#マーケティング #組織開発 #SECIモデル
あなたの会社では、現場の優秀なスタッフが持つ 「コツ」 や 「技術」 が、その人だけの知識になってしまっていませんか?
「見て学べ」 「背中を盗め」 と言うだけでは、貴重なノウハウは組織に根付かず、個人の頑張りに依存したままです。
企業が抱える課題のひとつが、個人の暗黙知を組織全体で活用できる形式知に変換し、継続的に事業能力を向上させる仕組みづくりです。属人的なノウハウが蓄積されても、組織の競争力向上につながらなければ、せっかくの知識が埋もれてしまいます。
ご紹介したいドン・キホーテの社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 は、この課題を解決する興味深い取り組みです。従業員同士で競い合うイベントを通じて、個人の経験や感覚を組織全体の知識として昇華させています。
ドンキの事例を知識創造の 「SECI モデル」 に当てはめると、組織学習の理想的な循環が見えてきます。
ドンキの社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」
ドン・キホーテといえば、深夜営業や驚きの安さに加え、商品を天井まで高く積み上げる 「圧縮陳列」 が有名です。
ジャングルのような店内を巡り、お宝を探すようなワクワクする買い物体験は、ドンキならではの顧客価値と言えるでしょう。
このユニークな買い場は、現場スタッフに仕入れから価格設定、陳列までを任せる権限移譲という企業文化によって支えられています。そして、その文化を象徴し、現場の能力を最大限に引き出す仕組みが、社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 (通称 「D 鉄」 ) です。
全国の店舗から選抜されたスタッフが、ドンキの代名詞である圧縮陳列の技術を競い合うこのイベントは、ただのコンテストにとどまりません。
個人の持つ暗黙知を組織全体の形式知へと昇華させ、ドンキの競争力の源泉となる事業能力を鍛え上げる、ドンキ社内の一大プロジェクトなのです。
では、 「ディスプレイの鉄人」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
組織の中で、どのように知識創造を行っていくか、組織内でのノウハウや文化のつくり方に示唆があります。
SECI モデルとは
SECI モデルは、暗黙知と形式知の間の相互作用を通じて、知識がどのように創出され、組織内で共有されるかを説明するフレームです。
暗黙知とは、個人の経験や感覚に根ざした知識であり、まだ他人に説明ができるほどのレベルにはなっていない状態です。一方の形式知は言語化がされ、説明できる知識を指します。
SECI モデルは次のような図で表されます。
SECI モデルには4つの段階があります。
- 共同化 (Socialization) : 共同の場づくり
- 表出化 (Externalization) : 形式知にする
- 結合化 (Combination) : 形式知の結合
- 内面化 (Internalization) : 自分のものにする
SECI モデルのプロセスを順番に見ていきましょう。
共同化 (Socialization) : 共同の場づくり
共同化では、個々人の経験や感覚、技術などの暗黙知を共有する場をつくります。
直接の経験の共有、模倣や実演を通じて知識が伝達される仕組みがあり、たとえば、職人の人がその弟子に技術を伝授する機会をつくったり、ビジネスの場ではチームメンバーが集まる時間やレビューをする会議がこれに該当します。
表出化 (Externalization) : 形式知にする
表出化は、暗黙知を形式知に変換する過程です。
個人の中にあった暗黙知が、言葉や図表、文書などの形で外部に表現されることを指します。他にもメタファーやアナロジーなどの表現を用いることもあります。暗黙知が言語化されることで形式知に変わり、組織内でより広く共有されやすくなります。
結合化 (Combination) : 形式知の結合
結合化では、様々な形式知が集められ、分析や整理がされて新たな知識が生み出されます。バラバラにあった形式知が結合することで、形式知がさらに進化します。
文書化された情報を組み合わせたり、データベース内で情報を分類・再構成することで、新しい知識に発展します。ビジネスでは新しい商品への開発や、マーケティングや営業などのアイデアにつながります。
内面化 (Internalization) : 自分のものにする
内面化は、形式知が個々人の暗黙知として取り込まれる段階です。
文書や会議で共有された他者からの知識 (形式知) を各自が取り入れます。そこから実際に活用した経験から学び、得た知識を自分の暗黙知として吸収していきます。
経験や教訓が個人のスキルや価値観に組み込まれ、それがひいては組織全体の能力の向上に貢献します。
