#マーケティング #顧客理解 #市場創造
新しい成長の鍵は、実は今の市場の外、これまでお客さんではなかった人の 「声なき声」 にあったりします。
今回は、ひかり味噌の事例を取り上げます。常識を疑うことから始め、未顧客への新しい体験価値を提案するという市場創造のプロセスを解説します。
CRAFT MISO 生糀
出典: ひかり味噌
長野県に本社のある 「ひかり味噌」 が 2022 年に発売した 「CRAFT MISO 生糀 (なまこうじ) 」 は、味噌業界に新しい風を吹き込みました。
CRAFT MISO 生糀のコンセプトは 「そのまま食べてもおいしい」 です。
商品の特徴
特徴は、ひかり味噌が独自開発した 「Cozy 糀ブレンド製法」 にあります。一般的な味噌づくりの 2 倍以上の工程をかけ、国産米 100% の糀をたっぷり使って甘みを最大限に引き出しています。フレッシュでフルーティーな味わいとジューシーな食感を実現しました。
塩分も従来品と比べて 25% カットしており、ドレッシング感覚で使える味噌です。野菜にそのままつけて食べたり、トーストにバターのように塗ったり、卵かけご飯の醤油代わりにしたりと、味噌汁以外の多様な使い方ができます。
パッケージデザインも従来の味噌とは異なります。「CRAFT MISO」 とアルファベット表記を採用し、「フルーティーな味わい」 という味噌らしからぬ表現を使っています。毛筆の漢字が並ぶ味噌売場で異彩を放つデザインです。
開発背景
ひかり味噌が CRAFT MISO 生糀を開発した背景には、味噌市場の厳しい現実がありました。
国内の味噌市場は縮小傾向にあり、特に若年層の味噌離れが深刻化していました。ひかり味噌は 「いつまでも味噌イコールみそ汁、みそ汁のための味噌にこだわっていると、市場開拓できない」 という危機感を抱いたことでしょう。
そこでひかり味噌は、味噌のエントリー層、特に 20 ~ 30 代の若年層に注目しました。味噌のメインユーザーが 50 ~ 60 代なのに対して、ひかり味噌は新たに、初めて味噌を買う人や、子どもができて料理に悩んでいる 20 ~ 40 代前半の消費者を新たな注力顧客として設定したのです。
エントリー層への調査から見えてきたのは、ひかり味噌にとって予想以上の問題でした。味噌を買っても 「使い切れない」 「味噌汁以外の使い道がわからない」 「賞味期限を過ぎていた」 という消費者の声です。
味噌は買ったものの、結局使いこなせずに冷蔵庫の奥で眠ってしまう。そんな残念な体験が、若年層の味噌離れを加速させていたのです。こうした味噌に関する 「消費者の不」 を解決するために生まれたのが、味噌汁以外の食べ方を提案する 「CRAFT MISO 生糀」 です。
マーケティングのプロセス
ひかり味噌の 「CRAFT MISO 生糀」 の成功は、ただ製品がユニークだったからというだけではありません。
その裏には、お客さんの心をつかむための、地道で本質的なマーケティングプロセスが存在します。そのプロセスを 3 つのポイントから紐解いていきましょう。
消費者の 「不」 の見出し
マーケティングの出発点は、いつだって顧客理解から始まります。ひかり味噌はマーケティングの王道をいきました。
ひかり味噌は、味噌に馴染みのないエントリー層の消費者が抱える、目には見えないけれど確かに存在する 「不」 を、調査から明確に言語化しました。
味噌を買ってはみたものの、味噌汁以外への使い方がわからない。結局は冷蔵庫の奥に置いたまま。気づけば賞味期限を過ぎさせてしまう。そんな経験が、味噌への心理的、そして物理的なハードルを高くしていました。
このハードルこそが、新しい顧客層の流入を妨げ、市場の成長を停滞させていた原因だったのです。
ひかり味噌が向き合ったのは、製品ではなく、顧客そのものでした。
