投稿日 2026/03/01

マニュアル化ではなく 「属人化」 。一休の "賢者の盲点" を突くクリティカルコア戦略

#マーケティング #戦略 #クリティカルコア

ビジネスの世界では、常に 「最適解」 が求められます。

しかし、他社と同じ正解を追い求めるだけでは、やがてコモディティ化の波に飲み込まれてしまうかもしれません。

今回は、常識とは逆の道をあえて選ぶことで、独自の強さを築いている、高級宿・レストラン予約サービスの 「一休」 から、戦略の本質を考えます。

一休の属人化志向


一休は高級宿やレストラン予約に特化したサービスを展開しています。

一休を率いる榊淳社長は、自らをデータドリブンな経営者といいます (参考情報) 。

毎週日曜日に自ら顧客データを詳細に分析し、社内にレポートを送っているとのことです。データにもとづく経営と聞くと、マニュアル化による効率性を徹底する姿を想像するかもしれません。しかし、一休の考え方はその逆です。

ただ、うちは 「仕組み化」 と 「属人化」 でいくと、属人化を志向しています。そして、仕組み化と属人化は両立しないと考えています。

なぜ属人化を志向しているかというと、特定の部分において、企業として“異常進化”することを望んでいるからです。そのほうが、企業として強いと思っています。


一休ではあえて 「属人化」 を志向し、企業独自の 「異常進化」 を遂げることこそが勝ち筋だと見ています。

* * *

では、一休の事例から学べることを掘り下げていきましょう。キーワードは 「クリティカルコア」 です。

クリティカルコア


クリティカルコアは、戦略のストーリーを他にはないユニークなものにします。

クリティカルコアは "賢者の盲点" を突きます。

というのは、クリティカルコアは、「一見すると非合理、全体では合理」 だからです。なぜそれをやるのかが外部の人にはわからないことですが、戦略ストーリー全体ではカギを握ります。


クリティカルコアがあるから戦略ストーリーは成立し、競合他社はマネできず、あるいはそもそも優位性に気づかなかったり、知っていても非合理に見えるので意図的に避けようとします。

クリティカルコアは差異化の源泉です。クリティカルコアによって他から簡単にはマネされず、中長期で持続可能な戦略ができます。

 「属人化」 というクリティカルコア


クリティカルコアという観点から見ると、一休の 「属人化の志向」 が、どのようにユニークな戦略の核として機能しているかがわかります。

一見すると非合理

クリティカルコアの最大の特徴は 「一見すると非合理、全体では合理」 という点でした。

経営の常識では、事業の継続性や拡大のため、業務を仕組み化・マニュアル化し、誰がやっても一定の成果が出る状態を目指すのが当たり前とされます。

よって、特定の社員に依存する属人化は、その人が辞めると事業が回らなくなるリスクを抱えます。品質のばらつきも生まれやすく、組織的なスケールも難しくなる。デメリットに見えるのです。

だからこそ、多くの合理的な経営者 (賢者) たちは、属人化をリスクと捉え、意図的に避けようとします。これこそが "賢者の盲点" です。

競合他社から見れば、「一休のやり方はリスクが高すぎる」 と映り、そもそも模倣の対象にすらならないのです。

しかし全体では合理的

では、なぜ一休は非合理に見える道を選ぶのでしょうか。

ここで重要なのは、一休の戦略目的です。それは高級宿・レストランという領域において、他社を圧倒する異常進化を遂げることにあります。

標準化されたマニュアルから生まれるのは、予測可能で平均的なサービスです。確かに安定はしているでしょう。しかしそれは他社も容易に追いつける水準でしかありません。"異常進化" は望めないのです。

一休の考えは、模倣困難で非連続な価値を生む異常進化は、特定の個人の突出した才能や情熱、深い洞察からしか生まれないというものです。

データと AI に明るく、同時に注力顧客のことも顧客文脈まで深く理解できる。そんな希少な人材の能力を最大限に引き出すためには、誰もが標準的にできるようにするマニュアル化ではなく、その人の独自性を活かす属人化が大事なのです。

一休はリスクを取っています。退職リスクや非効率という短期的な非合理性を許容する代わりに、競合が決して真似できない独自の強みという長期的な合理性を手に入れるというスタンスです。

こうした属人化こそが、他社との差異化を生む源泉であり、持続可能な競争優位を築くためのクリティカルコアとなっているのです。

クリティカルコアが紡ぐ戦略ストーリー


優れた戦略は、組織や人を動かす力を持っています。

戦略をストーリーにする

ストーリー性のある戦略は、単なる施策の羅列に終わらず、具体的な課題の背景や問題解決の道筋を全体として示すことで、関係者に納得感と共感をもたらします。関係者が戦略の背景と目的を深く理解し、協力しやすくなります。