ドンキ 「ディスプレイの鉄人」 に見る SECI モデル
SECI モデルは、個人の経験や感覚といった言葉にしにくい 「暗黙知」 と、誰もが理解できるマニュアルやデータなどの 「形式知」 が相互に作用し合い、組織の中で新しい知識が生まれるプロセスを4つの段階で示したモデルです。
ディスプレイの鉄人は、SECI モデルを体現した組織学習の仕組みです。
では、順番に当てはめて詳しく見ていきましょう。
共同化 (Socialization) : 共同の場づくり
SECI モデルの1つ目のステップ 「共同化」 では、個人の暗黙知を共有する場がつくられます。
全国から集まった参加者は、他の参加者の卓越した陳列技術を目の前で見て、そのスピード感や工夫を直接体験します。また、会場に集まった数百人やオンラインで視聴する多くの従業員も、トッププレイヤーの陳列という実演から、優れたディスプレイの暗黙知を共有する場になります。
ディスプレイの鉄人における競技性とエンタメ性の融合により、緊張感のなかでも学び合う雰囲気が醸成されます。
また、ディスプレイの鉄人では、肩書を超えたオープン参加も特徴的です。
正社員・契約社員・アルバイトの区分を問わないエントリー制が、立場を超えてお互いの技を盗むという雰囲気を醸成します。トップマネジメントも観戦し、現場と経営層が同じ温度感で技能を語り合う場が生まれます。
表出化 (Externalization) : 形式知にする
表出化は、暗黙知を言語化・可視化するプロセスです。
コンテストの審査基準が、この表出化の役割を担っています。
「基礎技術点 (陳列スピードや量) 」 や 「応用技術点 (耐久性、収益性、ワクワク感など) 」 といった具体的な評価項目は、優れた陳列とは何かを定義し、暗黙知である陳列のコツを形式知へと変換します。
経営トップや審査員による講評も重要な要素です。個々の技術がなぜ優れているのかを言語化し、暗黙知を誰もが理解できる形式知へと高めます。
ディスプレイの鉄人では、優秀事例のドキュメント化も徹底されています。
入賞者には撮影チームが付き、準備段階から完成までを動画・写真・チェックリストで記録。イントラネットに掲載され、誰もが後から参照できる陳列ハンドブックとして再編集されます。
結合化 (Combination) : 形式知の結合
SECI モデルの結合化では、異なる形式知が組み合わされて新しい知識が創出されます。
コンテストで生まれた優秀なディスプレイ事例は、ドンキの全店舗に共有されます。各店舗のスタッフは、共有された複数の成功事例 (形式知) を参考にし、自店の売場環境や客層に合わせて応用することにより、新たな陳列方法や販促のアイデア (新しい形式知) を生み出すことでしょう。
例えば、「商品 A の陳列ノウハウ」 と 「商品 B の POP の作り方」 というふたつの形式知を組み合わせ、新しい売場づくりへと発展させていくというふうにです。
本部はハンドブックを POS データや粗利情報と突き合わせ、「この陳列がこのカテゴリーの回転率を xx% 押し上げた」 といった形式知を付加します。
ドンキでの社内研修と連動した仕組みも興味深い取り組みです。ディスプレイの鉄人の競技映像は e ラーニングに組み込まれ、チェックテストや VR 陳列シミュレーターとも連携。異なる形式知を束ね、店舗立地別・客層別の最適な陳列パターンとして再パッケージ化します。
内面化 (Internalization) : 自分のものにする
内面化は、形式知が個人の暗黙知として取り込まれる段階です。
競技後まもなく各店舗での実践が行われ、スタッフはマニュアルを見ながら自店の棚で即実践します。成功も失敗もレビューし合うことで、紙上の知識を自分の体の動きに落とし込んでいます。
コンテストで学んだり、共有された優秀事例 (形式知) を、各店舗のスタッフが日々の業務で繰り返し実践することによって、徐々に個人の暗黙知として体得していきます。
海外への横展開も注目したい取り組みです。
2023年大会の優秀者からはアジア店舗への出向者も輩出され、現地スタッフという文化や環境の違う相手に教えるために、自身の暗黙知を改めて言語化・体系化する必要に迫られます。このプロセスを通じて暗黙知はさらに洗練され、それが日本側へ逆輸入されるという、知識創造の新たな循環が生まれています。
まとめ
今回は、ドンキのディスプレイの鉄人を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントとして SECI モデルについてです。
- 共同化 (Socialization) : 共同の場づくり
- 表出化 (Externalization) : 形式知にする
- 結合化 (Combination) : 形式知の結合
- 内面化 (Internalization) : 自分のものにする
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