投稿日 2025/10/23

タダ同然だった 「嬉野茶」 の逆転物語。埋もれていた価値を高めて、価格を上げる

#マーケティング #価値創出 #価格設定

自社の商品やサービスは、本当の価値に見合った価格で提供されていますか?

多くの事業者が直面する悩み、それは 「良いものを作っているのに、なかなか高く売れない」 、「価格競争に巻き込まれてしまう」 、「値上げしたいけれど、お客さんが離れるのが怖い」 。

これらの課題の根本にあるのは、価格設定の問題ではなく 「価値の伝え方」 にあるかもしれません。

今回は、ある地方の茶農家が実現した、無料同然だったお茶を高付加価値な体験へと変えた逆転劇から、価値創出と価格設定へのヒントを紐解きます。

お茶農家の逆転物語


佐賀県嬉野市。ここは温泉や焼き物 (肥前吉田焼) で知られる土地ですが、実は500年の歴史を持つ 「嬉野茶」 の名産地でもあります。

嬉野茶の品質は全国のお茶の品評会でトップクラスの評価を受けるほどです。

しかし、その高い品質とは裏腹に、地元では 「お茶は無料で飲むのが当たり前」 という意識が根強く、本来の価値がなかなか認められずにいました。旅館でも、有料のコーヒーやジュースが優先され、お茶は頼まれて初めて無料で出すといった具合でした。

嬉野茶は高品質なのに、価値が伝わらない。むしろタダが常識になってしまっている⋯。この状況に危機感を抱いた地元の旅館経営者や茶農家たちが立ち上がり、嬉野茶の価値を再定義し、新たな魅力を発信する挑戦が始まりました。


結論から先に言うと、成果のひとつとして、数千円単位での体験型のお茶提供が実現し、イベントに来場した人たちからは 「こんなに贅沢な時間なら、この価格でも惜しくない」 と高い評価を獲得しました。

地元農家も利益を得られるようになり、お茶を無料の飲み物から地域と人を支えるビジネスへという逆転ストーリーを築き上げたのです。

* * *

では、嬉野茶の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

価値を高めることにより、価格を上げ顧客満足度を向上させる方法について紐解きます。

価値創出のプロセス


嬉野茶のケースは、ただ単に良いものがあれば売れるわけではないという現実と、そこからどうやって価値を生み出していくかにヒントがあります。

魅力を見直し、再解釈する

今回の逆転劇を支えたのは、既にある資源を見直すという姿勢でした。

嬉野茶は長年にわたって地元の生活や文化を支えてきた存在でありながら、慣れすぎてしまったことで 「当たり前」 「無料提供が当然」 という認識のものでした。

しかし、客観的に見れば、嬉野茶は全国の品評会でも高く評価される高品質な茶葉であり、温泉や焼き物といった付加価値も嬉野にはあります。こんな条件がそろっているなら、もっと高い評価を受けてもいいのではという発想が生まれたわけです。

嬉野茶への価値認識を変えるきっかけになったのが、都会のホテルラウンジでコーヒーが1杯2,000円以上で提供される事例との比較でした。それならば、嬉野茶は同じかそれ以上の価格帯で提供できるのではないかと考えたのです。価値を再解釈する最初のターニングポイントでした。

価値を再定義する

嬉野のお茶農家や旅館の人たちは、同じお茶でも見せ方やストーリーで価値は変わるという発想の転換を図りました。

具体的には、ただ飲むだけのお茶から、「背景にある歴史や文化、作り手の思い、さらには味わう空間そのものを体験するサービス」 と捉え方を変えたのです。

露天の茶室や自然を感じられる場所に特別な席を設置し、肥前吉田焼の美しい器を使って、お茶の淹れ方や温度に徹底的にこだわる。そして、全体を嬉野茶体験として提供することによって、モノ売りではなく体験売りの価格設定に変えました。

嬉野茶の生産者の土づくりや茶葉の摘み方、最後にお湯を注ぎ終わるまでの、嬉野茶にしかない物語を共有。嬉野茶を飲む瞬間が特別な体験へと変わるというのが嬉野茶の 「価値の再定義」 でした。

顧客体験を重視

嬉野の人たちは、再定義した嬉野茶の価値をお客さんに届けるために顧客体験を見直しました。

例えば 「茶時 (ちゃどき) 」 という体験プログラムです。


茶時では、茶師 (茶農家) と対面し、栽培のこだわりや品種の特徴を聞きながら嬉野茶をいただきます。

茶畑の中に設えられた特別な茶室空間で、美しい肥前吉田焼の器を使い、生産者が目の前で、お茶の種類ごとに最適な淹れ方 (温度・抽出時間) で提供します。一杯目は煎茶、二杯目は和紅茶、三杯目はワイングラスでフレーバーほうじ茶といった、驚きと感動のあるコースに仕立てられました。

これらはすべて嬉野でしか体験できず、他では味わえない忘れられない体験をつくり出します。お茶を飲むという行為を五感を通して価値を感じてもらう体験デザインがお客さんに満足感をもたらし、価値を感じる理由となるわけです。

価値を高めて価格を上げる


価値を再定義し、すばらしい体験をデザインできたら、次は価値に見合った価格設定、つまり値上げに挑戦する道筋が見えてきます。嬉野の事例は、価格戦略においても示唆に富みます。

無料のお茶から至高の時間へ

嬉野茶の事例には、根本的な発想の転換があります。お茶というモノに値段をつけるのではなく、お茶を通じて得られるストーリーや体験というコトに対して価格を設定するという考え方です。

