#マーケティング #顧客理解 #ベネフィット
お客さんに 「何に困っていますか?」 と訊いて、その答えをそのまま受け止めていないでしょうか?
実は、お客さんが口にする困りごとは表面的な症状に過ぎず、その奥にこそ本当の悩みが隠れています。この違いに気づけるかどうかが、凡庸な製品と市場を拡大させるヒット商品の分かれ道になります。
今回はパナソニックの事例から、深い顧客理解から顧客ベネフィットを再定義し、お客さんの価値イメージを書き換えたマーケティングをひも解きます。
コリコランワイド
パナソニックの 「コリコランワイド」 は羽織って使う高周波治療器です。
高周波デバイスが血行を促進してコリを改善してくれます。薄くて軽く、広範囲のコリに作用するのが特徴です。
良さを伝えにくく 「売りづらい商品」
コリコランワイドのスタートは決して順調ではありませんでした。
肩のコリをほぐす機器といえば、もみほぐしたり叩いたりする刺激を想像します。マッサージ機に求められるのは 「少し痛いけど気持ちいい」 という感覚です。
ところがコリコランワイドは高周波で血管を拡張して血行を促進することでコリを改善するため、刺激が一切ありません。痛気持ちいい感覚がまったくないのです。
ユーザーに効果を実感してもらいにくく、価値を伝えにくい。コリコランワイドは製品としての完成度は高かったものの、マーケティングの難易度は高い製品でした。
30 人以上のインタビューで見えた本当の困りごと
コリコランワイドの担当者は徹底的に消費者理解を深めることにしました。
開発チームは、経理や SE (システムエンジニア) といったデスクワーク中心のビジネスパーソンの 30 人以上と 1 対 1 で、1 時間以上にもわたる対話を重ねました。
当初、開発チームのメンバーたちが想像していた想定顧客の悩みは、「肩や腰が凝って痛い」 「疲れが取れない」 といったことでした。しかし、インタビューを重ねるうちに、インタビュー対象者の人たちが本当に苦しんでいるのは、痛みそのものではないことに気づかされるのです。
対象者の口から語られたのは、痛みによって引き起こされる、もっと切実な困りごとでした。インタビューで多くの人が口にしたのは、「痛くて ○○ ができない」 という言葉です。
- コリがひどくて、午後の仕事に集中できない。本当はもっと頑張りたいのに
- 残業してプロジェクトを終わらせたいのに、身体が言うことを聞かない
- 家に帰って子どもを抱っこしてあげたいのに、痛くて長時間それができないのがつらい
肩や腰にコリがあることよりも、こっていることで日常生活でできないことが増えていることが本当に困っていたことでした。
コリコランワイドの開発メンバーにとって、これは重要な発見でした。想定するユーザーが本当に困っているのは 「痛みそのもの」 ではなく、その結果として 「自分のやりたいことができなくなること」 です。
本当に取り戻したかったのは、痛みがない身体ではなく、痛みによって諦めていた 「理想の自分」 だったわけです。
顧客理解の深化 - 表層から本質へ
今回の事例が教えてくれるのは、顧客理解には深さの階層があるということです。
顧客理解の階層
第 1 層は症状レベルの困りごとです。今回の事例の肩コリの場合は、「痛い」「つらい」 といった身体的な不快感です。
次に第 2 層は行動レベルの困りごとです。「○○ ができない」 という具体的な制約で、コリコランワイドの開発チームが消費者インタビューで発見したのはこの層でした。
そして第 3 層には自己実現レベルの困りごとがあります。「自分らしくいられない」「大切にしたい自分の価値を守れない」 といった、より深い次元での不満です。
親の 「子どもを抱っこしてあげられない」 という発言の奥には、「良い親でいたい」 という願いが隠れています。「残業できないこと」 の背後には、「仕事でもっと自分の力を発揮して成果を出したい」 という思いがあります。
顧客理解について、表層的な症状理解にとどまるか、それとも、行動の制約、さらに価値観や自己実現のレベルにまでたどり着けられるか。理解への深さの違いが、後のマーケティングを変えることになります。
ベネフィット設計
注力顧客の本当の困りごとに光が当たったとき、提供すべき顧客価値の輪郭もおのずと見えてきます。
顧客理解を深めたコリコランワイドのマーケティングは、新しい価値創造のステージに進みました。
それは、「マイナスをゼロにする」 だけではなく、「ゼロをプラスにする」 という、二段階のベネフィット設計です。
まず、「マイナスをゼロにする」 ベネフィットとは、コリの痛みや不快感を取り除くという、治療器としてはいわば当たり前の価値です。注力顧客が抱えるマイナス状態を、正常なゼロの状態に戻すことなので、コリコランワイドのような製品が提供する最低限の約束です。
コリコランワイドの開発チームは、その先を目指しました。問題が解決されたゼロの状態からさらに踏み込み、「どんなすばらしい一日を手に入れられるのか」 という、「ゼロをプラスにする」 ベネフィットです。
問題が解決したその先の価値を描く、コリが改善することで実現できるポジティブな状態です。
- 午後になっても集中力を維持できる
- 残業が必要なときにしっかり対応できる
- 子どもとの時間を心から楽しめる
- 1 日を通して自分のベストを発揮できる
これらは肩や腰などにコリや痛みがないというマイナスをゼロにした状態から、やりたいことができる、なりたい自分でいられるというプラスの状態になれることを示しています。
治療器によってコリが改善するのは当然として、「コリが改善することで何ができるか」 というユーザー視点でのベネフィットを生み出せたのです。
その想いを凝縮させたのが、「午前中と同じパフォーマンスを午後も保てる」 というメッセージでした。
これは 「コリが改善します」 と伝えるだけとは、相手に与える魅力の大きさが全く違います。
