投稿日 2025/10/10

サントリー 「おうちドリンクバー」 。完成させない余白からの共創マーケティング

#マーケティング #共創 #価値創出

自社の商品やサービスは、どうすればお客さんの心に響き、選ばれ続ける存在になれるのでしょうか?

もしかしたら、私たちは 「完璧なもの」 を提供することに、こだわり過ぎているのかもしれません。

サントリーの 「おうちドリンクバー」 は、あえて完成させないことで、その可能性を教えてくれます。人気を集めた裏には、あえて 「余白を残す」 という戦略がありました。

完成度の高さより、むしろ 「未完成さ」 にこそビジネスチャンスがあるかもしれません。どういうことなのか、ぜひ一緒に紐解いていきましょう。

サントリー 「おうちドリンクバー」 



サントリー食品インターナショナルが展開する 「おうちドリンクバー」 シリーズ。水や炭酸水、牛乳などで割って飲む希釈用飲料です。

2024年4月に 「POP メロンソーダ」 「C.C. レモン」 「デカビタ C」 のフレーバーで発売されました。2025年2月には、新しいフレーバーの 「ペプシコーラ」 が仲間入りし、一躍シリーズの看板商品になりました。

基本的にはペプシコーラや C.C. レモンなどの各フレーバー 「1」 に対して、炭酸水 「4」 の割合で混ぜて飲むと、ペプシや C.C. レモンのそのままの味になります。

炭酸水以外にも、水、牛乳や紅茶、さらにはアイスのシロップ代わりに使えるといった、さまざまなアレンジが SNS でシェアされています。

あえて完成させない 「余白」 をつくるマーケティング


では、「おうちドリンクバー」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。お客さんと一緒になって価値をつくる 「共創での価値創出」 に学びが得られます。

サントリーの 「おうちドリンクバー」 の特徴は、そのまま飲める状態ではない 「希釈用飲料」 としてお店で売っている点にあります。

消費者はドリンクの原液の状態で買うことになり、自分好みにカスタマイズできる余地を大きく残しています。

このアプローチは 「共創マーケティング」 と捉えると示唆的です。

共創マーケティング

お客さんといっしょになって価値をつくるのが 「共創マーケティング」 です。

企業が一方的に商品やサービスを提供するというよりも、意図的にお客さんを巻き込み、共に価値を生み出していくやり方です。

一般的な企業から消費者への一方向での商品・サービス提供やコミュニケーションに対し、共創マーケティングでは双方向の対話や協働を重視します。

お客さんは受け手・消費者にとどまらず、より能動的な関与をし、売り手と買い手は価値創出のパートナーのような関係になります。

未完成だからこそ生まれる顧客の主体性

サントリーの 「おうちドリンクバー」 は、完成された飲料ではなく原液を水や牛乳などで自分好みに割ってから飲むという、いわば商品として未完成な状態で販売されています。

完成していないからこそ、お客さんが介入できる 「余白」 が生まれます。

例えば、市販品の清涼飲料水は甘過ぎると感じているなら炭酸水の割合を多めにし、ペプシコーラの味は好きだけど炭酸は苦手という人は水で割るといった具合です。そのときの気分や好みに合わせて、濃いめにしたり、薄めにしたりと、通常の市販品ではできない自分だけの最適なバランスを見つけたり、作り上げる楽しさがあります。

また、何で割るかというのも自由にアレンジできます。

定番の水や炭酸水もちろん、牛乳と混ぜてラッシー風にしたり (サントリーの公式でも C.C. レモンのラッシーを紹介している) 、紅茶と割ってフレーバーティーのようにしたりと、意外な組み合わせの可能性を秘めています。

さらに、おうちドリンクバーは飲料として飲むという用途に限りません。


濃縮タイプであることを活かし、アイスクリームにかけるシロップとして使ったり、カレーや肉料理の隠し味に加えたりもあります。

商品への利用において余白が残されているで、お客さんは受け身の消費者から、能動的な 「創り手」 へと変化します。

自分で手を加え、工夫するプロセスそのものが、商品に対する愛着や関与を深める体験となることでしょう。

このひと手間かける行為が、自分だけの価値を生み出す喜びにつながるのです。

自己表現からの共創の促進

 「おうちドリンクバー」 が若者を中心にヒットした背景には、SNS における価値観の変化も影響しています。

かつて SNS では、不特定多数から多くの 「いいね」 をもらうことが重視される傾向がありました。

しかし最近は、数よりも質、特に身近な友人やコミュニティの中で 「センスが良い」 「おもしろい」 と認められたいという欲求が高まっているようです。

この文脈において、「おうちドリンクバー」 が自分の好きなようにアレンジできる特徴は、自己表現の手段として相性のよいものです。

自分はこんなユニークな割り方を見つけた、この組み合わせが最高においしい、こんな料理にも使ってみたなどの SNS への投稿は、自身の好みや創造性、普段見せない日常生活の一面をアピールするメッセージとなります。