そこで、戦略が 「全体を通してひとつの物語になっているか」 という視点が重要になります。

総論の正しさと各論の難しさをつなぐのが、戦略に他ならないからです。

企業や組織において、「自分たちは独自の価値を提供するべきだ」 という方向性 (総論) には誰もが賛成します。しかし、「そのために、この事業から撤退しよう」 という具体的なアプローチ (各論) に移った途端、反対意見が噴出するでしょう。

この 「総論賛成、各論反対」 のパターンは、戦略が絵に描いた餅になる典型例です。

ストーリー化された戦略では、まず総論の意義が明確に語られ、次にその意義を実現するための具体的な各論が丁寧に描かれます。

ストーリーが 「総論」 と 「各論」 をつなぐ

一休の事例は、この点でも示唆に富みます。

総論として、「どこにも真似できない、圧倒的にすばらしい顧客体験を創造する」 という未来を掲げれば、社内で反対する人はいないでしょう。

しかし、そのための各論が 「業務のマニュアル化をやめ、特定の個人のスキルに徹底的に依存する」 だったらどうでしょうか。

普通であれば、「その人が辞めたらどうするんだ」 「特定の人のみが活躍するだけで、組織全体では成長できない」 といった、もっともな反対意見が出るはずです。

ここで、戦略ストーリーが力を発揮します。一休の考えにもとづくと、次のような物語として語ることができます。

 「我々が目指すのは単なる改善ではない。他社が追いつけないレベルの『異常進化』である。それはマニュアルからは決して生まれない。データから顧客を深く理解した個人の才能が発揮されて初めて可能になる。もちろんリスクはある。しかし、そのリスクを取らなければ、我々は凡庸なサービスしか提供できず、いずれ競争に敗れる。この非合理に見える道こそが、我々が勝ち残る唯一の道なのだ」 と。

このように、「属人化」 という一見危険な道に見える各論が、会社の 「異常進化」 という魅力的な総論 (未来像) を実現するために不可欠な要素として、物語の中で力強く位置づけられるわけです。

この戦略ストーリーを整理すると、次のようになります。

  1. 効率化・仕組み化が正義というビジネス常識がある
  2. 会社として目指す 「異常進化」 を提示し、常識とは逆のあえて 「属人化」 を選ぶ
  3. 属人化を追求することで、データや AI 、顧客を深く理解する希少な人材の活躍
  4. 異常進化を遂げた独自の強さの獲得


総論の正しさと各論の難しさが一本の戦略ストーリーでつながります。これが内外に納得感と共感をもたらし、戦略が絵に描いた餅で終わらないのです。

課題の羅列は戦略ではない

ここまでをあらためて整理すると、一休の属人化戦略は、業界の常識である標準化・効率化という "賢者の盲点" を突いています。

属人的な深い専門性が独自価値を生み、それが差別化の源泉となります。文化として根付けば、人が入れ替わっても属人化を許容する組織は継続できるでしょう。

高級宿や高級レストランに特化した予約という一休の事業特性と属人化がうまく噛み合い、戦略的な整合性も取れています。この 「一見非合理だが、全体では合理的な選択」 により、一休の戦略の中心には持続的な競争優位を生み出すクリティカルコアが存在しているのです。

課題の羅列は戦略ではありません。

ただ課題を箇条書きで並べただけでは、戦略の意味合いやストーリー、優先順位が見えづらく、リソースを注力しての実行が難しいものになってしまいます。

戦略をストーリーにするには、個々の課題の優先順位やその因果関係を明確にし、どういったプロセスと時間軸で目的を達成するかを物語として語れることが大事です。

やることを 「あれもこれも」 ではなく 「あれかこれか」 と取捨選択と優先順位を決め、事業戦略の方向性と価値が伝わる一貫した物語に統合することで、戦略が初めて効果を発揮するのです。

まとめ


今回は、一休の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • クリティカルコアは "賢者の盲点" を突く。一見すると非合理に見えて競合が避ける選択こそが、実は全体では合理的となるクリティカルコアが、他社が真似できない・しようとしない独自の競争優位の源泉となる

  • 戦略を絵に描いた餅で終わらせないためには、大きな目標 (総論) と、抵抗が生まれやすい具体的な行動 (各論) とをつなぐストーリーが不可欠

  • 優れた戦略は一貫したストーリーを持つ。なぜその選択をするのか、どう目的達成につながるのかを物語として語ることができれば、組織に納得感と実行力をもたらす

  • 課題を並べるだけでは戦略にならない。個々の課題の因果関係、優先順位、時間軸を明確にし、「あれもこれも」 ではなく 「あれかこれか」 の取捨選択をして初めて実効性のある戦略となる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。