2015/01/11

自分が「ぱっと見て欲しい!」と思ったのはなぜ?

楡周平の小説「象の墓場」に、まさにということが書かれていました。
果たして、早苗は痛いところを突いてくる。「消費者が欲しいって思う商品って、説明なんかいらないものなんじゃないかしら。ぱっと見て欲しい!って思うものは黙っていても売れて行くものなんじゃないの (中略) 」

(中略)

これができる。あれもできる。この部分が優れている――。製品を開発し、販売する側に立つ者は、長所、利点を消費者に訴える。だが、それが真に消費者が待ち望んでいたものならば、本来そんな説明は無用であるはずなのだ。面白そうだ、美味しそうだ、便利かも――。見ただけで、ちょっと触っただけで、興味を惹かれる。本来売れる商品とはそういうものであるに違いないのだ。
物を売る側の熱意、思惑と、市場の反応は別物だ。そして多くの場合、作り手側は裏切られる。それが市場だ。

提供側、それも自分が開発したサービスやプロダクトであれば、何がすごいかはユーザー以上にわかっているものです。サービス/プロダクトの裏側になるアイデアや着眼点、技術的に何がすごいのか、これまでと何が違うのか。

しかし、本当にそれがユーザーが求めているものなのか。そこに温度差はないか。あらためて考えさせられたのが上記の引用部分でした。

ここを読んだ時に思い出したのが、ライフネット生命の代表取締役会長兼CEOである出口治明氏へのインタービュー記事でした。

氏は「仕事以外のところから、仕事に役立つことを学ぶしかない」と言っています。
20世紀は、仕事に役立つことは仕事の中でだけで学べば、通用する時代でした。会社で出世もできました。それは戦後日本がゼロから高度成長期の波に乗り、右肩上がりでどんどん伸びていったからです。会社でマジメに働いてさえいればハッピーでいられたからです。

日本が国際連合に加盟した1956年からバブルの90年までの間の、日本の経済成長率は、平均で約7%です。つまり、10年で経済規模は倍になる数字です。こんなスピードでの成長を34年間続けていたのです。ある意味で、マジメに働く、というのが最大の戦略で、仕事のことは仕事で学べばいい時代だったのです。

ただし、こんな夢のような時代は、先進国で老人大国で少子化の進む今、そしてこれからの日本には2度とやってきません。少なくても私たちの生きている間はたぶんない。

何も考えずに、同質の人だけが集まる会社で仕事をしてさえいればハッピーになれた34年間は、もう終わっているのです。

じゃあ、どうすればいいのでしょうか?それは、仕事以外のところから、仕事に役立つことを学ぶしかない。言い換えれば、これまでの常識を捨てる。

仕事以外で学ぶとは、ものごとを消費者や商品/サービスのユーザーとして見ることです。

仕事の視点だと、どうしても提供者側の視点で世の中を見てしまいますが、全く逆の視点で消費者目線で身の回りを観察してみる。




自分が「ぱっと見て欲しい!」という感覚。その感覚は自分の何から生まれたのか。そこから、(消費者としての)自分との対話が実は大事なんじゃないかなと。




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多田 翼 (書いた人)