#マーケティング #市場創造 #じゃない方
市場が成熟してくると、同じカテゴリーの競合同士が限られたパイを奪い合う構図になりがちです。競合が多く、需要が飽和状態に近づき、価格競争やポイント還元などの目先の施策を繰り返すだけでは大きな成長が見込めません。
ではそのような状況に陥ったとき、どうすれば新しい活路を見出せるのでしょうか?
この文脈で注目したいのが、"じゃない方" を見るという逆転の発想をするアプローチです。
自社が従来ターゲットとしてきた市場や注力顧客だけに目を向けるのではなく、使わない人や買っていない人、やっていない人といった、これまで想定していなかった層を観察し、未顧客の潜在ニーズを商品やサービスに転換していくという手法です。
今回は、資生堂の 「ファンデ美容液」 の事例から、どのように "じゃない方" を捉えるか、そして汎用的に得られる学びについて紐解きます。
資生堂のファンデ美容液
背景
ファンデーション市場を取り巻く環境から見ておきましょう。
2020年のコロナ禍以降、マスクの着用が季節を問わず当たり前になり、また、在宅ワークやオンライン会議も広く普及しました。
肌を隠す必要がなくなったことや、自宅にいる時間が増えたことなどを背景に、化粧品のファンデーションを使用しない層が増加。こうした生活者環境の変化から、ノーファンデ派やレスファンデ派と呼ばれる人たちが生まれました。
消費者の心理の根底には 「肌への負担を減らしたい」 や 「マスクにファンデーションが付く煩わしさを避けたい」 、「会う相手が限られているので、フルメイクは必要ない」 といった、新しい日常に合わせた価値観が存在しています。従来のように 「ファンデをしっかり塗らなければ」 という意識は薄れ、自分に必要なタイミングだけ最低限のメイクをするスタイルへのシフトです。
資生堂の変化への適応
このような環境変化を捉えたのが資生堂です。資生堂は、ファンデーションを使わない人が増えているという事象だけで判断するのではなく、なぜ使わないのか、その理由を消費者心理まで深く探ろうとしました。
調査から見えてきたのが、消費者にある 「ファンデーションは肌への負担が大きい」 というイメージと、「スキンケアは続けたいけれど、メイクを厚塗りにしたくない」 という気持ちです。
こうした価値観によって 「夜のスキンケアはしっかりするけれど、朝はマスクで隠れるからほぼノーメイク」 という人もいれば、「人にきれいに見せるためというより、あくまで自分の肌をいたわりたい」 という考え方をする人も一定数いました。
ファンデ美容液の誕生
資生堂は、消費者の行動や心理の背景をくみ取り、「美容液がファンデーションを包み込ませる」 という発想にたどり着きました。
包みこませるとは、ファンデーション成分を美容液の中に閉じ込めるという設計にすることで、肌をファンデーションによって隠すだけでなく、美容液でケアするという役割を同時に実現しています。ファンデのカバー力とスキンケアの保湿効果を両立させることにより、肌への負担感が減り、なおかつ顔色を整えるという両方のいいとこ取りです。
このように、資生堂は "じゃない方" を徹底的に深掘りした結果、新しい可能性の扉を開けることに成功しました。
「ファンデを使わない人」 というファンデーションとは無関係に思える消費者の行動と心理に注目し、今まで捉えていなかった未顧客層のこと理解しようとしました。資生堂は 「ファンデーションじゃない方」 に活路を見出し、新カテゴリーとして 「ファンデ美容液」 を打ち出すことにつながったわけです。
ファンデ美容液からの学び
では、資生堂のファンデ美容液 (商品名は SHISEIDO エッセンス スキングロウ ファンデーション) から学べることを見ていきましょう。
今までの延長ではいずれ限界が訪れる
ビジネスでは一般的に、自社が属するカテゴリーの中でどう競合に勝つかという戦略を立てるのが常です。
化粧品のファンデーション市場であれば、これまでの 「いかにカバー力を高めるか」 や 「いかに長時間崩れないか」 、または 「どれだけカラーバリエーションを増やすか」 という形で、既存のニーズにもっと応えることが中心だったわけです。
しかし、このような 「カテゴリー内だけの差別化」 を繰り返していると、市場全体が成熟してきたときにいずれは限界が訪れます。
"じゃない方" の掘り下げから見えるアンメットニーズ
そこで、あえて 「使わない人」 に注目することによって、これまで見えてこなかった隠れたニーズに気づける可能性が広がります。
資生堂が見出した 「肌負担を減らしながら、肌をきれいに見せたい」 という要望は、ファンデーションというカテゴリーの外側に存在していた発見できていない声でした。
ファンデーション市場であれば当たり前とされていた 「メイク = 肌をカバーする」 という常識のレンズをはずしてみると、ケアしながら肌をほんのり整えたいという新たな消費者ニーズが浮かび上がりました。アンメットニーズというまだ満たされていない潜在的要求を掘り起こせた瞬間です。
