#マーケティング #未活用資産 #価値創出
遊休資産や廃棄物――。「これはゴミだ」 「使い道がない」 と思い込んでいるもの中には、もしかすると新しい可能性が眠っているかもしれません。
今回は、モンゴル発の空気清浄機の事例を取り上げます。
この事例から、固定観念を外して資源を再評価し、社会課題や未充足ニーズと結びつけることで生まれる価値、さらにステークホルダー全体に利益をもたらす仕組みについて考えます。
モンゴルの空気清浄機 Airee
出典: Venture Crowd
深刻な大気汚染
モンゴルの首都ウランバートルは、世界で最も大気汚染が深刻な都市の一つです。
ウランバートル市は 9 つの区に分かれ、そのうち、大気汚染の被害が深刻なのは、ソンギノ・ハイルハン区、チンゲルテイ区にある、通称 「ゲル地区」 と呼ばれるエリアです。
ゲル地区は、ウランバートルの郊外にある住宅地で、その名称が示す通り、移動式の円形のゲルで生活している人が多い地域です。地方からの移住者や貧困層が多く暮らしており、その数は市民の約 6 割に上ります。
特に冬、ゲル地区で、石炭ストーブから出る煙で数メートル先の視界さえ奪われる日があります。PM2.5 の濃度は WHO (世界保健機関) の安全基準の 100 倍を超えます (2018 年には WHO の安全基準の 133 倍の PM2.5 濃度が測定された) 。
汚染物質は比重が大きいため、地上から約 1m の高さまでに沈殿するといわれています。これが背丈の低い子どもたちへの被害が深刻化させます。呼吸器系疾患の患者は年々増加しており、5 歳未満の子どもの死亡原因の第 2 位は肺炎です。
スタートアップ企業の挑戦
この状況を解決しようとしているのがモンゴルのスタートアップ企業 Airee (エイリー) です。
Airee は、羊毛のウールを活用した 100% 生分解性の空気清浄フィルターを開発しています。
出典: Fundea
Airee の最大の特徴は、モンゴル産羊毛を使用したフィルター技術です。
2 年間の研究開発を経て、Airee は羊毛をより細い繊維に分解し、タンパク質を抽出して他の繊維に埋め込む複合繊維素材の開発に成功しました。
空気清浄機製品の 「Airee 2.0」 は、粗い粒子を捕集する層と、より微細な粒子を捕集する層の二層構造のフィルターが採用されています。大気汚染時に急増する PM2.5 微粒子を除去します。また、家庭用洗剤やたばこの煙などから発生する、がんなどの長期的な健康被害を引き起こす可能性がある VOC を効率的に除去します。
価格は日本円にして約 2 万円です。モンゴルで多く売られている中国製の空気清浄機の半額程度の価格です。
Airee で注目したいのは、従来は廃棄物とされていた羊毛を活用した点にあります。
廃棄物から価値資源への転換
モンゴルの人口はおよそ 345万人で、モンゴルには人間の 10 倍の羊がいます。
羊毛は長年、価値の低い資源として扱われていました。
モンゴルの羊毛が抱えていた課題
モンゴル産羊毛は、オーストラリア産メリノウールなどと比べて、繊維が太く硬くてゴワゴワしています。そのため、衣類やバッグなどの用途には不向きでした。
国際市場でのモンゴルの羊毛の需要は限定的で、多くが廃棄されるか、二束三文で取引されていました。羊を飼っているモンゴルの遊牧民にとって羊毛は処分に困る副産物でしかなかったのです。
しかし Airee は、モンゴルの羊毛のことを全く異なる視点から捉え直しました。
視点の転換がもたらした発見
Airee が注目したのは、羊毛の物質としての特性でした。
すると、これまで欠点とされてきたモンゴルの羊毛の特徴が、空気清浄の世界では強みになることがわかりました。
ひとつめは静電気特性です。羊毛は自然に静電気を帯びやすく、空気中のホコリや微粒子を磁石のように引き寄せます。
もうひとつが繊維構造でした。複雑に絡み合った羊毛の繊維は、物理的に粒子を捉える優れたフィルターとして機能します。
衣類としては硬すぎるというモンゴルの羊毛の欠点が、空気清浄機のフィルターとしては丈夫で機能的という長所に変わった瞬間でした。
顧客価値の創出
すばらしい着眼点も、アイデアを実現する技術と顧客価値への転換がなければ意味がありません。
技術によるアイデアの具現化
Airee は独自の技術開発により、安価な原料から安定した性能を持つ工業製品を生み出すことに成功しました。
単に羊毛を詰めただけではなく、繊維を分解し、タンパク質を抽出して複合素材化するという革新的な製造プロセスを確立。これにより、PM2.5 を確実に捕集できる信頼性と、原料が安価であることによるコスト優位性の両立を実現しました。
