#マーケティング #新規事業 #再解釈

身近な日常の中で、思わず目を止めてしまう新しい商品やサービスに出会うことがあります。

仏壇のはせがわが開発した 「推し壇」 もそのひとつです。

一見すると、仏壇という主力の事業領域からは外れているように見える製品なのですが、その裏には確かな戦略がありました。今回はこの事例を通して、新規事業の挑戦への示唆を考えます。

推しのための祭壇 「推し壇」 

出典: PR TIMES

出典: 東洋経済オンライン

 「推し壇」 は、アニメやゲームのキャラクター、アイドルなど、自分の推しを飾るための祭壇です。仏壇大手メーカーの 「はせがわ」 が開発しました。

推し壇は、国産ヒノキ材を使い、本物の神棚と同じ技法で作られた本格仕様です。

20 色の LED ライトと 21 種類の光り方で、推しを美しく照らし出すことができます。屋根の高さは 4 段階に調節可能で、アクリルスタンドからフィギュアまで、様々なグッズに対応しています。価格は 9,900 円です。

開発したのは、入社 3 年目の若手社員の方です。自身も熱心な推し活をしていて、はせがわに入社する前から推しを神棚に飾っていたそうです。社内の新プロジェクト公募に 「Z 世代にとっての尊い存在 = 推し」 という企画を提案しました。

推しを持つ人にとって、その存在は生きる支えであり、アイデンティティにもなり得るという推しへの信念。推しと大切に向き合って、お祈りを捧げる、感謝をするという行為は、心の平和と生きる力につながるという考えが、社内公募企画で役員の心を動かし、商品化が実現したのです。

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では、推し壇の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

既存事業の常識を飛び越える、新しい事業のつくり方

はせがわの 「推し壇」 の事例からは、既存事業とは異なる領域に挑戦をする新規事業への示唆が得られます。

そこで、マーケティングの視点も入れて、成功確率を高める秘訣を紐解いていきます。

お客さんを決める

はせがわは従来、仏壇や仏具を求める中高年層を主なお客さんとしていました。

宗教行事に関わる家庭が中心で、供養や祈りという伝統的な文脈でビジネスを展開してきました。

しかし推し壇では、アニメやアイドルなど推し活に熱心な若い世代から中堅層へと、明確に注力顧客を変えました。ご先祖ではなく推しを祀る人、宗教的背景よりもエンタメ的・趣味的な文脈で神聖視する人を狙ったわけです。

はせがわが、もし既存事業の延長線上で考えていたなら、「モダンなデザインの仏壇」 のようなアイデアにとどまっていたかもしれません。しかし、はせがわは自社の今の顧客リストの外に広がる全く異なる世界に目を向けました。

新規事業を考える時、既存顧客の中やその周辺に新しいニーズを探すことをするでしょう。

しかしこの事例は、「誰をお客さんにするか」 という最初の問いを大胆に設定し直すことにより、全く新しい市場を切り開ける可能性を示します。この最初の決定が、その後の戦略の方向性を決定づけるのです。

お客さんのことを理解する

注力顧客を定めたら、次はお客さんの内面までを深く理解することが大事です。

推し活をする人にとって、推しはただの憧れの対象ではありません。毎日への活力をくれ、精神的な支え、時には信仰にも近い尊い存在です。

推し活をしている人は、アクリルスタンドやフィギュア、写真といったグッズを収集し、大切に飾り、眺めることで心を癒やし、明日へのエネルギーを得ています。

そんな推し活に励む人たちのニーズや不満は、

  • 大切な推しをもっとふさわしい場所で、敬意をもって飾りたい
  • 推しへの感謝や応援の気持ちを具体的な形で表現したい
  • 祈りや手を合わせるような、心を捧げる場が欲しい
  • カラーボックスや本棚の一角では、その尊さを表現しきれない
  • 雑然と置くことに、どこか罪悪感や物足りなさを感じている

こうした言葉にならない想いや潜在的な困りごとを、はせがわは正確に捉えました。

新規事業への示唆は、データや調査だけでは見つからない顧客の本音に迫ることです。

注力顧客への理解を深め洞察を得られたのは、企画者自身が熱心なファンであり、推し活の当事者だったからです。注力顧客の文脈や価値観に共感する自分ごと化できる視点が、お客さんの本質的なニーズを発見するカギを握ります。

顧客自身も言語化できていない、満たされない想いを共有できる顧客起点が、新規事業の挑戦への扉を開きます。

困りごとを解決する商品を用意する

お客さんの困りごとが見えたら、それを自分たちならではの方法で解決します。

はせがわは、「推しを尊び、祀るための神聖な場所がない」 という困りごとに対し、これ以上ない解決策を提示しました。

それは、自社の強みを、新しい注力顧客の文脈に合わせて再編集することでした。

言い換えれば、既存の強み (技術資産) の転用ですが、もし 「推し壇」 が安価なプラスチック製の飾り棚だったら、推し活の人たちからの熱狂は生まれなかったでしょう。

