#マーケティング #コアバリュー #変化と挑戦
変えないことを知っているから、すべてを変えることができる――。
この言葉は一見すると矛盾しているように見えるかもしれますが、ブランドの戦略や製品開発など、あらゆるビジネスシーンに当てはまる重要な示唆を与えてくれます。
今回は、前半ではハーゲンダッツの具体的な取り組みについて、どのように 「変えないこと」 を軸にしながらも 「変えること」 を見出したのかを見ていきます。そして後半では、事例から得られる汎用的な学びを考察します。
ハーゲンダッツ
ハーゲンダッツは、アメリカ生まれのプレミアムアイスです。日本には1984年に上陸し 「ご褒美アイス」 の代表格として長年にわたって人気を誇ってきました。コンビニやスーパーなどのお店で見かけるハーゲンダッツのカップはお馴染みの存在です。
しかしここ数年、コンビニやスーパーが自社プライベートブランド (PB) などでも高品質なアイスを積極的に展開し、価格帯もハーゲンダッツと競合するものが増えています。王者といえども安泰ではいられない状況が生まれているわけです。
では、ハーゲンダッツの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
コアバリューを明確化し、「変えない軸」 をつくる
ハーゲンダッツは変化する市場環境や消費者トレンドにおいて、自らのブランドの核となる価値である 「コアバリュー」 を見失いませんでした。
ハーゲンダッツは顧客価値を生み出す源泉を、次のようにあらためて認識しました。
- 圧倒的な品質
- 原材料の質の高さ (濃厚なミルク, 上質なバニラ等)
- 密度の高い製法 (空気含有量を少なくした濃厚な味わい)
これらは、ハーゲンダッツが長年守り続けてきた要素です。ブランドの中心に通る 「変えない軸」 のようなものです。
こうしたハーゲンダッツの本質を描いたのがテレビ CM 「秘密は、密度。」 です。
CM では 「ハーゲンダッツはなぜちょっぴり重いのか?」 という疑問を投げかけました。
アイスクリームに含まれる空気の量が少ない、つまり密度が高いほど濃厚な味わいになるというハーゲンダッツの特徴を視覚的に印象付けた CM です。これを見た消費者はハーゲンダッツの本質的な価値を再認識することになるでしょう。
また、別の CM の 「ザ・ミルク」 では、ミルクそのものへのこだわりを強調し、素材への自信を訴求しています。
商品そのものの本質的価値 (コアバリュー) は変えずに一貫しています。揺るぎない軸があったからこそ、次に見ていく 「変えること」 への挑戦が可能になります。
「変えること」 は柔軟に
コアバリュー以外の部分は、時代や消費者ニーズの変化に合わせて変えていく柔軟さが求められます。ハーゲンダッツが力を入れたのは、利用シーンを広げるためのコミュニケーションでした。
利用シーンを広げるコミュニケーションの進化
冒頭でも触れたように、ハーゲンダッツといえば 「自分へのご褒美アイス」 というイメージが浸透していましたが、競合他社がプレミアムアイスを次々と投入し、ご褒美アイスのポジションを奪い合うようになっていました。
新型コロナウイルス禍をへて消費者の購買行動が変化し、自宅での時間をより重要視するようになり、自分へのご褒美のためにアイスを購入する人が増加したというのが背景です。
多くの企業がプレミアムアイス市場に参入してきましたが、例えばその筆頭が小売りのプライベートブランド(PB) です。コンビニでは、ローソンの 「ウチカフェ ミルクワッフルコーン (300円 (税込み 以下同) ) 、「7 プレミアムゴールド 金のワッフルコーン マダガスカルバニラ (397.44円) 」 など、300円を超えるアイスが当たり前になっています。
またメーカーからは、明治は素材にこだわった 「明治 Dear Milk」 シリーズ (希望小売価格216円) を発売しました。
こうした状況に対し、ハーゲンダッツが取り組んだのが想起してもらうシーンを増やすというコミュニケーションです。ハーゲンダッツは 「記念日」 など複数人で喜びを分かち合うシーンにも着目しました。
例えば、テレビ CM シリーズ 「THAT’S Häagen-Dazs DAYS」 です。
この CM では 「子どもからはじめてママと呼ばれた日」 のような特別な瞬間を夫婦がハーゲンダッツで祝うストーリーを描いています。
ハーゲンダッツは 「みんなで楽しむハーゲンダッツ」 という新たな利用シーンを提案し、自分ひとりでのご褒美アイスにとどまらず、誰かと一緒に喜びを共有するアイスとしての位置づけに広げました。
ラインナップの柔軟な変化で間口を広げる
もうひとつのハーゲンダッツの取り組みは、多彩なフレーバー展開による間口拡大です。
