投稿日 2026/01/31

[書評] フロントライン (増本淳) 。危機を乗り越える5つの行動原則

#マーケティング #危機対応 #本

2020年2月、横浜港に停泊した大型豪華客船 「ダイヤモンド・プリンセス号」 。

この船で起きた新型コロナウイルス集団感染への対応を描いた書籍である 「フロントライン (増本淳) 」 は、私たちに重要な問いを投げかけます。


この本はただの事実を記録した書籍ではありません。極限状況で人がどう行動するのか、組織や社会はどう機能 (あるいは機能不全に陥る) するのか。

本書から学べる、危機を乗り越えるための原理とは何かについて、5つの視点から掘り下げます。

本書の概要



新型コロナウイルス集団感染事件を題材にした本作は、2020年2月に横浜港に入港したダイヤモンド・プリンセス号の混乱を描く事実にもとづく物語です。

あの時、本当は何が起こっていたのか?

ストーリーのはじまりは、新型コロナウイルス感染者を乗せたクルーズ船が港に留め置かれ、乗員乗客約3700人が隔離されたことに端を発します。

厚労省の要請で災害派遣医療チーム (DMAT (ディーマット) ) がダイヤモンド・プリンセス号に乗り込み、船内で限られた医療資源の中、感染拡大を防ぐため奔走します。物語は DMAT の指揮官である結城英晴を中心に進み、厚労省の官僚や外国人乗客、報道関係者など複数の立場からそれぞれの正義や葛藤が交錯する形で真実へ迫ります。

本書は、災害派遣医療チーム DMAT による 「最前線 (フロントライン) 」 での必死の救命活動と、彼ら・彼女らを批判し歪んだ物語を流布したマスメディアとの間の、二つ目の心理的な戦線という二項対立が現れます。

この本は 「あの時、ダイヤモンド・プリンセス号の中で、本当は何が起こっていたのか?」 という問いに答えようとする試みと言えます。新型コロナのパンデミック初期の混乱を巡る記憶の風化を起こさず、社会に一石を投じる役割も担っています。

勇気と献身

本書の主題は、「前例のない危機に立ち向かった人々の勇気と献身」 です。

この本のことが 「事実にもとづく勇気の物語」 と説明されるように、物語全体を貫くのは命を救うために行動する医療従事者の姿です。

DMAT 隊員が体現する 「命を守るために、やれることは全部やる」 という信条は作中でも何度も描かれ、読者に献身的な行動の尊さを伝えます。

また、複数の登場人物を通じて 「人が人を思う力」 や 「誰かがやらなければ」 という覚悟が描かれます。

他には、メディア報道の偏向や世論の反応もテーマになっており、報道に流されるだけでは見えない現場の真実やリスク管理の困難さが提示されます。

本書から、苦境に置かれた人々への共感の大切さや、情報を鵜呑みにせず事実を探る姿勢、そして社会的危機に際して個々人が取る勇気ある行動の意味を学び取ることができます。

読んで思ったこと


では後半のパートでは、本書を読んで思ったことを考えていきます。

人として正しいことをやる

物語の中心を貫くのは、「目の前に助けを求める人がいるなら、専門外であろうと、前例がなかろうと、手を差し伸べる」 という、シンプルで純粋な人道主義です。

災害派遣医療チームである DMAT は本来、地震などの自然災害を専門とするチームであり、未知の感染症対応は専門外でした。にもかかわらず、自ら志願して未知の新型コロナウイルスが蔓延しているクルーズ船という閉鎖空間に乗り込みます。

そこには明確な治療法も、十分な装備も、確立されたマニュアルもありませんでした。ただ 「医師として、人として、やるべきことをやる」 という強い使命感だけが彼らを突き動かしたのです。

社会において、組織の論理や規則、採算性、そして責任問題は、人として正しいことよりも優先されがちです。しかし本書の登場人物たちは、その全てを後回しにしてでも人命を優先します。

規則と現実の狭間で苦悩し、自らの判断が本当に正しいのかと葛藤する普通の人々として描かれています。だからこそ、彼ら・彼女らの行動は 「かくあるべきプロフェッショナルとは何か」 を読み手に問いかけます。

組織の歯車としてではなく、一人の人間として倫理的な判断を下すことの尊さと、その実践に伴う難しさを本書は浮き彫りにします。

リスクをとる

DMAT の活動は、常に多大なリスクと隣り合わせでした。

  • 感染のリスク: 未知のウイルスに感染し、自らが媒介者となるかもしれない恐怖
  • キャリアのリスク: 万が一対応に失敗した場合、医師としてのキャリアに傷がつく可能性
  • 批判のリスク: 前例のない対応は、必ずしも理解されず、結果次第では激しい非難を浴びる危険性


物語では、DMAT を率いる医師が、これらのリスクを一身に背負いながら、船内での活動継続や、より困難なミッションへと踏み出す決断を下す場面があります。

また、感染者の受け入れを表明した医療センターのように、風評被害や院内感染のリスクを覚悟の上で、社会的な責任を果たすために手を挙げた人々も描かれます。

本書が暗に示すのは、「リスクを取らないことが最大のリスクになる」 ということです。

もし DMAT が、あるいは医療機関が、規則の範囲内でしか動かず、リスクを回避することに終始していたら、船内の状況はさらに悪化し、より多くの命が失われていたかもしれません。

周囲の反対や躊躇は、現状維持を望む力の表れです。その中で、未来を見据え、より大きな善のためにあえて困難な道を選ぶ勇気。それは、単なる無謀な賭けではなく、緻密な現状分析と、自らの信念にもとづいたリスクテイクであったことが物語から読み取れます。

