投稿日 2011/12/27

複雑な社会変化をシンプルに見せるとっておきのS字波モデル

2011年もいろんなことがありました。つくづく変化の激しい世の中だと思います。一方で変化が早いからこそ、一歩引いて大局的にものごとを見ることも時には必要です。私たちの社会を俯瞰的な視点で捉えるのに、おもしろいモデルがあるので紹介します。「情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ」(公文俊平 NTT出版)という本で提示されているS字波モデルです。

■社会の変化を見るためのレンズ:「S字波モデル」とは

引用:書籍「情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ」(公文俊平 NTT出版)


横軸は時間、縦軸には社会や技術の発展などの指標と置いた場合、出現・突破・成熟・定着の4つの局面があるというものです。発展の仕方として、1.遅い成長(出現)、2.急速な成長(突破)、3.成熟を経て発展が横ばいに(成熟~定着)、という3つの段階と考えてもいいかもしれません。

本書ではもう1歩踏み込んだモデルが登場します。S字波は小さなS字波に分解できるという考え方。冒頭でS字波モデルは社会を俯瞰的に見るために有用と書きましたが、その心はS字波の分解にあります。本書に出てきた表現で言うと、S字波は社会の流れを観察するための「レンズ」であり、レンズで拡大・縮小することで局所的にも大局的にも捉えることができるのです。

引用:書籍「情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ」(公文俊平 NTT出版)


■現在は異なる変化が同時に起こっている

それではS字波モデルを使って、まずは大きな視点で見てみます。本書では主に先進国での近代化過程という大きな流れを軍事化・産業化・情報化の3つに分けています。下図のように大きなS字波として近代化過程が、そして、小さなS字波として3つに分解された軍事化・産業化・情報化です。現在はどういった状態かと言うと、図の縦の点線が示す通り、軍事化の定着・産業化の成熟・情報化の出現という3つの局面が同時に起こっていると著者である公文氏は指摘します。

引用:書籍「情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ」(公文俊平 NTT出版)


本書では、軍事化・産業化・情報化というそれぞれのS字波をさらに分解して詳しく説明されています。少しだけ紹介しておくと、先ほど書いた現在は「産業化の成熟」であり「情報化の出現」という状態がそれで、前者の産業化の成熟局面で見られる現在社会の特徴としては、スマートフォンに代表されるようなちょっと昔では考えられないような高度な出力処理が可能なコンピュータを持ち、クラウド、高速な光/無線通信網、等々が当たり前となりつつある社会です。後者の情報化の出現の特徴としては、ソーシャルメディアに代表されるような新しいコミュニケーション・情報の共有です。ウィキリークスやYouTubeなどへの投稿により、あるいはソーシャルメディアを積極的に活用した政治・市民活動など、社会を変えていくケースは数多く見られます。もっと身近な個人レベルで見ても、自分の行動や気持ち、考え・意見などをツイッターやフェイスブック、ブログ等で積極的にシェアする流れです。このような情報化という新しい変化が「出現」しつつあるという指摘は、これまでの社会とは異質なものだと私自身も感じます。

■「産業の情報化」と「情報の産業化」

本書での産業化の成熟と情報化の出現についての説明でなるほどと思ったのは、「産業の情報化」と「情報の産業化」は異なるという指摘でした。産業の情報化というのは、家電や個人のデバイスなどの様々なものがIT化・ネットにつながると理解しました。すなわち、工業製品などの成熟段階として情報技術を持ち情報通信機械となる変化です。一方の情報の産業化とは、情報それ自体が商品やサービスとして生産・販売される状態です。情報の産業化が出現するということは、これまでは無料であった情報がお金と交換できる価値を持つことなのです。ちなみに、日本語で情報化社会というのは産業の情報化を表すことが多いように思います。別にこれが間違っているわけではないのですが、今回のエントリーでは情報化社会という言葉は使わず、「産業の情報化」と「情報の産業化」は区別しています。

もちろん、産業の情報化と情報の産業化には相互関係があります。具体的にはネットにアクセスする手段が自宅PCだけではなく、タブレットやスマホでより自由になったことで(産業の情報化)、私たちは各個人で情報発信をするようになりました。その結果、ネット上ではそうした情報に基づいて広告が表示されたりしています(情報の産業化)。

著者の主張で印象的だったのは、変化の激しい世の中を俯瞰するためには、産業化の成熟と情報化の出現という異なる2つの変化が同時並行で起こっているという認識が必要というものでした。起こっている出来事がどちらに該当するのか、あるいはどのように相互作用しているのか、という視点です。公文氏は、大切なのは近代化の大きな流れが「情報化の出現」に向かっているという歴史的な意味を捉え、その方向に沿った政策採用や制度設計をすべきであるという意見です。例えば企業のビジネス戦略もソーシャルメディアの普及などの情報化の進展と共存したり、それを支援する方向を目指すべきという考え方です。(参照:本書 p.187)

■情報の産業化という方向性

「情報の産業化」というのは、個人的にもとても興味のある変化です。なので、本書で書かれていた収集される個人情報に対して何らかの謝礼支払いを義務付けてみてはどうか、という著者の主張にも関心があります。著者は、収集する個人情報の有償化により、「情報化の出現」時代に入っても市場規模の拡大が実現できる可能性を指摘します。

個人情報が有償化し、そこから発展するデータを買いたい・売りたいという動きが出るということは、そこには取引の市場ができることも考えられます。データ取引市場なるもので、であれば買い手と売り手をつなげて取りまとめる中間業者のような存在も生まれるかもしれません。やや突拍子もないことかもしれませんが、ゆくゆくはデータ自体があたかも貨幣のように流通する世界になるかもしれない。データをお金を通して売買するのではなく、データそのものの貨幣化、すなわち価値として広く「信用」を得ている存在です。以前にGoogleがデータ取引所の創設する記事があり、そこから考えたことをエントリーしましたが、情報化がますます進展する社会ではこうしたプレイヤーの存在も当たり前のようになるのかもしれません。
Googleが計画する「ウェブデータ取引所」は、あなたと広告のミスマッチを解消してくれるのか|思考の整理日記
Google Readies Ambitious Plan for Web-Data Exchange|Ad Age DIGITAL

情報の産業化に興味があると書きましたが、自分自身の仕事もこの方向です。そして、自分がやりたい、世の中を変えたいのもこの領域だったりします。冒頭で変化の激しい世の中と書きましたが、だからこそ、自分の仕事とやりたいことの軸がブレることなく、時には俯瞰的に見るという複合的な視点も大切にしたいです。本書「情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ」は非常に示唆に富む良書でした。


情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ
公文 俊平
エヌティティ出版
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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。