「痛みがなくなることで、あなたは仕事で一日中最高のパフォーマンスを発揮できます」 「集中力が途切れることなく、やりたいことに没頭できる理想の自分になれます」 という、注力顧客の自己実現を力強く応援するメッセージです。
肩コリの治療器への 「価値イメージ」 を変える
コリをほぐす機器の消費者からの認識として、それまでは 「痛気持ちよさがある製品」 が良いコリ治療機でした。
これに対して、コリコランワイドは 「無刺激でながら治療できるのが良いコリ治療機である」 と、良い製品の定義そのものを変えることに挑みました。
消費者が常識のように持つ価値イメージ認識を変えるためには、戦略的なコミュニケーション設計が必要です。
コリコランワイドの開発チームは 「コリを改善するには "筋肉" ではなく "血流" 」 であると伝えることに力を注ぎました。痛気持ちいい感覚がなくても、実は効果があるという価値イメージの書き換えを狙ったわけです。
パナソニックは、メディアタイアップやテレビ CM 、電車内のトレインチャンネルでの広告放映など、広告と PR を組み合わせたコミュニケーション施策を展開し、「コリがワークパフォーマンスに与える影響」 といったプレスリリースも発表しました (こちら) 。
特に注力したのが口コミの醸成です。高周波の機能性は認知度が低かったため、第三者による評価が必要だと考えました。
具体策として、家電レンタルのサブスクリプションサービス 「レンティオ」 を活用。キャンペーン価格の 1000 円で商品をレンタルできるようにしました。
コリコランワイドは無刺激のため、効果をすぐには実感しにくい治療機器です。レンティオのユーザーに長期間にわたってコリコランワイドを直接試してもらう機会をつくり、商品のよさを実感してもらい、購入や口コミの増加につなげるという狙いでした。
視点が変われば、見える景色が変わる
顧客理解が深まると、これまで弱点だと思っていたことさえ、魅力的な武器に変わります。
当初、コリコランワイドの売りづらさの原因となっていたのが、「刺激がない」 「効いていることをわかりやすく伝えられない」 というものでした。
しかし、想定ユーザーの本当の悩みが 「日常生活や仕事中のパフォーマンス低下」 であると分かった今、これは 「日中の仕事中に装着していても気にならず、一日中 "ながら治療" ができる」 という、他にはない独自性のあるベネフィットに変わりました。お客さんが本当に欲しかったのは 「一瞬の痛気持ちよさ」 よりも、「一日続く快適さ」 です。
ベネフィットを見直したことで、競合の定義も変わりました。
戦う相手は、もはや他の低周波治療器ではありません。想定顧客が 「仕事中や家事のパフォーマンスを維持する」 というベネフィットを得るために使っているすべてのものが競合になります。
たとえば、これまで湿布を使っていた人が、においやかぶれを気にせず同じ目的を達成できるコリコランワイドに乗り換えるという、顧客が求めるベネフィットの視点に立つことで、市場そのものが大きく広がったのです。
顧客理解の深さが、価値創造のレベルを高める
コリコランワイドの事例が示すのは、顧客理解の深さが価値創造の精度を決めるということです。
もし想定するユーザーのことを表層的な理解である 「痛い・つらい」 にとどまっていれば、提示できるベネフィットもマイナスをゼロにするレベルに限定されます。
しかし本質的な理解となる 「痛みによってやりたいことができない」 という深さまで到達できれば、痛みを取り除いた 「マイナスからゼロ」 にとどまらず、さらに 「ゼロをプラスにする」 というベネフィットが見えてきます。
このように、顧客理解の深さがベネフィット設計の次元を決めます。
表層的な理解のままでベネフィットを考えようとしても、競合と同じような訴求しか出てこないのは当然です。
一方、顧客理解のレベルを本人が言葉にできなかったり、言われて初めてそうだと気づく潜在的な深い心理まで捉えられれば、注力顧客の心にグサッと刺さるベネフィットまで行き着けます。
コリコランワイドの開発チームが消費者の 30 人以上に 1 時間以上のインタビューを重ねたのは、この深さに到達するために必要なマーケティングリサーチでした。
コリコランワイドは発売から約 1 年半で累計販売台数 16 万台を突破しました。「午前中と同じパフォーマンスを午後も保てる」 という顧客ベネフィットをぶらさず、羽織る形状以外にも首にかけるループ型や腰用など、ラインアップを拡大しています。
売りづらいと思っていた製品が、深い顧客理解とベネフィットの二階層設計によって、市場を拡大させるヒット商品に変わりました。お客さんの言葉や症状の奥にある本当の困りごとに向き合った結果です。
まとめ
今回は、パナソニックの高周波治療器 「コリコランワイド」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- お客さんが口にする 「痛い」 や 「困る」 といった表面的な課題だけでなく、それによって 「本当にやりたいことができなくなっている」 という、生活や自己実現レベルでの本質的な悩みまで掘り下げることで、真の顧客課題を発見できる
- 本質的な困りごとを捉えられれば、マイナスをゼロに価値だけではなく、理想の自分の実現などのゼロをプラスにするより上位のベネフィットを設計できる
- 本質的な価値にもとづくベネフィットを定義できると、競合は同じカテゴリー内に限定されなくなる。注力顧客が同じ目的のために利用する他の手段にも広がり、参入できる市場が拡大する
- 深い顧客理解にもとづいたマーケティングにより、お客さんの持つ 「良い製品とは何か」 という既存の認識を、自社製品が持つ独自の価値へと書き換えることを目指す。お客さんからの価値イメージを書き換え、市場の常識に挑む