2017/01/15

16年目の旅立ち (愛犬の死)


(2006年1月に撮影)


2017年1月3日、実家の愛犬が亡くなりました。

メスのビーグル犬で、15才9ヶ月でした。実家では室内で飼われていました。特に両親にとっては一緒に暮らしていたので、家族同然の存在でした。

死亡する1週間前から何も食べなくなりました。水を1日に何回か少し舐める程度しか飲まなくなり、最期の3日くらいは水もほとんど飲みませんでした。

最期の1週間は、横になってほとんどの時間は寝ていました。時々、身体を起こし、横になる体勢を変えたり、場所を変える程度でした。他には、おしっこのために外に出たいという動きを示しました。

トイレは必ずそれまでの元気だった時と同じようにできていました。何も食べていない状態なのに、どこにそんな元気があるかと思うほどでした。

最期の2日間は、おしっこのために外に出ることもなくなりました。何も食べず、水分も取っていなかったので、最期は体の中には排泄物はほとんどない状態だったはずです。

身体はやせ細っていました。亡くなる当日まで、意識も目や顔の表情はしっかりしていました。


(2005年2月に撮影)


愛犬の死に様は、私自身にとって理想の最期の迎え方でした。

何も食べず、水も飲まなくなっても、自分の意思を持ち続けていました。顔や目からそれが伝わりました。

全ての排出も済ませ、自分の身体の中のものをなくしていったように見えました。

最期は、息が少し荒くなり、咳のようなものを2回し、息を引き取りました。眠るようにゆっくりと、気持ちよさそうにも見えるような表情でした。

自分の寿命を静かに、最期まで全うしました。

飼い主である両親に迷惑をかけることもありませんでした。最期は大切な人に見守られながらでした。

亡くなる1週間前に、2016年の年末に実家に帰ったときのことでした。

ほとんど寝たきりの状態だったにもかかわらず、私が帰ってきて部屋に入ったことに気づくと、起き上がり尻尾を振りながら歩み寄ってきてくれました。その様子を見て、両親は信じられないと言っていました。

愛犬はたくさんの思い出をくれました。



(2003年8月に撮影)

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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。