国産ヒノキを使い、神棚をつくる伝統技術をそのまま活用するという本物感が、推しは尊い存在という推し活をする人たちの心に刺さったわけです。

ただし、はせがわは神棚の技術を単純に横展開したわけではありません。

屋根の高さを調整可能にし、様々なグッズに対応させることができる。推しのイメージカラーで照らせる 20 色の LED ライトからの演出機能を加える。これらはすべて推し活という文化への深い理解と共感、リスペクトにもとづいた、顧客ニーズを満たす価値提案でした。

新規事業への示唆は、自社の強みを異なる文脈で再解釈し、組み合わせることの重要性です。

新規事業とは、必ずしもゼロから全く新しいものを生み出すことだけではありません。既存の技術資産を棚卸しし、新しい顧客の困りごとに応用することで独自の価値提案が生まれるのです。

お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

商品が完成しても、その魅力がお客さんに伝わらなければ意味がありません。

お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらうわけですが、このプロセスは、顧客文脈という "鍵穴" を発見し、それに "ぴったり合う鍵" を提供するという行為に例えることができます。

鍵穴が顧客文脈とニーズ、合う鍵は提供する商品となります。

  • 鍵穴 (顧客文脈・ニーズ) : 自分の大切な推しは尊い存在。ふさわしい場所で祀りたいというファンの潜在的欲求
  • 鍵 (顧客価値) : 伝統と格式ある仏壇店が、その技術の粋を集めてつくった推しのためだけの神聖な祭壇 「推し壇」 

この魅力は、商品のスペックを詳細に語るよりも、「あの "お仏壇のはせがわ" が本気でつくった推しの祭壇」 という事実そのものが、何より雄弁なメッセージとなりました。

伝統と革新の意外な組み合わせによるギャップが強いフックとなり、広告に大きく頼らずとも、SNS を中心に情報は自然と拡散しました。

商品名も秀逸です。「推し壇」 というネーミングは、注力顧客に一瞬で 「これは自分のための商品だ」 と自分ごと化させる力を持っています。また、「祀る」 「厳かに飾る」 「神々しい」 といった推し活をしている人と同じ言葉選びが、ファンの価値観と共鳴し、商品の本質的な価値を的確に伝えました。

さらに、X での告知が熱心なファンによって拡散された後、アニメグッズ専門店 「アニメイト」 や雑貨も取り扱う書店 「ヴィレッジヴァンガード」 での販売も開始されました。

注力顧客の価値観や文化、行動、習慣を理解し、お客さんがいる場所に商品を届けるという、マーケティングを実践したのです。

優れたコンセプトは、それ自体が最高のコミュニケーションになります。

新規事業への示唆は、コンセプトはそれ自体が最高のマーケティングコミュニケーションになるということです。商品というモノだけでなく、注力顧客と背景ストーリーもしっかりと伝えることでお客さんの心を動かせます。

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推し壇の事例のポイント、「供養」 から 「推し活」 へと変えた大胆さと、自社資産の再解釈 (リフレーミング) と横展開にあります。

新規事業に挑戦する企業にとって、誰に向けるかを変えることで既存資産が新しい価値を生む源泉になるという示唆を与えてくれます。

既存の技術や強みを棚卸しし、異なる文脈で再定義する。顧客の内部に入り込み、表面化していない潜在ニーズを発見する。見出した "鍵穴" に対して、お客さんの価値観や言葉、行動様式に合わせたコミュニケーションを展開し商品 (ぴったり合う鍵) を届ける――。

新規事業に示唆的な事例です。

まとめ

今回は、推しのための祭壇 「推し壇」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 注力顧客の再設定: 従来の 「仏壇を求める中高年層」 から 「推し活に熱心な若者」 へとターゲットを大胆に転換し、全く新しい市場を切り開いた
  • 深い顧客理解: 開発者自身が熱心な推し活の当事者であり、「推しを敬意をもって飾りたい」 というファンならではの価値観、潜在的なニーズ、推し活で生じる不満を的確に捉えた
  • 事業資産の再解釈と有効活用: 仏壇製造という既存の技術を 「推し活」 という新しい文脈で再解釈。本物感と機能性を両立させた推し活の人たちにとって魅力的な商品を開発した
  • 顧客文脈に沿ったコミュニケーション: 仏壇屋が本気でつくった推し活のための祭壇という意外性のあるコンセプト、 商品名の 「推し壇」 という秀逸なネーミング、そして注力顧客が利用する店舗での販売など、お客さんの "鍵穴 (顧客文脈) " に合ったコミュニケーションで商品 (鍵) を届けた