投稿日 2026/02/06

スポーツジムが幼児園を開設。自社資産を活かした新規事業のつくり方

#マーケティング #新規事業 #既存資産の有効活用

会社に、眠っている資産はないでしょうか?

普段見慣れた施設、長年培ったノウハウ、当たり前にいる社員たち。それらを 「日常の風景」 と見過ごし、新しい事業の種はどこか遠くにあると思い込んでいないでしょうか。

そうした 「当たり前」 こそが、未来の収益の柱となる宝の山かもしれません。

今回は、スポーツジム 「メガロス」 が自社の資産を活かした事例を取り上げます。

会社の 「当たり前」 を宝に変える視点とは?そのヒントを探っていきます。

スポーツジムが幼児園を開設


出典: PR TIMES

スポーツクラブ 「メガロス」 を運営する野村不動産ライフ & スポーツが、2024年4月に町田、翌年の2025年4月に武蔵小金井で認可外幼児園 「i Kids Star メガロス」 を開設しました。

対象は2歳から6歳までの子どもです。

スポーツクラブの2階に併設されているのが特徴です。

また、やる気スイッチグループの 「i Kids Star」 とフランチャイズ契約を結び、英語・日本語のバイリンガル教育、知育、運動指導を柱とした教育プログラムを提供しています。

幼児園の開園の背景にあるのは、高所得共働き世帯が抱える課題や子育てへのニーズでした。

世帯年収1500万円前後のパワーカップル・ファミリーは、子どもの教育に大きな金額を投じる一方で、共働きゆえに複数の習い事への送り迎えができないという悩みを抱えていました (参考情報) 。

そこでメガロスは、自社のプールや体育施設、キッズスイミングのノウハウといった既存資産を活用し、保育と教育と習い事を一体化させた新しいサービスを開発しました。

専門コーチによるスイミングや体操教室を保育時間内に組み込み、保育士が着替えまでサポート。午後8時までの延長保育にも対応することで、忙しい親の時間的な制約を解決します。

月額利用料は国の助成を受けて5 ~ 6万円と一般的な私立保育園より高額ですが、英語教室やスイミングスクールに個別に通わせる場合と総額は大きく変わりません。送迎の手間が省けることから、遠方からも子どもを通わせる保護者が集まっているようです。

* * *

では、「i Kids Star メガロス」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、既存のスポーツジムで培ったノウハウや人的資産などの独自事業能力を活用し、新たなビジネスに横展開したということです。

マーケティングの観点で言えば、強みの源泉となる既存資産を活かして、新しい注力顧客として幼稚園児とその親に定め、他にはないここにしかない顧客価値を提供しようとするためのヒントが得られます。

マーケティングとは


あらためて 「マーケティングとは何か」 を言語化しておきましょう。

マーケティングとは 「お客さんから選ばれる理由をつくる活動全般」 です。活動全般と言っているように、マーケティングを広く捉えています。

お客さんに選ばれるとは、商品を買ってもらえる、使ってもらえる、来店してくれる、指名されることです。こうしたことへの 「選ばれる理由」 をつくり、商品やサービスがお客さんから選ばれ続けることによって、商品は生き残っていけます。ひいては自分たちのビジネスも存続できます。

お客さんから自分たちが選ばれるのを偶然に頼るのではなく、ビジネスの文脈では自社商品やサービスが意図的に選ばれる確率を高めるのがマーケティングの役割です。

メガロスのマーケティング活動


マーケティング活動は、大きく6つのステップで捉えることができます。

メガロスの事例が、いかにこのステップに沿って進められたかを見ていきましょう。

[Step 1] 注力するお客さんを決める

マーケティングの出発点は、誰をお客さんにするかを決めることです。

メガロスは、漠然と 「子ども」 や 「親」 をターゲットにしたわけではありません。彼らが注力するお客さんとして明確に定めたのは、「世帯年収1500万円前後の高所得な共働き世帯 (パワーカップル・ファミリー) 」 でした。

顧客層を定めることで、注力顧客が抱える特有の課題や価値観が浮き彫りになり、その後の戦略がシャープになります。

[Step 2] お客さんのことを理解する

お客さんを決めたら、次はその人たちのことを深く理解するフェーズです。

メガロスは、定めた顧客層の深層心理やニーズを徹底的に洞察しました。

パワーカップル・ファミリーの価値観は明確です。

自分たちが高学歴・高収入である背景から、子どもの教育に対しても投資を惜しみません。特に、将来の選択肢を広げるための英語教育や知育への関心が高く、同時に心身の健全な発達のためにスポーツも習わせたいと考えています。

しかし、パワーカップル・ファミリー層は困りごとを抱えていました。

最大の問題は時間の制約です。共働きで多忙なため、複数の習い事への送迎が物理的・時間的に困難でした。

平日は仕事で手一杯、週末は家族の時間に充てたい。子どもに最高の環境を与えたいという理想と、時間がないという現実の間にジレンマが存在していたわけです。

スイミングのような習い事では、子どもが小さいうちは自分で着替えられないため、親がレッスン終了まで待機しなければならないという問題もありました。この待機時間は仕事や他の活動に使えない無駄な時間となっていました。

