦略の核心にあります。競合他社が気づかない、あるいは意図的に避ける要素こそが、実は持続可能な競争優位を生み出す源泉となるのです。

今回は、戦略を貫くクリティカルコアについて掘り下げます。

ホームセンター 「ハンズマン」 



 「あのお店に行けば、何でもある」 

そんな信頼をお客さんから得ているホームセンターがあります。九州を地盤とし、近年関西にも進出しているハンズマンです。

大阪府松原市のハンズマン松原店の園芸用品の売場では、多種多様な商品を使って店内をジャングルのような雰囲気にしています。

出典: 日経

店内に足を踏み入れると、高さ10メートルほどのヤシの木 (125万円) や噴水 (198万円) が目に飛び込んできます。


2500種類の植物や輸入品のオーナメントが並ぶ園芸売場は、まるで南米の熱帯雨林であるアマゾンのようです。床のタイルや壁紙なども含め、内装に使っている資材は全て売り物です。

ハンズマンの取扱品目は20万以上と一般的なホームセンターの3倍です。その7割が 「年に十数個しか売れない」 とのことです (参考情報) 。

このように、ネット通販並みの品ぞろえで 「ハンズマンに来れば何でもある」 という信頼感と発見する楽しみがハンズマンの人気の要因です。一般的なホームセンターが効率を追求する中で、ハンズマンは一見すると非効率とも思える戦略で熱狂的なファンを生み出しているのです。

では、ハンズマンの戦略の秘訣はどこにあるのでしょうか?

この後のパートで、戦略の 「クリティカルコア」 をキーワードに詳しく紐解いていきましょう。

クリティカルコア


クリティカルコアは、戦略のストーリーを他にはないユニークなものにします。

クリティカルコアは "賢者の盲点" を突きます。

というのは、クリティカルコアは、「一見すると非合理、全体では合理」 だからです。なぜそれをやるのかが外部の人にはわからないことですが、戦略ストーリー全体ではカギを握ります。


クリティカルコアがあるから戦略ストーリーは成立し、競合他社はマネできず、あるいはそもそも優位性に気づかなかったり、知っていても非合理に見えるので意図的に避けようとします。

クリティカルコアは差異化の源泉です。クリティカルコアによって他から簡単にはマネされず、中長期で持続可能な戦略ができます。

ハンズマンの逆張り戦略


それでは、ハンズマンのケースに話をつなげます。

ハンズマンの戦略は、まさにこのクリティカルコアを体現しています。ハンズマンは業界の常識とは異なる非合理なアプローチをいくつも採用し、独自の強みに転換しているのです。

ハンズマンの逆張り戦略の中でも、特に象徴的な3つを順番に見ていきましょう。

 「死に筋商品」 を大量に抱えるロングテール在庫

ハンズマンの特徴は圧倒的な品揃えです。

一般的なホームセンターが7万 ~ 8万品目であるのに対し、ハンズマンは20万品目以上、大阪の松原店では約28万品目もの商品を取り扱っています。驚くのはその7割が年に十数個しか売れないという、いわゆる 「死に筋商品」 だという点です。

効率性だけを考えれば、売れ筋商品に絞り在庫回転率を上げるのが定石です。

ところがハンズマンの場合は、「ここに来れば絶対に欲しいモノが見つかる」 というお客さんからの信頼感を生み出しています。売れる商品だけに注力するだけでは得られない顧客体験が、多様で大量の商品在庫という“非合理”から生まれているのです。

売り物で店全体をつくり込む 「テーマパーク内装」 

ハンズマンの店舗はユニークな陳列が展開されています。

例えば松原店の園芸コーナーでは、販売している植物や資材を使ってジャングルのような空間を演出し、来店客が DIY のアイデアを膨らませられるような工夫が随所に見られます。

店舗内装に使われているタイルや壁紙なども含め、ほとんどがハンズマンでの売り物です。店舗全体が巨大なショールーム兼 「大人のテーマパーク」 のようです。

POS を導入せず、スタッフの目で在庫管理

多くの小売店が POS (販売時点情報管理) システムを導入して、在庫管理や発注業務を自動化・効率化しています。しかしハンズマンはあえて POS システムを導入していません。

在庫確認は従業員の目で行い、「販売が一定数を超えると X 個発注する」 といったルールをもとに、長年の経験と勘で独自の在庫管理ノウハウを蓄積しています。

なぜ 「非合理」 が 「合理」 になるのか


これらの逆張りとも言える戦略は、なぜハンズマンにおいて成立し、他社が容易に模倣できない強みとなっているのでしょうか?

競合他社が参入しづらい、いくつかの明確な理由があります。

競合がマネできない理由

1つ目の理由は 「投資リスクが大きいこと」 です。

膨大な品揃えを維持するための広大な店舗面積や在庫コスト、専門知識を持つ多数のスタッフの確保は、初期投資もランニングコストも大きくなります。一般的な経営判断では、そう簡単にこのリスクを取ることは難しいでしょう。

2つ目の競合が真似できない理由は、「煩雑な店舗業務オペレーションにはしたくない」 というものです。

POS システムに頼らない在庫管理や、顧客の細かな要望に応じたバラ売り (例: 軍手の片方だけ, ネジ1本から販売など) への対応は、店舗オペレーションを煩雑にします。効率化や標準化を追求する企業にとっては、受け入れがたい売り方でしょう。

3つ目の模倣しにくい理由は 「経営理念や文化に根ざした仕組みが必須であること」 です。

ハンズマンの戦略は、ただ単に 「商品を多く置く」 「手作業で管理する」といった表面的な真似では不可能です。根底には、「品揃えはお客様が決めるもの」 という社長の信念や、お客さんの要望に徹底的に応えようとするハンズマンの企業文化があります。これらは一朝一夕に構築できるものではありません。

非合理を徹底できる理由

では、これらの一般的な企業にとっての 「非合理」 が、ハンズマンにとってはなぜ 「合理」 として機能し、一見すると非合理なことを実現できるのでしょうか?