お客さんが普段の生活の中で何に困り、何に悩み、何をあきらめているのか。お客さんになってほしい消費者の声なき声に耳を澄ませ、共感する。ひかり味噌は顧客理解の深さによって、解決すべき本当の問題点、消費者の不を正確に見つけ出すことができたのです。
顧客価値の定義と価値提案
消費者の不を見つけ出すことができれば、次にやるべきことは明確です。不を解消する顧客価値を定義し、お客さんに提案することです。
ひかり味噌は、「使い切れない」 「使い道がわからない」 という味噌への不に対し、ただ目新しい製品を市場に投入するだけではありませんでした。その製品がお客さんの生活をどのように変えるのか、具体的な未来像を描き顧客価値として提案したのです。
まず、「減塩・無添加で、そのまま食べられる」 という特徴です。健康を気にしつつも手軽さや時短を求めるライフスタイルに寄り添う価値です。
さらに、味噌をドレッシング感覚でサラダに使ったり、トーストにバターのように塗ったり、卵かけご飯に少し加えたりなど、これまで誰も想像しなかったような味噌の使い方を具体的に見せました。
消費者の心の中にあった 「味噌 = みそ汁」 という固定観念を鮮やかに壊したことでしょう。
ひかり味噌の価値提案は、消費者に 「これなら私にも使いこなせるかもしれない」 「一度試してみたい」 と思わせる、行動変容のきっかけをつくります。
製品のスペックを一方的に伝えるコミュニケーションではありません。消費者の不安を取り除き、新しい食の楽しみ方を一緒に見つけていく、パートナーのような寄り添い方の提案です。
製品が提供する機能的な価値 (機能的便益) だけでなく、それを使うことで得られる感情的な価値 (情緒的便益) まで含めて提案することによって、お客さんは初めて自分ごととして製品を捉えることができるようになります。
顧客価値の体験機会の創出
ひかり味噌のマーケティングで注目したいのは、価値を提案するだけで終わらなかった点です。その価値を、お客さん自身が五感で実感できる体験の機会まで用意しました。
どんなに言葉を尽くして魅力を伝えても、広告や宣伝だけではお客さんの心を本当に動かすことは簡単ではありません。特に、これまでにない新しいコンセプトの商品であればなおさらです。
そこで、ひかり味噌は積極的にリアルな場に出ていきました。
たとえば、キャンプ場でのサンプリングイベントです。アウトドアという開放的な空間で、実際に 「CRAFT MISO 生糀」 を使って料理をしてもらい、その場で食べてもらう。焼いたお肉につけてみる。新鮮な野菜にディップする。
すると、参加者たちはその手軽さとおいしさに驚きます。ここで、「知っている」 というレベルから、「体験して、良さを実感した」 というレベルへと、お客さんの認識は変わります。
普通のスーパーなどの店頭で試食会とは一線を画します。CRAFT MISO 生糀という新しい味噌が持つ価値を、最も効果的なシチュエーションで、最高の形で体験してもらうための緻密に設計されたマーケティング活動です。
広告で商品の存在を認知してもらうことと、実際に商品を手に取り、その価値を体験してもらうことの間には、天と地ほどの差があります。
この差を埋めるための地道な一歩を踏み出せるかどうか。ひかり味噌の事例は、この重要性を私たちに教えてくれます。
お客さんの生活やシチュエーションなどの顧客文脈の中に深く入り込み、価値を直接手渡す。この泥臭くも誠実なアプローチこそが、新しいコンセプトの製品を世の中に広めていくのです。
市場創造
ひかり味噌の取り組みが最終的にもたらしたものは、市場創出というマーケティングの最も大きな成果のひとつです。
市場創造の成功の根幹には、既存の枠組みを超えた 「アウト オブ ザ ボックス (Out of the box) 」 という思考法がありました。
既存市場の 「当たり前」 の外へ
ビジネスの現場では、どうしても既存市場や今までの顧客層に目を向け、そこへいかに効率的にアプローチするかを考えてしまいがちです。しかし、それでは今ある市場の中での競争に終始してしまいます。
