#マーケティング #顧客理解 #差別化の罠

売り手と買い手の認識には少なからずギャップがあります。

企業が必死に訴求する 「独自製法」 や 「機能性」 。しかし消費者は、そんな理屈ではなく 「なんとなくおいしそう」 という直感で商品を選んでいたりします。

サントリーが 2 年間の徹底した消費者調査で突き止めたある事実は、「差別化の罠」 を浮き彫りにしました。売り手の思い込みを覆し、市場の 「ど真ん中」 を取りにいった事例から、ビジネスの本質を考えます。

サントリー 「-196」 

出典: FELICITY

サントリーは、2025 年 7 月にアルコール缶飲料の代表ブランドである 「-196 (イチキューロク) 」 の新シリーズを発売しました。

-196 はこれまで無糖シリーズ、アルコール度数 9% のストロングゼロシリーズを先行展開していましたが、新たに 「果物がおいしいチューハイ」 シリーズを投入しました。

 「-196 果物がおいしいチューハイ」 は、サントリーが今の時代の新しいスタンダードのチューハイを目指して開発されました。

特徴は果物のみずみずしい味わいです。果物をまるごと瞬間凍結させてパウダー状にし、原酒に漬け込む独自の 「-196℃ 製法」 により実現されました。

発売直後から 1 か月で 2000 万本を突破。この間の累計販売数量は年間計画の約 8 割に到達したという好調な売れ行きを見せました (参考情報) 。

成功の裏にあったのは、2 年間にわたる徹底した消費者調査と、消費者のことを深く理解してのマーケティングでした。

* * *

では、サントリーの 「-196」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、売り手である企業が陥りがちな思い込みや、ビジネスの本質について、多くの気づきを与えてくれます。

売り手と買い手のギャップ

サントリーが見出したのは、売り手と買い手で、商品の魅力を感じるポイントは全く違っていたことでした。

売り手の認識

サントリー 「-196」 の事例が明確に示しているのは、売り手と買い手がいかに異なる視点で商品を見ているかということです。

売り手の視点では、メーカー各社は自社製品の優位性を示すことに注力します。

アルコール飲料の場合では、「独自の製法」 「アルコール度数」 「糖質オフ」 といった機能的な特徴をアピールするというようにです。サントリーも、-196℃ の独自製法やアルコール度数、無糖といった商品特性こそが消費者を引きつけ、他社と差別化する重要なポイントだと信じて疑わなかったことでしょう。

買い手の選び方

サントリーは約 2 年間、延べにして 2300 人以上の消費者への調査を実施してきました (参考情報) 。

しかし行ったデプスインタビューやグループインタビューの手応えは乏しいものでした。アルコール缶飲料を飲む動機や商品を選ぶ理由は 「リフレッシュしたい」「飲みやすいから」 といったサントリーの想定通りの答えばかりが返ってきたからです。

そこでサントリーが新たに取り組んだのが、文化人類学の 「参与観察」 という手法でした。参与観察とは、調査対象の社会や文化に実際に参加し、その様子を観察する手法です。

サントリーの担当者は、参与調査の対象になった 30 代を中心とする 4 つの世帯を繰り返し訪問し、夕食の準備から団らんの時間まで一緒に過ごしながら、普段通りのお酒との付き合い方を観察しました。

どのようにお店の酒売り場に行き、どう商品を選ぶのか。買い物帰りの袋からどの缶を先に冷蔵庫へ入れるのか。複数の銘柄が並んでいるときに何を根拠に選ぶのか。細かな行動を丁寧に記録しました。

参与観察の調査結果から見えてきたのは、消費者は売り場や冷蔵庫で 「今日はこれ」 と直感的に缶を選んでおり、それに至る明確な理由は見出せないという事実でした。何百人、何千人に尋ねても返ってくるのは想定の範囲内の答えばかり。最後に残ったのは、「おいしそう」 という直感にもとづく、はっきりとした理由なき選択だったのです。

選択の瞬間は、理屈を超えた感覚が支配していました。売り手が必死に伝えようとしていた機能性などの特徴は、実際の選択の場面では二の次、三の次だったという真実がそこにはあったわけです。

差別化の罠と回避

こうした売り手と買い手のギャップに気づかないまま、売り手の発想だけの買い手不在の差別化を続けると足元をすくわれます。

 「手段の目的化」 となる差別化の弊害

売り手と買い手のギャップは、サントリーだけの一社の話ではなく、アルコール缶飲料の市場全体が陥っていた構造的な事象でした。それは、「差別化」 という手段が、いつしか 「目的」 になってしまうという罠です。

ビジネスにおいて差別化が重要なのは言うまでもありません。各社は競って製法や度数、糖質などの細かな機能差で違いを積み上げていきました。比較表では確かに各社の特徴が映えます。しかし現実の消費者は、比較表を見ながら商品を選んでいるわけではないのです。