他の人が思いつかないような楽しみ方を発信できれば、自分のセンスの良さをさりげなく示すことにつながり、承認欲求も満たすことができます。

お客さんが自己表現の手段として商品を楽しみ、その成果 (アレンジレシピや活用法) を発信する。それが他の消費者の目に留まり、自分もやってみたいと新たな参加者・発信者を呼び込む。

こうした UGC (User Generated Contents: ユーザー生成コンテンツ) の連鎖が、売り手である企業が意図した以上の価値を生み出す共創のダイナミズムです。

企業はきっかけを提供し、お客さんが主役となって価値を増幅させていくという好循環です。

共創を促す 「余白」 のつくり方

では、企業はどうすればお客さんの共創を促すような 「余白」 をつくり出せるのでしょうか。「おうちドリンクバー」 の事例から、いくつかのヒントが見えてきます。

  • 自由度を高める: 単一の完成品ではなく、カスタマイズできる調整可能な要素を残す。例えば濃さや色合いの調整など、多様に自分好みにできるようにする

  • 用途を限定しすぎない: 商品カテゴリーを定義しすぎず、他の用途への転用も許容したり、推奨する。飲み物だとしても、飲料だけではなくシロップや調味料としての使い方を打ち出すなど

  • アレンジを提案する: 基本的な使い方だけでなく、多様な組み合わせや利用方法を紹介する。企業側から可能性のヒントを提供し、お客さんの創造性を刺激する。ただし、すべてを提示するのではなく、あくまできっかけにとどめるのがポイント

  • コミュニケーションの場を提供する: お客さんが自身のアイデアやアレンジを発信・共有できる場を用意する


共創を促す余白をつくるために重要なのは、お客さんが 「自分ごと」 として捉え、主体的に関与したくなるような 「遊び」 の部分を意図的に設計することにあります。

マーケティングの役割


ここまで見てきた共創のアプローチは、マーケティングの本質とも深く関わっています。最後のパートでは、あたらめてマーケティングの役割を考えてみましょう。

マーケティングの本質

マーケティングとは 「お客さんから選ばれる理由をつくる活動全般」 です。活動全般と言っているように、マーケティングを広く捉えています。

お客さんに選ばれるとは、商品を買ってもらえる、使ってもらえる、来店してくれる、指名されることです。こうしたことへの 「選ばれる理由」 をつくり、商品やサービスがお客さんから選ばれ続けることによって、商品は生き残っていけます。ひいては自分たちのビジネスも存続できます。

多くの商品や情報があふれる現代において、お客さんから自分たちが選ばれるのを偶然だけに頼るわけにはいきません。ビジネスの文脈では、自社の商品やサービスが意図的に選ばれる確率を高める、そのための戦略や活動こそがマーケティングの役割なのです。

おうちドリンクバーからのマーケティングへの示唆

では、サントリーの 「おうちドリンクバー」 の事例は、このマーケティングの役割とどう結びつくのでしょうか。

ポイントは 「共創できる余白」 です。余白が他にはない独自の顧客体験を生み出し、「選ばれる理由」 になっていることです。

  • 自分だけの味をつくれる体験: 完成品にはない好きなようにアレンジでき、自分の好きなように完成させられる創作意欲の醸成、できあがっての達成感
  • 発見・創造する体験: 新しい組み合わせや使い方を見つける探究心や満足感

  • 共有・共感する体験: 自分のアイデアや作品を SNS で発信し、他者とつながり、認められる喜び


競合商品が味や価格で勝負する中で、「おうちドリンクバー」 は 「自分で創る楽しさ」 「表現する楽しさ」 という、異なる軸で価値を提供します。

余白をつくり、顧客との共創を促すアプローチは、次のようなマーケティングを体現するものです。

  1. 他にはないユニークな顧客体験を創出する
  2. それがお客さんにとっての 「選ぶ理由」 となる
  3. 一過性ではなく、継続して選ばれ続ける存在になる


商品をあえて 「未完成」 にしておくことには勇気がいります。しかしそれは、お客さんを信頼し、その創造性に期待することでもあります。そして信頼に応えるようにお客さんは期待以上の価値を生み出してくれるはずです。

 「おうちドリンクバー」 は、企業と顧客の新しい関係性のひとつの道を示しています。

まとめ


今回は、サントリーの 「おうちドリンクバー」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 商品やサービスをあえて未完成の状態で提供することで、お客さんが介入できる 「余白」 をつくり出す。能動的な参加と創造性を促進できる

  • 余白があることによりお客さんが自分なりにカスタマイズし、個性を表現できるなど、商品に対する愛着が深まる

  • お客さんの創造性を信頼し活用することによって、企業が想定した以上の価値や用途が生み出され、UGC (ユーザー生成コンテンツ) の連鎖による拡散効果も期待できる

  • 企業と顧客の共創からの価値創出は、企業からの一方向的な商品提供から脱却し、企業と顧客がパートナーとして新しい関係性を築くアプローチ

  • マーケティングの本質は 「お客さんから選ばれる理由をつくる活動」 。余白と共創は他社にはない独自の顧客体験として選ぶ理由になりえる


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。