無料で提供されるという考え方が当たり前だったものに、いきなり高い値段をつけるのは勇気がいるでしょう。しかし、単なるお茶代ではなく、その空間、この器、生産者の技術と思い、そしてここで過ごす穏やかな時間。その全てを含んだ体験への値段であると打ち出すことによって、価格への納得感が生み出されます。

提供するものの意味合いを質的に変えることによって、価格設定も変えることができるのです。

プレミアム価格への挑戦

価値の再定義にもとづき、嬉野茶へのプレミアムな価格設定に踏み切りました。

最初のイベントであった 「嬉野バー」 では、1杯1500円という価格設定に対し、農家からの戸惑いや反発を受け、最終的に800円 (茶菓子付き) でスタートしました。800円でも、当時の感覚からすれば高すぎると受け止められました。

しかし、イベントは周囲の人にとって予想外の成功を収めます。イベント来場者のお客さんからは、嬉野茶がこんなにおいしいとは思わなかったと、体験に満足したといった感想が上がり、半信半疑だった農家の人たちの意識を変えるきっかけになりました。

そして、さらに体験価値を高めのが 「茶時」 です。

3杯で1万5000円という、当初の1500円すら目が霞むような価格設定を実現しました。1万5000円という値段でも予約が取れないほどの人気を博しているという事実は、価値の本質が伝われば、プレミアムな価格を受け入れることを示唆しています。

大切なのは、なぜこの金額なのかという説明を丁寧にすることです。

嬉野茶のケースで言えば、茶葉そのものの品質や生産プロセスの話だけではなく、茶室や器、旅館側のもてなしの質、農家への還元、地域文化の継承といった側面を総合的に伝えました。お客さんには、自分が支払うお金は地域と生産者、そして未来への投資にもなるに感じてもらうことができます。

事例からの汎用的な学び


嬉野茶の挑戦は、お茶業界に限らず、他のビジネスや地域活性化の取り組みにとって学びを与えてくれます。

埋もれている魅力に気づく

自分たちが当たり前だと思っていること、あるいは弱みだと感じていることの中に、実は大きな魅力や価値が隠れていたりします。

嬉野の場合、お茶が無料という長年の常識や、自分たちには見慣れてしまった日常の田舎風景といった要素が、見方を変えれば特別な体験を構成する重要な独自資源となりました。自社の商品やサービス、住んでいる地域、あるいは自分自身のスキルや経験などを一度フラットな視点で見直し、新たな価値を発見できないか考えてみると着想につながるでしょう。

人は意味や共感にお金を払う

消費者は、モノや機能を手に入れるだけでなく、背景にあるストーリーや、それがもたらす意味・作り手の思いに価値を感じれば、対価を払ってくれます。

嬉野茶の取り組みが成功した背景には、500年の歴史、生産者のこだわり、地域文化の継承といった物語への共感があったはずです。自分たちの事業が、お客さんにとって、また社会にとって、どのような意味を持つのかを考え、言語化やコンセプト化し、継続的に発信していくことが重要になります。

価格設定の根拠を明確にする

価格は、コストの積み上げや競合比較だけで決めるものではありません。なぜこの価格なのかという問いに対し、明確な根拠を示すことができれば、今よりも高い価格設定になる可能性が生まれます。

嬉野茶の事例では、最高の体験を提供するための対価であり、将来的には美しい茶畑の景観を守るための景色代を含むという、明確で共感を呼ぶ価格への根拠がありました。価格の裏付けとなる価値やストーリーを言語化し、お客さんにしっかりと伝えることが大事です。

初期段階でテストをし、顧客の反応や評価を得る

どんなにすばらしいアイデアも、お客さんに出してみなければ本当に受け入れられるかはわかりません。

最初のイベントとなった 「嬉野バー」 は、テストマーケティングの役割を果たしました。最初から完璧を目指すのではなく、まずは小さな規模で試してみて、お客さんのリアルな反応を見る。フィードバックを元に改善を重ねていくというアプローチが、リスク (不確実性) を抑えつつ成功確率を高めます。

成功例が出ると全体を巻き込むチャンスが生まれる

最初は懐疑的だったり、反対していたりした人たちも、具体的な成功事例を目の当たりにすると、今までの考えや固定観念を変え、協力的な姿勢になってくれるものです。

嬉野バーという最初の成功は、当初は反対し懐疑的だった農家の人たちの心を動かし、より大きな挑戦である 「茶時」 へとつながりました。最初の小さな成功をなるべく早いタイミングで実現し、クイックウィン (quick win) を起爆剤として周囲を巻き込んでいくアプローチは、新しい取り組みを進める際に有効です。

一度成功事例が生まれると、仲間も増えやすく、事業規模の拡大や新しい企画の誕生などが加速するというのは、他のビジネスでも当てはまります。

まとめ


今回は、佐賀県嬉野市の嬉野茶の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 埋もれている魅力を見直し、再解釈、価値を再定義する

  • 例えば、商品単体だけでなく、もたらされる空間、器、技術、ストーリー、生産者との交流など、複数の要素を組み合わせることにより、総合的な価値を生み出せる

  • 人は意味や共感にお金を払う。作り手の思いやストーリーに共感することで対価を払う。生産者支援や地域文化の継承など、より大きな目的への貢献にもつながることへの共感

  • 価格の理由を、品質だけでなく、こだわり、空間、もてなし、背景にあるストーリーや理念まで含めて総合的に伝え、顧客の納得感を高める

  • 顧客が 「ここでしか体験できない」 「この生産者からしか得られない」 といった価格以上の価値があると感じるほどの体験を創出することが、プレミアム価格を成功させる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。