売り手が細部の差にこだわるほど、買い手である消費者の評価基準である直感的な 「おいしさ」 から離れていく。顧客不在の 「差別化ごっこ」 のようになってしまうと、むしろ逆効果です。

商品の機能的な差別化に注力するあまり、アルコール缶飲料の普遍的な価値である 「おいしそう」 という最も基本的で重要な価値訴求をどの企業もしておらず、いわば市場の空白地帯となっていました。チューハイという商品にとって最も本質的な価値が盲点になっていたのは皮肉な結果でした。

市場の 「ど真ん中」 を狙ったサントリー

サントリーは、この空白地帯こそが最大のチャンスであると見抜きました。

参与観察で見えてきた生活者の行動は、理屈を超えて 「見た瞬間に食欲をそそられるかどうか」 で商品を手に取るというものでした。であれば、最も分かりやすくおいしそうを体現できる題材は 「果物」 だと考えたのです。

-196 の新シリーズでは、従来の無糖やストロング系に比べて、味わいそのものを 「果物がおいしい」 と感じさせる方向に振り切りました。

-196℃ 製法による果実感の再現を追求し、パッケージも一目で見て 「おいしそう」 と感じさせる方向に統一。缶に果物のイラストを大きく載せ、背景には夏空を思わせるブルーを採用しました。

情報をたくさん載せたくなるのを抑えて、むしろ引き算を徹底。語りすぎることなく、果物のおいしさというシンプルな訴求をビジュアルで見せることを狙いました。

小売などの流通への提案でも、サントリーが一貫して伝えたのは 「おいしい」 というど真ん中の価値でした。

各社が機能的な差別化を競う中で、あえてシンプルに 「果物がおいしいチューハイ」 と正面から打ち出したところ、小売の商品仕入れ担当を担うバイヤーからは 「わかりやすい」 「結局おいしいのが一番大事だ」 といった声が上がり、提案はすぐに理解されました。

王道の 「おいしい」 をストレートに掲げたことが逆に新鮮に映り、おいしそうという汎用的な価値を意図的に前面に出すことで、結果的に他との違いをつくり、消費者への価値を訴求できたのです。

答えは 「顧客の中」 にある

サントリーの -196 の事例が教えてくれる教訓は、常にお客さんのほうを向き、顧客理解を深め続けることの重要性です。

現場のお客さんの真実が本質に近づける

サントリーは参与観察によって消費者の生活やアルコール飲料の利用シーンに深く入り込み、消費者が理屈ではなく直感で行動しているという発見をしました。

アンケート調査の表面的な回答ではなく、インタビュー調査で語られる建前でもない、実際の生活における無意識の行動という真実に触れたからこそ、机上のデータでは決して分からない解像度の高い顧客理解に行き着きました。

どの商品に自然と手が伸びるのか、どの順番で冷蔵庫に入れるのか。そうした言葉にならない振る舞いが、消費者の真実を物語る生の声です。

顧客の本音は、製品価値を根本から再定義させる

こうした非言語データを捉えることで、顧客価値そのものを再定義するような深い洞察を得ることができます。

見出した 「おいしそうという直感から選んでいた」 という発見は、商品の機能的な側面を訴求する従来の在り方から、直球でおいしさを提案するという根本的な転換を促しました。「おいしそう」 という当たり前すぎて見落とされていた価値を再発見し、商品コンセプトの中心に据えることで商品価値を根本から再構築できたのです。

顧客の真実は、組織をひとつにする共通言語になる

消費者の真実は、マーケティング部門だけでなく、商品開発、営業、流通まで含めた組織全体の認識を統一し、全社が顧客に向かう 「外向き姿勢」 を実現します。

今回 -196 の事例のポイントは、企業が陥りがちな買い手不在の差別化の罠を回避し、「内向き思考」 から 「外向き思考」 への転換にあります。

差別化は重要ですが、それはあくまで顧客価値の向上の手段であり、顧客文脈を理解せず反映しない活動は意味がないことをこの事例は示しています。

まとめ

今回は、サントリーのアルコール缶飲料 「-196」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客の実際の行動は売り手の想定通りとはならない。売り手は機能や差別化ポイントが購買理由だと考えがちだが、顧客はもっと直感的・感情的に商品を選んでいる場合がある
  • 差別化の追求が目的化すると顧客価値を見失う。競合との違いをつくることに注力しすぎると、顧客が本当に求める普遍的な価値が盲点となってしまう
  • 顧客の 「言葉」 だけでなく 「行動」 から真実を学ぶ。アンケートやインタビューで語られる建前だけでなく、実際の生活における無意識の行動には顧客の言語化されない本音が隠されている。現場で顧客を観察することが本質的な洞察につながる
  • 顧客理解から得た真実が組織を外向きに変える。顧客の本当の選択基準を共通認識とすることにより、部門間の壁を越えて全社が顧客に向かう姿勢になれる