2015/01/18

書評「快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」

あなたにとって気持ちのいいことは、どんなものでしょうか?人はなぜそれに対して気持ちいいと感じるのか?




「快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」という本では、高カロリーな食べ物、アルコール、ドラッグ/薬物、恋愛、セックス、ゲーム、ギャンブルなど、そしてさらには運動をしたり、瞑想行為、人は情報を得た時にも快感になることなど、様々な刺激による快感のメカニズムが書かれています。

人が快感を求める一方、自分や他人にもマイナスな影響を及ぼすほどに、のめり込んでいく「依存症」も考察されています。

■美徳も悪徳も快感のメカニズムは同じ

快感を得ている時、脳内では何が起こっているのか。すごく単純に言うと、ドーパミンが放出されることにより発生します。

当然、ドーパミンの放出のされ方で、快感の度合いや継続時間も変わってきます。ただ、本書での様々な刺激による快感の話を読むと、どの快感も基本的な仕組みは同じであることがわかります。

つまり、食や性行為などの、人の基本的欲求から発生する快感、違法薬物から得られる快感、運動後の爽快感など、良い行為であっても犯罪行為でも、脳内で起こっている快感のメカニズムは同じなのです。

ただ、疑問として、同じ行為や刺激でも人によっては快感と感じる度合いが違うのではと思います。それに対して納得感のあったのは、以下の言及でした。
快感が私たちにとってこれほど力を持つのは、快感回路と脳の他の部分との相互連絡によって、記憶や連想や感情や社会的意味や光景や音や匂いで飾り立てられているからだ。 (中略) 快感が持つ非日常的な感覚やその感触は、快感回路と関連する感覚や感情がつながり合って網の目の中から生じてくる。

もう1つ、興味深く読めたのは、本書ではいろいろな調査/研究の事例が紹介されていることです。

マウスを使った実験や人を被験者にした研究が、それぞれどんな方法で調査をされたのか。調査ではこんな工夫をしたという点が興味深く、個人的にはおもしろかったです。

■どんな快感も自由に得られるとしたら?

本書「快感回路」では、様々な快感を取り上げた後に、最後にある考察を試みます。「快感の未来」と題した最終章です。

ある道具を使えば、人は気軽に、どんな快感でも自由に作り出し、コントロールでき、気軽に体験できるようになったとしたら、どうなるのか?という問いかけです。

大好きな食べ物を食べている時の快感をベースに、性的快感を加え、人から褒められたり感謝された時の満足感も足す。それを目盛りで微調整して快感を楽しむ。ネット上には「快感レシピ」が公開され、人は自由に快感を楽しめる。

こんな体験を、例えば専用の帽子(本書では「野球帽」という名前がつけられます)をかぶることで誰もが簡単にできるようになる未来です。(依存症にならないように、快感体験後にその快感がなかったことにリセットする機能も補足されています)

以下、考えさせられる内容だったので、引用しておきます。
私たちが快感野球帽を手に入れたときには、快感を道徳的に考え直す必要が出てくる。あらゆる快感が依存症のリスクなしに味わえるとしたら、それでも私たちは節制を美徳と見なすのだろうか?快とは骨折りと犠牲によって得られるべきものだと考えるだろうか。 (中略)
快感の未来について考えを突き詰めていくと、最後には人間の問題に行き着く。 (中略) もし快感がどこにでもあるものになったとき、私たちは何を欲するのだろうか。




follow us in feedly このエントリーをはてなブックマークに追加

Facebook Page

バックナンバー

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...