バニラや抹茶などのハーゲンダッツの定番商品はそのままに、約2週間ごとに期間限定フレーバーを発売して店頭の棚を常に新鮮に保ちます。
次々に展開される新商品投入は、他のアイスに流れてしまうライト顧客層や離反層にもハーゲンダッツを手にとってもらえる機会になります。今回はこんなフレーバーが出たという新鮮さに惹かれ、試してみたくなる心理をくすぐることでしょう。ひとたび購入してもらえれば、定番商品に戻る形でリピート購入につながることも期待できます。
新商品を出すことで、店頭でのアイスの商品棚を継続的にハーゲンダッツで確保できるという効果もあります。コンビニやスーパーでの高い配荷率が実現でき、消費者が買いたいと思ったときにすぐに手に取れる状況をつくり出しています。
変えないことを知っているから、すべてを変えることができる
ここまで見てきたハーゲンダッツの話は、冒頭で述べた 「変えないことを知っているから、すべてを変えることができる」 というのを体現している事例です。
ハーゲンダッツはブランドの核となる 「圧倒的な高い品質のアイス」 という、ブランドとしての変えてはいけない軸をはっきりと定め、それ以外の要素は市場環境や消費者トレンドに合わせて柔軟に変えています。
では最後のパートでは、ハーゲンダッツの事例から汎用的に学べることを掘り下げていきましょう。
変えない軸の明確化
変えない要素を中心の軸に定めることは、ブランドの根幹をなします。
ハーゲンダッツの今回の事例での変えないことの軸は、原材料・製法・品質といった、商品そのものが持つ本質的な要素です。これら顧客価値への源泉となる軸をブラさなかったからこそ、ハーゲンダッツはプレミアムアイスとしてのブランドイメージを守り続けることができます。
ハーゲンダッツが 「秘密は、密度。」 という CM でアイスの重さを表現したように、消費者からのハーゲンダッツへのイメージや認識をあらためて喚起する取り組みも行いました。実際のところはこれまでもハーゲンダッツは密度の高さはあったわけですが、あらためてアピールすることでブランドのコアバリューを再び浸透させようという狙いを見て取れます。
「変えない軸」 があるからこそ、思い切った変更ができる
変えないところは変えないと決めてしまえば、残りの要素は必要に応じて思い切り変えるという判断ができます。
ハーゲンダッツは、品質という軸を守ることを前提とした上で、コミュニケーション (利用シーンの拡大) や商品 (期間限定フレーバーの投入) において、変化を取り入れています。
これまでの 「ご褒美」 から 「記念日」 へというコミュニケーションの拡張や、短い期間サイクルでの新しいフレーバーの新商品投入は、品質という中心に通ったハーゲンダッツの軸が信頼としてあるからこそ、消費者に受け入れられます。
もし、ブランドの軸が曖昧だったなら、こうした変化はともすると場当たり的な施策と捉えられ、ブランドイメージをかえって毀損していた可能性もあります。
まず 「変えないこと」 を明確にする
今回のハーゲンダッツの事例は、ビジネス全般に通じる 「変えない部分の大切さ」 を示しています。
ここは絶対に守るという揺るぎない土台があることによって、それ以外の部分は大胆に手を加えることができます。
多くの要素を一度に変えようとすると、本来アピールすべき強みや魅力まで失ってしまうことになりかねません。これを避けるには、自社の強みやブランドの本質がどこにあるのかを見極め、ブレない軸として設定することが重要です。
「変えないことを知っているから、すべてを変えることができる」 という言葉は、こうした意味を持つ教訓です。変えないことをはっきり定めることによって、それ以外の部分を自由に変えられる。ブランドや製品の根っこはしっかりと残り、新しい挑戦を大胆に行いやすくなるのです。
まとめ
今回は、ハーゲンダッツの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 新しい挑戦をする前に 「何を変えないか」 を定める。何を守るべきかを明らかになれば、企業やブランドの存在意義や強みがブレることはない。変えない部分があるからこそ、柔軟な適応ができる
- 変えないことを知っているから、すべてを変えることができる。まず 「変えてはいけないもの」 を明確にすることで、残った 「変えられるもの」 が見えてくる
- ブランドのコアバリュー (中心的な顧客価値) や顧客価値の源泉を維持しつつ、市場や顧客ニーズの事業環境に合わせて変更を加える。「守り」 と 「攻め」 のバランスをとる
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