
マーケティングでは 「ドリルを買いにきた顧客のニーズは、本当はドリルが欲しいのではなく、壁に穴が開けること」 という有名な例えがあります。
2012年の年末に Amazon の電子書籍端末 Kindle Paperwhie を買いました。この例えがそのまま当てはまると実感しています。電子書籍端末を買う顧客のニーズは、端末そのものが欲しいのではなく、「より良い読書体験」 をすることです。
読書体験が変わったのは単に電子書籍をキンドルで読むことだけではなく、以下の読書フロー全体で新しい体験になったことです。キンドル購入前の予想以上でした。
- 本を入手する
- 読む
- 保存する / 再読する
電子書籍の購入から入手までのスピード感
Kindle 版の電子書籍をいくつか入手してみた感想として、購入 → 手元に届くまでのスピードがこれまでの紙の本と全く違うことです。
紙の場合は当日配達だとしても、注文から到着まで半日程度の時間がかかります。キンドル版の場合は、電子書籍の購入ボタンを押すとキンドル端末やキンドルのアプリにすぐにダウンロードされます。
この買ったらその場ですぐ読めるという感覚に慣れると、紙の本を買うスピードがとても遅く感じるようになりました。
読みやすさは紙が優位
電子書籍をキンドル端末で読むことについて、iPhone や iPad などの液晶画面で読むことに比べると Kindle Paperwhite は電子ペーパーを使っているので、紙に近い印象です。紙と同等とまではいかないものの、読みやすさの感覚としては、紙 > 電子ペーパー > > > 液晶画面、です。
ここで言う 「読みやすさ」 というのは、文字を読む早さ × 理解度です。キンドル購入前も iPhone や iPad で電子書籍をいくつか持っていましたが、液晶画面で読むことは慣れませんでした。色々と考えながら読む本であるほど、「紙のほうが良い」 と感じたのです。
理解度について 「紙 / 電子ペーパー vs 液晶画面」 の違いは、以前に話題になった下記で指摘されていることでしょう。
参考:プリントアウトした方が間違いに気づきやすいワケ|A Successful Failure
記事の趣旨は、紙や電子ペーパーを読む時と液晶画面で読む時とで脳のモードが異なることです。
- 紙や電子ペーパー:脳は分析・批評モードで働く。論文や技術書、教科書などを読むには適したデバイスであると言えるかもしれない。文章の校正を行う際にも有用
- 液晶画面:脳はパタン認識・くつろぎモードに。小説や詩などの感情に訴える作品を読む場合に適している可能性がある
キンドルも読むことへの課題はあります。ページをめくるスピードが、紙のほうが断然早いです。キンドルは次のページへ進む時は、電子ペーパー上で文字の書き換えが発生し、この切り替えスピードがまだまだ遅いです。
自分の本の読み方は、まず全体をざっと眺める感じでページをめくっていくのですが、それが電子書籍だとやりにくいです。ページをめくる操作性は紙が優位です。技術的な問題なので、今後の改善を期待したいです。
本の保存性はデジタルに軍配
本の保存性については、電子書籍の得意領域です。
電子書籍はデジタルなので、物理的な保管スペースは不要です。他には、本に書かれている内容で気になった部分のメモ (ハイライト) も残せて便利です。メモ部分を後からすぐに検索で確認できます。
音楽鑑賞の世界では、かつてはソニーのウォークマンが 「音楽を外に持ち歩いて聴ける」 という価値を提供し、アップルの iPod が 「ポケットに1,000曲を入れられる」 という価値をもたらしました。
キンドルなどの電子書籍端末も、本についての利便性を利用者が実感するようになるでしょう。入手した電子書籍コンテンツの数が増えるほど、メリットを感じるようになるのではないでしょうか。
コンテンツがつながる利便性
読書フロー全体 ( ① 本を入手する、② 読む、③ 保存する / 再読する) で共通するキンドルの良さは、電子書籍の同期性です。
Kindle 版の電子書籍コンテンツは、キンドルというアマゾンの専用デバイスだけではなく、iPhone などの iOS 向けや Android 用のキンドルアプリでも読むことができます。同期性とは、Kindle 電子書籍をダウンロードすると、デバイスやアプリのどの環境でも読めて、読んだ途中の箇所もデバイスとアプリ間で共有されることです。
読んだ位置が同期するのが便利です。例えば、出かける前は家で Kindle で98ページまで読み、電車の中では iPhone で続きの98ページから180ページまで読む、帰宅後に残りを読み終える、という共有です。
読むデバイスが変わる度に、読んだページを探す必要がなく、異なるデバイスであたかも一冊の本のようにつながっている環境です。
Amazon のビジネスモデル
ここからはアマゾンのビジネスモデルを見ていきます。
以下の図は、書籍 ストーリーとしての競争戦略 - 優れた戦略の条件 に出てくるアマゾンのビジネスモデルです。この図はアマゾンのジェフ・ベゾス CEO がアマゾンを始める当初から思い描いていたものだそうです。

アマゾンのビジネスモデル
注目したいのは、トラフィックの増大や低コスト構造などのアクションが全て 「顧客の経験」 に結びついていることです。アマゾンのベースなっている考え方は、ユーザー体験を重視することです。
電子書籍のユーザー体験は、快適な読書体験です。アマゾンが電子書籍ビジネスでやったことは、キンドルの端末価格を安くし、今後はキンドルの電子書籍を増やし、キンドル端末からも本を買えるという使い勝手の良さの向上です。
あくまで顧客の読書体験のためで、これらの施策は一貫しています。
1つのプラットフォームで完結する利便性
Kindle という電子書籍デバイスを買い、気づけば読書のさらに多くをアマゾンに依存することになりました。これまでは本を買い届くの部分だけで、届いた後はアマゾンでも書店も買ったものは全て同じ紙の本ですした。
しかし、Kindle 版の電子書籍を買うと本というコンテンツ自体もアマゾンに依存することになります。① 本を入手する、② 読む、③ 保存する / 再読する、の読書フロー全体でアマゾンに一元化されます。
プラットフォームに依存するリスク
全てが一本につながる利便性がある一方で、リスクもあります。
電子書籍を購入してダウンロードした実感は、本を買ったというよりも 「読める権利」 を取得したことです。お金を払った対価としてアマゾンから閲覧権限をもらうことです。
ということは、アマゾンから ID が消えてしまったり、万が一アマゾン自体がビジネスをやめるようなことがあると、入手したコンテンツは見られなくなります。アマゾンに依存するリスクです。
この問題はプラットフォームプレイヤーの力が大きくなるほど出てきます。アマゾンに限らず、グーグルやフェイスブックも同様です。預けているユーザーデータや利用サービスが多いほど、何かあった時のリスクも大きくなります。
結局、「利便性 > リスク」 と判断し、アマゾンやグーグルを使っていくことになりますが、いずれは問題として顕在化するような気もします。