1つ目の要因は 「顧客起点を徹底する独自の企業文化の醸成と、社長の強いリーダーシップ」 です。

ハンズマンの戦略は、「お客様のために何ができるか」 という一点を起点にしています。各店舗のスタッフがお客さんから欲しい商品をヒアリングし、「要望商品メモ」 として全社的に集約しているとのことです。

これまで寄せられたメモは累計でなんと83万枚。要望商品メモを社長自らが全てに目を通し品揃えに反映させるという徹底ぶりは、顧客起点の企業文化がトップから現場まで根付いていることを象徴的に示します。

こうした揺るぎない軸があるからこそ、一見すると非合理な戦略もブレずに実行できるわけです。

2つ目の非合理ができる要因は、「圧倒的な信頼感と "発見の喜び" という体験価値の創出につながるとわかっているから」 です。

ハンズマンへのイメージとして、「あそこに行けば、どんなマニアックなものでも見つかるはず」 という信頼や期待感は、お客さんにとって他にはない魅力です。

他のホームセンターに比べて数倍の品目数、店舗での独特の陳列によって、目的の商品を探す中で、思わぬ商品に出会うという発見の喜びをお客さんにもたらします。ネット通販では得難いリアル店舗のハンズマンならではの体験です。

非効率な逆張り戦略は確かにコストも手間もかかります。しかし、普通のホームセンターの枠を超えた体験をつくり出し、他にはない顧客価値の創出が強いファンを生み出すことをハンズマンは知っているからこそ、非合理を徹底できるわけです。

クリティカルコアをつくるポイント


ハンズマンの逆張り戦略は個別事例としてだけにとどまらず、クリティカルコアを生み出すためのヒントを与えてくれます。

最後のパートでは、クリティカルコアをつくるポイントについて整理してみましょう。

 「普遍」 と 「個別」 が交わるスイートスポットを見出す

クリティカルコアは、「普遍的な環境変化」 と 「企業の個別性」 が交わる地点に生まれます。

普遍的な環境変化とは、多くの企業が直面する経済や技術のトレンド、消費者行動の変化などです。消費者のニーズの多様化や専門化、ネット通販の普及による品揃えへの期待の高まりなどが挙げられます。

一方、企業の個別性とは、その企業が持つ独自の経営資源、歴史、企業文化、過去の成功や失敗体験などです。

ハンズマンで言えば、「品揃えはお客様が決める」 という創業以来の哲学や、「要望商品メモ」 といった独自の仕組み、他には DIY スキルを持つ社員の存在などが企業の個別性にあたります。

多くの企業が同じ外部状況 (普遍的な環境変化) に直面していても、取りうる戦略が異なるのは、この個別性が違うからです。

自社の個別性を深く理解し、普遍的な環境変化という前提と個別性をかけ合わせ、そこに、他社には真似できない独自の価値、すなわちクリティカルコアの種を見出すことでユニークな戦略を形作ります。

 「課題の羅列」 とせず戦略に 「物語」 を入れる

戦略を考える際、つい 「あれも課題だ」 「これもやらなければ」 と課題をリストアップすることに終始してしまっていないでしょうか。しかし、単なる課題の羅列は戦略ではありません。

大切なのは、課題をどう対処し、問題をどんな順番と時間軸で解決することによって、どのような未来を実現したいのかという戦略を物語のあるストーリーとして描くことです。

ハンズマンの戦略は、「死に筋商品の在庫が多い」 や 「POS システムが導入されていない」 、「大人のテーマパークにする店頭陳列」 といった個別事象だけを見れば、どれも確かに非効率かもしれません。

しかし、「お客さんのどんな小さな困ったことも見逃さず、"ハンズマンに行けば何でもそろう" という感動体験を提供し、お客さんの創造性を刺激し、豊かな暮らしに貢献する」 という物語として捉えれば、個々の施策の意味合いや優先順位が明確になり、社内関係者や顧客からの共感を呼ぶ戦略となるわけです。

自社のビジネスにも、クリティカルコアというまだ気づかれていない 「賢者の盲点」 があるのではないか――。ハンズマンの事例をヒントに、自社ならではのクリティカルコアを見つけ出せれば、独自の成功物語を紡げます。

まとめ


今回は、ホームセンターのハンズマンの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • クリティカルコアは一見すると非合理、全体では合理となるもの。外部からは理解しづらい 「賢者の盲点」 を突く戦略要素

  • クリティカルコアは非合理に見えるので競合他社がマネできない、または意図的に避けるため、中長期的に持続可能な競争優位の源泉となる

  •  「普遍的な環境変化 (多くの企業が直面するトレンド) 」 と、「企業固有の個別性 (独自の経営資源, 歴史, 企業文化など) 」 が交わる地点にクリティカルコア生まれる

  • 単なる施策や課題リストは戦略ではない。戦略は課題への対処方法と時間軸を設定し、実現したい未来をストーリーとして描くことが大切


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。