まわりが躊躇する中で、正しいと信じる道を進むことの偉大さを考えさせられます。

登場人物たちの行動は、正しいと信じることのために、いかにして不確実性を受容し、一歩を踏み出すかというリーダーシップの本質を示します。

ルールを破るのではなく、ルールを変える

本書では、DMAT のような現場のプレイヤーだけでなく、彼ら・彼女らを後方で支えた厚生労働省の若き官僚の存在も、物語の中で重要な役割を果たします。

小説のストーリーでは、硬直化した行政組織の中で、法律や省庁間の壁というルールと対峙することになる場面があります。

現場からは次々と前例のない要求が突きつけられ、法律はそれを想定していません。

厚労省の官僚は 「法律で決まっているからダメだ」 と切り捨てるのではなく、「どうすればこの法律を現場の実態に合わせて解釈し、運用できるか」 という視点で奔走します。上司を説得し、他省庁と粘り強く交渉し、現場が動きやすいようにルールの隙間を見つけ、あるいは新たな解釈から突破口をつくっていくのです。

これは、ルール破りとは一線を画します。ルールを無視したり破るのではなく、ルールの目的や考え方を理解した上で、現実の問題を解決するためにルールそのものを変えようとするアプローチです。

硬直した組織や社会において、変革は強い抵抗に遭います。しかし、巨大なシステムの中にあっても、個人の意志と知恵が状況を打開するきっかけになり得ることを示しています。

厚労省の若き官僚は、現場の DMAT の医療従事者とは違う形で人命を救うというミッションを遂行した、もう一人の 「フロントライン (最前線) 」 の戦士でした。

日常への感謝、極限状況下での労い

小説の物語は、極限の緊張感が続く一方で、ふとした瞬間に交わされる感謝の言葉の温かさを描きます。

DMAT 隊員同士が互いの無事を確かめ合い、短い言葉で労うシーン。救出された乗客が、SNS を通じて医療従事者への感謝を発信する様子。絶望的な状況下で、人々がかろうじて保っていた人間性の光でした。

また、この未曾有の事態を経験したからこそ、登場人物たちは 「当たり前の日常」 がいかに奇跡的で、感謝すべきものであったかを痛感します。

家族と食卓を囲む、友人と会う、自由に外出するといった、失われて初めてその価値に気づく日常。その回復を願う気持ちが、彼らの過酷な戦いを支える原動力のひとつとなりました。

感謝の気持ちはストレスを軽減し、精神的な回復力を高める効果があります。辛い状況だからこそ、意識的に感謝できる対象を見つけることは、人間の精神的な強靭さ (レジリエンス) の源泉となります。

本書での感謝のエピソードは、単なる美談ではありません。先の見えない不安の中で、人が人とのつながりを再確認し、自らの存在意義を見出し、明日へ向かうためのエネルギーを補給するものでした。

目の前の人を労い、当たり前に感謝する心を持つことが、いかに困難な状況を乗り越える力になるかを、この物語は静かに、しかし力強く教えてくれます。

実態を知らない外野からの安易な批判と暴力性

DMAT が命懸けで戦う一方、外の世界ではメディアや SNS による断片的な情報にもとづいた批判が渦巻いていました。「政府の対応は後手後手」 「現場は混乱し、ずさんな対応に終始している」 といった論調です。

これらの批判は、最前線の実態を無視したものでした。DMAT が専門外の領域で、情報も資源も限られる中、いかに知恵を絞って戦っていたかという事実を捉えていなかったのです。

さらに深刻なのは、これらの報道や世論が、ボランティアで参加した医療従事者やその家族に対する理不尽な差別や偏見を助長したことです。

具体的には、ダイヤモンド・プリンセス号から勤務先に戻った医師が他の医師や看護師からバイキン扱いされる、子どもが学校でいじめに遭う、保育園から登園を断られるなど、ウイルスだけでなく、社会の無理解とも戦わなければなりませんでした。

本書は、情報化社会における言葉の暴力性を鋭く突きます。

現場を知らない外野からの安易な批判が、当事者たちの心をどれほど深く傷つけ、彼らの善意や使命感を踏みにじるか。そして、その批判が、いかに容易に具体的な差別的な行動へとつながってしまうのか。その恐ろしい連鎖を描きます。

これは、ダイヤモンド・プリンセス号だけの問題ではありません。

SNS では、誰もが外野から、当事者の背景や現状を見ることなく、安易に断罪する側に回り得ます。

小説の物語はメディアリテラシーの重要性を訴えかけます。情報を受け取る側の一人ひとりに対し、自らの発する言葉や判断に責任を持つこと、そして、声高な批判の裏にあるかもしれない報じられない側面や真実に思いを馳せることの重要性です。

まとめ


今回は、書籍 「フロントライン (増本淳) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 小説 「フロントライン」 は、ダイヤモンド・プリンセス号のコロナ集団感染を題材に、DMAT・官僚・乗客・報道の視点から本当に起きていたこと、そして救命最前線の葛藤を描く事実にもとづく物語

  • 人として正しいことをやる: 組織の論理や規則よりも、目の前の命を救うという普遍的な正義を優先する、プロフェッショナルとしての姿勢を問いかける

  • リスクをとる: 感染やキャリア、批判といったリスクを恐れず、より大きな善のために困難な道を選ぶリーダーシップの大切さを示す

  • ルールを変える: 既存のルールをただ破るのではなく、現実の問題を解決するために解釈や運用を創造的に変革していくアプローチを学べる

  • 感謝と労い: 当たり前の日常の尊さ。極限状況において、日常や他者への感謝の気持ちが、困難を乗り越えるための精神的な支えになることを教えてくれる

  • 安易な外野からの批判の危険性: 実態を知らない安易な批判が、いかに現場を傷つけ、差別を助長するかという暴力性を描き、メディアリテラシーの重要性を訴える


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。