[Step 3] 困りごとを解決する商品を用意する

顧客のペインポイントを解決するため、メガロスは全く新しいサービスをつくりました。

それがスポーツクラブ併設型のバイリンガル幼児園です。

注目したいのは、自社の独自資源を最大限に活用した点にあります。

自社の独自資源とは、メガロスが長年培ってきたプールやスタジオといったハード資産、キッズ向けスイミングや体操教室の運営ノウハウ、専門知識を持つインストラクターという人的資産です。こうした事業資産を活かすことにより、メガロスは他社には真似できない本格的なスポーツ教育という価値を組み込むことができました。

一方で、自社にノウハウがないバイリンガル教育や知育の分野は、その道のプロであるやる気スイッチグループとフランチャイズ契約を結ぶことで補いました。

自社の強みを活かし、足りない部分は最適なパートナーと組む。この戦略により、英語もスポーツもという顧客ニーズにワンストップで応える、他にないユニークな商品が誕生したのです。

保育時間内にスイミングや体操を組み込み、保育士が着替えまでサポート。午後8時までの延長保育にも対応。共働き世帯の時間的制約を解決する幼児園です。

[Step 4] お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

優れた商品ができたら、お客さんにその魅力を伝え、「自分ごと化」 してもらうステップです。商品やサービスの顧客価値を、いかに注力顧客に自分ごととして捉えてもらえるかです。

メガロスが伝えるべき 「選ばれる理由」 は明確でした。

質の高いバイリンガル教育と、プロが教える本格的なスポーツ教育を、親の送迎負担ゼロで実現できる唯一の場所。時間的制約に苦しむパワーカップルにとって、福音とも言える内容です。

月額5 ~ 6万円という料金は一見高額に見えます。しかし、英語教室とスイミングスクールに個別で通わせた場合の総費用、さらに毎週の送迎にかかる親の時間と労力という機会費用を考慮すれば、むしろ合理的な投資であると理解してもらえるはずです。

[Step 5] お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む

マーケティングは、商品を売って終わりではありません。お客さんが実際に商品を使い、価値を実感して初めて意味を持ちます。

スポーツジムが開設した外国語やスポーツ、プログラミングなどの教育に力を入れている幼児園を利用することで、親は子どもの習い事の送迎から解放され、夕方の時間を有効に使えるようになります。精神的・肉体的な負担が軽減されることでしょう。保育士がスイミング後の着替えまでサポートしてくれるなど、細かな手間が省けるのも価値です。

一方、子どもにとっても移動時間がなく、慣れた環境で質の高い教育と運動に集中できるというメリットがあります。英語力と運動能力が、楽しみながら着実に向上していきます。

このように、親と子の双方にとって具体的な価値が生まれます。

[Step 6] お客さんに他ではなく自社商品を選んでもらえる状態をつくる

最後のステップは、一度きりではなく、お客さんから 「選ばれ続ける状態」 をつくることです。

メガロスの競争優位性は強固です。

模倣困難性の観点では、プールや運動施設への投資は大きな参入障壁となるので、スポーツクラブ施設を持たない競合にはこの幼児園は簡単には真似できません。

普通の幼児園が、メガロスレベルのプール施設と専門インストラクターを揃えるのは、大きな投資が必要です。

次にネットワーク効果では、子どもを通わせる親がジム会員になるケースなど、野村不動産のプラウドマンションとのシナジーも生まれます。

さらにスイッチングコストも高いというのもあります。子どもが慣れた環境から移ることの心理的ハードルは大きく、統合的サービスをまるっと受けられることの恩恵から他に変えるという動機は生まれにくくなります。

メガロスは、「スポーツ (自社の強み) 」 と 「バイリンガル教育 (パートナーの強み) 」 をかけ合わせることによって、競合が容易には模倣できず、ここにしかない顧客価値をつくり上げました。

事例から学べることは明確です。既存資産を新しい視点で見直す。注力顧客の深いペインポイントを解決するために、自社の強みと他社パートナーの強みを組み合わせて独自の価値を創造する。そして、模倣困難な競争優位性を構築する。

この事例は、既存事業の資産を活用した新規ビジネス創出のヒントになります。

まとめ


今回は、「i Kids Star メガロス」 というスポーツジムが開設した幼児園の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 特定の顧客層を定め、注力顧客の困りごとを理解する。「顧客設定」 と 「顧客理解」 がマーケティングの起点となる

  • 自社の既存資産を有効活用する。既存の施設、技術、ノウハウといった自社の独自資源を新しい視点で見直し、異なる事業領域で活用する可能性を探ることが新たな事業機会につながる

  • 足りない能力は外部との連携で補うのも手。すべてを自前主義で進める必要は必ずしもない。自社にない専門性やリソースは、強みを持つパートナーとの連携によって効果的に獲得するといい

  • 強みをかけ合わせ独自の価値を創造する。強みを組み合わせることにより、単独では生み出せない顧客価値 (お客さんから選ばれる理由) を生み出す

  • 模倣されにくい事業モデルを設計する。独自の資産やパートナーシップからもかけ合わせることで、競合が簡単に真似できない参入障壁を築き、持続的な競争優位性をつくり出せる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。