このように、使わない層や未開拓の市場、すなわち "じゃない方" に注目することにより、従来とは異なる方向性で商機を創出できるのです。「Out of the box」 という思考の箱の外に意図的に出ていき、常識や固定観念を取り払うことが大事なのです。
人への洞察
とはいえ、"じゃない方" に目を向けようとしても、ただの勘や思いつきで動いてしまうと的外れの方に行ってしまうだけでしょう。データや顧客調査など、ある程度の確かな根拠を得る必要があります。
資生堂の事例で言えば、ファンデーションの使用量がどの程度減少しているのか、それはどの層において顕著なのか、どんな理由で減少しているのかといった事実を押さえ、特に直近で使わなくなった層、もともと使っていない層も含めて離反顧客や未顧客の理解を深めることが大切です。そのうえで、肌負担やメイク離れへの心理といった行動の背後にある気持ちへの定性的な要素も合わせて把握するといいでしょう。
今まで見ていなかった "じゃない方" だからこそ、既存の市場や既存顧客に対する以上に人への洞察が重要になります。
市場を再定義することで成長の道を開く
資生堂が 「ファンデ美容液」 というカテゴリーをつくったように、既存の枠組みを超えた新たな市場を自らつくり出す気概が大事になります。
競合がひしめく領域でこれ以上の差異化を図るのは容易ではなく、だからこそ市場を一歩ずらして "じゃない方" を見据え、一気に活路を切り拓ける可能性があります。これまでは接点がなかった顧客層を取り込むことによって、会社全体の売上やブランド価値の底上げにも貢献できるでしょう。
"じゃない方" に焦点を当てる際のポイント
ここでは3つに絞って整理をしてみます。
なぜ使わないのかを掘り下げる
"じゃない方" に注目する場合に、「若年層は ○○ を使わないらしい」 といった表面的なデータや伝聞に近い二次情報だけでは焦点は定まりません。大事なのは、数字が示す事実の背景にある人の行動や思いを探ることです。探索、もっと言えば冒険に近い活動です。
化粧品であれば、実際にノンファンデ派の人たちがどんなライフスタイルを送っているのか、なぜ肌を休めたいと思うのかなど、生活者の声を直接聞いたり、SNS 上の発信を丁寧に拾ったりするというふうにです。
この過程は 「Out of the box」 の実践です。自分たちが当たり前と信じていた前提を疑い、バイアスから抜け出すことで、初めて思考の箱の外に出られ、新しい景色が見えてくるのです。
新しいカテゴリーの創造を目指す
もし "じゃない方" の世界観が見えてきたら、その世界で新しいカテゴリーを創る意識を持つといいでしょう。
資生堂のファンデ美容液のように、ファンデーションと美容液というこれまで別物とされていた要素を組み合わせたことにより、従来のどちらか片方のカテゴリーでは満たせなかったニーズに響く可能性が生まれます。
ただし、机の上で足し算をするだけでは十分とは言えません。重要なのは新カテゴリーと呼べる必然性、別の言い方をすればお客さんにとっての価値があることです。
資生堂の場合は、ファンデーションと美容液という組み合わせだからこそ、肌負担が減りつつカバー力も維持できるという顧客価値が明確に打ち出されました。
自社の強みとの掛け合わせ
ここまで見てきたような "じゃない方" へのアプローチに進めると、場合によっては自社が得意としてきた技術や資産を活かしきれない可能性もあるでしょう。自社がもともと持つ強みとの親和性をしっかり確認し、持続的なビジネスや製品にできるかが大事です。
資生堂の場合、長年培ってきたスキンケア研究や成分開発のノウハウが資産として存在しました。強みを生み出す源泉を "ファンデーションじゃない方" という発想に結びつけたからこそ 「ファンデーション × 美容液」 という新たなカテゴリーが新結合として誕生したわけです。
たとえ 「美容液がファンデーションを包み込む」 というアイデアを思いついても、実現できる高い技術がなければ絵に描いた餅にすぎません。自社の強みとのかけ合わせることによって、他社には簡単にマネできない自社ならではの優位性につながります。
まとめ
今回は、資生堂のファンデ美容液の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 業界の固定観念を一度取り払い、Out of the Box の視点で捉え直し、既存の常識からの脱却する。「○○ じゃない方」 のニーズを探ることで、新たなビジネスの可能性を見出せる
- 発見した未顧客の置かれた状況、その状況下で生じているニーズ、一方で既存商品では満たされていない未充足ニーズへの理解から、自社の既存技術や資産を組み合わせ、未顧客の消費者や企業にとって魅力のある価値をつくる
- 既存市場の延長線上ではなく、新しい市場を定義することで競争のルールそのものを変えていく
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