本当に新しい成長を求めるのであれば、思考や発想の枠組み (箱) そのものを外す、つまり 「Out of the box」 の発想が不可欠になります。
ひかり味噌がやったことは、Out of the box でした。
当時の味噌業界の常識、つまり 「味噌のメインユーザーは 50 ~ 60 代」 「味噌は味噌汁に使うもの」 という強固な枠組みがありました。この枠の中で考えている限り、味噌に馴染みのないエントリー層が抱える味噌は使い切れないという 「不」 は、見過ごされるか、あるいは重要ではない問題だとみなされていたかもしれません。
しかしひかり味噌は、この箱の外に意識的に出たのです。今の市場の外にいる新しいお客さんである 「未顧客」 にこそ未来があると考え、未顧客としっかりと向き合うことを決断しました。
ゼロから始めた未顧客の理解
既存の常識や発想の箱の外に意図的に出るという 「Out of the box」 を実践するために重要なのは、一度これまでの成功体験や常識を横に置くことです。
ひかり味噌は、既存の味噌のメイン顧客である 50 ~ 60 代を見るのではなく、新たに注力顧客と定めた 20 ~ 40 代前半の 「未顧客」 を、ゼロベースで理解することから始めました。
なぜ味噌を買わないのか。買ったとしても、なぜ使いこなせないのか。置かれた状況、そこでの行動、行動の裏にある心理や価値観まで深く掘り下げていったのです。
これは、未顧客の文脈に沿って、ひかり味噌が提供すべき 「顧客価値」 をゼロから再定義するプロセスです。注力顧客の潜在的なニーズである 「本当はもっと手軽に、色々な料理で発酵食品を取り入れたい」 という隠れた望みを捉え、顧客理解によって 「CRAFT MISO 生糀」 をつくり出したのです。
縮小均衡から市場創造への飛躍
もし、ひかり味噌が市場の外に目を向けず、既存の枠組みの中だけでビジネスを続けていたらどうなっていたでしょうか。
おそらく、既存顧客向けの味噌の改良を重ね、同業他社との厳しいシェア争いを繰り広げる縮小均衡の道へと陥っていたかもしれません。
しかし、ひかり味噌は違いました。「Out of the box」 の発想で、新しい市場を自ら創造する道を選びました。
結果として、「そのまま食べておいしい味噌」 という、これまで存在しなかった新ジャンルの味噌 「CRAFT MISO 生糀」 が誕生しました。
これまで味噌に縁がなかった多くの人々が、新たな味噌ユーザーとなりました。既存の味噌市場のパイを奪い合うのではなく、味噌市場そのもののパイを広げる画期的な出来事です。
今の思考の枠組みの外側に意図的に、ときには強制的に目を向ける。それにより新たな視点と発想が生まれ、ビジネスの新しい成長につながる。ひかり味噌の挑戦は、そのことを力強く証明しています。
まとめ
今回は、ひかり味噌の 「CRAFT MISO 生糀」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 思考の枠を外し、新たな 「注力顧客」 を定める。既存市場の常識やメイン顧客から一度離れ、これまで顧客ではなかった 「未顧客」 や 「エントリー層」 に目を向ける
- 注力顧客を先入観なくゼロベースで理解する。日常で感じている不便・不満・不安といった、まだ解決されていない問題や課題感を発見し言語化する
- 見出した顧客の 「不」 を解消することを目的とし、製品のコンセプトや提供すべき顧客価値を定義する
- 新しい価値を、注力顧客が自分ごととして捉えられる具体的な使い方と共に提案する。さらに、顧客価値を五感で実感できる体験の機会を積極的に設け、認知から興味、理解へと導く
- このプロセスを通じて、既存市場でのシェア争いから脱却し、新しいカテゴリーや文化をつくる。結果として、市場全体のパイを拡大させ、持続的なビジネスの成長を実現できる