安価な原料と独自技術をかけ合わせ、高性能かつ低価格な空気清浄機を生み出したのです。
新たな顧客価値の創出
Airee が提供する価値は、単なる安い空気清浄機ではありません。
これまで高額な空気清浄機に手が届かなかった層、特に大気汚染の被害が最も深刻なゲル地区の住民に、健康を守る手段を提供しました。一般的な空気清浄機よりも半額程度という価格は、経済的に無理なく入手できるという従来にはなかった顧客価値をもたらしました。
さらに 100% 生分解可能という羊毛による環境へのメリットも加わります。廃棄物はゼロなので、地球環境にも人体にも優しいフィルターです。
Airee はモンゴルの羊毛を使った空気清浄機という製品を通じて、人々の暮らしに顧客価値を届けたのです。
三方よしの実現
Airee の物語が私たちの心を打つのは、そのビジネスが関わるすべての人を幸せにする 「三方よし」 があることです。
持続可能なエコシステムの構築です。
三方よしのひとつめ、Airee の買い手であるウランバートルの住民は、手頃な価格で家族の健康を守る空気清浄機を手に入れられます。
次に売り手である Airee は、低価格、高性能、サステナブル、モンゴル発という他にない強力なブランドストーリーを武器に、スタートアップとして成長を続けています。
そして、Airee にとって重要なプレイヤーが原料供給者の遊牧民たちです。これまで価値がないとされ廃棄していた羊毛が、安定した収入源に変わりました。モンゴルの遊牧民の伝統的な暮らしと文化の経済基盤を支えることにもつながります。
大気汚染という社会問題の解決が、新たな産業 (フィルター製造) を生み出し、その産業が伝統的な第一次産業 (牧畜) を支える。この好循環は、ビジネスが社会に与えることができるポジティブなインパクトのこれ以上ない証明です。
未活用資産からの価値創出
Airee の事例は、モンゴルという特定の国の話にとどまりません。私たちがビジネスを考える上で応用できる、汎用的な視点を示してくれています。
それは、「見向きもされなかった遊休資産や廃棄物から、新しい価値を創り出す」 という方法論です。
ステップを分解すると、次のようになります。
1. 遊休資産・廃棄物の特性を見極める
今までの 「これはゴミだ」 「これには価値がない」 という固定観念を外して、そのものをフラットに観察することから始めます。
Airee の場合は羊毛を衣類用としてではなく、あらためて物質として特徴から捉え直したように、その特性を全く異なる文脈から再評価します。欠点だと思われていたことが、別の場所では強みになるかもしれません。
2. 新しい用途へ再設計する
次に見つけ出した特性を、具体的な製品やサービスへと昇華させます。Airee が独自技術で羊毛を空気清浄機の高性能フィルターに変えたように、アイデアを新しい用途のために具現化することで、価値創造につながります。
3. 未充足のニーズに応える価値を提供する
新しい製品やサービスを、世の中の誰が最も求めているのかを見極めます。特に、既存の解決策では価格や入手困難な状況になっていた人々の課題や未充足のニーズと結びつけることで、価値は社会に深く浸透していきます。
4. 供給者にもインセンティブを与える
その仕組みが持続可能であるために、バリューチェーン全体をデザインします。買い手と売り手だけでなく、Airee の事例のように原料を供給してくれる企業や人々にも経済的なメリットが生まれるエコシステムを構築することで、ビジネスは社会全体で好循環を生みます。
Airee が教えてくれるのは、廃棄物という 「負の資産」 が、お客さんや世の中への 「価値の源泉」 になるということです。
私たちの足元にある、見過ごされてきたもの、価値がないとされてきたものの中にこそ、世界を少しだけ良くする、パワフルな答えが眠っているのかもしれません。
まとめ
今回は、モンゴルの空気清浄機 Airee の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 遊休資産や廃棄物について、ゴミや価値がないなどの固定観念を取り払い異なる文脈から再評価することで、新たな可能性を発見できる
- 新しい用途へ再設計し、既存の解決策では満たされていなかった社会課題や顧客ニーズと結びつけられれば、未充足ニーズに応える価値を提供できる
- 買い手と売り手だけでなく、供給者などのステークホルダーにも利益を還元し、持続可能なエコシステムを構築することで社会全体に好循環を生む

